えーっと、Bがここに来るから、Aは方程式を使って値を出せると。
皆が寝静まった頃、あたし、柏木梓は一人自室で大学の受験勉強に勤しんでいた。
あれ、変だな。答えが合わない。どこかで間違えたのかな。
「……ぁあ、そこはだめえぇぇ〜〜〜……」
ああ、ここで間違えたのか。答えが合わない筈だ。
「……はぁぁぁぁぁ、もっとやさし…ぁああぁっ」
よしばっちり。じゃあ、次の問題はと。
「……いぃ、そこ、感じる……」
これはちょっと、難しそう………。
「……あぁ、あぁ、ぁああああああああっ……」
ベキィッ!
あたしは手に持っていたシャープペンシルを思わず握りつぶした。
「……いぃ、いく、いっあぁああああああああっ!」
ベシィッ!
罪の無い教科書を絨毯の上に投げつけた。
やってらんねぇ〜〜〜〜〜〜!
あたしは嘆くと同時に、ベッドの上に倒れ込んだ。
「……ぁぁあ、ふぁああ………」
相変わらず隣の、千鶴姉の部屋からは淫らな喘ぎ声が、フルボリュームで聞こえてきた。
しかも、これで二晩連続。
あたしは枕に顔をうずめ耳を塞いだが、千鶴姉のアノ声は耳の奥まで遠慮無しに届いた。
耕一と千鶴姉がお互いを愛し合う関係になった事に、あたしはすぐに気がついた。声には出さなくても二人の視線を見ていれば、なんとなく判る。
あたしとしては、二人が何をしようが知ったことではない。
でも、よりによって隣の部屋で、なぜあんな事するのよぉ〜〜〜〜〜〜。
あたしは今まで、こんなに部屋の壁が薄い事に気がつかなかった。
あたし達四姉妹の部屋は同じ廊下にあり、庭に向かって一列に並んでいた。長女、千鶴姉の部屋が廊下の一番突き当たりになり、そこから、二女のあたし、三女の楓、四女の初音と並んでいる。そのため、千鶴姉の部屋の声は、あたしの部屋が一番良く聞こえた。
それにしても、なんちゅうはしたない声をだしているのだろう。
あたしは男女が愛しあうところなど、見たこともした事もない。それがよりによって、実の姉の喘ぎ声を夜が明けるまで聞くハメになるなんて。
そりゃ、千鶴姉は仕事が大変だろうし、毎日あれだけ偽善ぶっていればストレスも相当貯まるだろう。だからといって、自室でやらなくてもいいだろうに。
きっと、耕一の馬鹿が『たまには気分を変えて、千鶴さんの部屋でしたい』なんて言いだしたに違い有るまい。
「……ふぁ、はぁ、ぁああああぁ………」
もう、耳栓しても聞こえてくる。
あたしはなんとなく、体が火照って来るのを感じた。
あんな声を聞いていると、嫌でもエッチな気分になっちゃう………。
カチャ。
ジーパンのベルトを外し、ジッパーを下げると、下着にそっと指を当てた。
濡れてる……。
白い布地のアソコに当たる部分が、しっとりと湿り気をおびていた。
着替えなきゃ。
あたしはジーパンを脱ぐと、ショーツに指をかけ、ゆっくりと降ろした。
やだ。糸を引いてる。
納豆のように粘りのある分泌液が、下着とあたしのアソコの部分を繋いでいた。
下り物(おりもの)シートを下着に敷いておけばよかったと後悔した。
こんなに濡れちゃった……。
あたしはベッドの上で仰向けになると、目をつむり、割れ目の部分に恐る恐る人差し指をあてがった。
「んっ!」
いきなり敏感部分に触ってしまい、声が漏れる。
小さな突起部分、クリトリスというのだろうか、そこは熱を持ち少し触れているだけで体に刺激が走る。
指をさらに下のクレバスの部分に潜り込ませると、そこは更に熱く、ぬめぬめとした粘液が、大事な穴の中からあふれ出していた。
なにやっているんだろう。あたし。
姉のアノ声を聞きながら、オナニーしているなんて。
情けないような、切ないような気持ちになりながらも、指はアソコの部分を愛撫し続けていた。
クチュ、クチャ、クチュ。
右手の指で、クリトリスの両側を寄せるように圧迫しながら、左手の指で膣口の周りを、円を描くようになぞる。
気持ちいぃ。
気持ちいぃよぉ。
指の動きが次第に加速していく。
止まらない。止められない。それどころか、もっと気持ちよくなりたいという思いが沸いてくる。
「……ぁあ、あん、んふぅ……」
隣の部屋から聞こえて来る千鶴姉の、気持ちの良さそうな声。
中に入れると、もっと感じるのだろうか。
あたしは多少の恐怖心と、多大な好奇心をから、ゆっくりと人差し指を膣口の中に差し込んでいった。
少しだけ痛かった。
そろりそろり更に奥へと指を入れ、中をさすってみる。
変な感じ……。
ざらざらとした肉ヒダが、進入した異物を押しだそうとする。
「ぁっ!」
指を上の方、クリトリスの裏側に有る部分をなぞった時、今までに感じたこと無い刺激が体を駆け抜けた。
その部分を刺激する度に、腰が浮かび上がるような、えもいわれない気分になっていく。
いぃ、感じちゃう。
指がキュッと締め付けられる。
呼吸が荒くなり、体中が熱く、汗が全身に吹き出していく。
あたしの指はまるで別の生き物のように性欲を貧欲に貪り続けた。
「と、止まらない…………あ、ぁああっ!」
快楽の洪水と共に、頭の中が乳白色に満たされていった………。
「耕一さん、ケチャップを取ってくれません?」
「はい、千鶴さん」
耕一が手に持っていたフォークをおろし、赤い液体の入った容器を手渡した。
「…………ちゃん。ねえ、梓お姉ちゃん」
あたしは一瞬自分が呼ばれている事に気がつかなかった。
「あ、あぁ、何か呼んだ? 初音」
「このオムレツ、お塩入れた?」
「多分、入れたと思うけど、ちょっと自信がない」
あたしは腫れぼったい瞼を擦りながら答えた。
正直いって眠かった。
誰かさんのおかげで、ここ二日程の睡眠時間の合計は5時間をきっていた。その為少し起きるのに遅れ、朝食のおかずが一品減ってしまった。おまけに急いで作った結果、味付けもいまいち良くない。
「ふぁああ」
あくびもさっきから際限がない。
「梓お姉ちゃん、大丈夫?」
いつも優しい初音があたしの事を気遣ってか、不安そうな瞳で見つめていた。
「う、うん。ちょっと受験勉強を張り切りすぎただけだから」
さすがに夜明け近くまで、自慰行為に耽(ふけ)っていたなんて、口が裂けても言えなかった。
「梓、がんばるのもいいけど、体壊しては駄目よ」
千鶴姉がぬけぬけと言いたい事を言う。
誰のせいで眠れなかったと思っているのよーーーーーーーーー!
心の中で叫びたい衝動をぐっとこらえた。
口には出さなかったもものの、あたしは思わず千鶴姉を睨みつけてしまった。
千鶴姉は何が気に障ったのか判らないらしく、微笑んだまま首を横に傾げた。
不思議にも千鶴姉は睡眠不足には見えなかった。夜明け近くまで、まぐわっていたにもかかわらず。肌を見るとむしろツヤツヤしていた。耕一から精気を搾り取ったのだろうか。流石に耕一の方は少し眠そうな顔をしていた。だがこの男は朝食を食べ終えた後、何も用事はない。これから学校に行って授業を受けなければならないあたしとしては、腹立たしい事この上ない。
さて、どうしよう。
あたしはコーンスープを口にしながら考えた。
このまま何も言わなければ、今晩も三日続けて隣の部屋で、愛の営みをやらかすような気がしてならなかった。
しかし、なんて言えばいいのだろう。
正直面と向かって『隣の部屋でエッチな事するな』とは、恥ずかしくて言えなかった。
「ごちそうさま」
いつものように、楓が一番に食べ終え席を立った。
「俺もごちそうさま」
耕一が続いて席を立つ。
そうだ。
あたしは良い考えが頭に閃いた。
「初音、後始末はあたしがするから、あんたさっさと学校に行きな」
「うん。ごめんね」
初音は素直に言うことを聞くと、鞄を手に取り部屋を出た。
遠い学校に通っているにもかかわらず、朝食の後片づけを手伝ってくれる初音にはいつも感謝していたが、今日はいて欲しくなかった。
ようやく、千鶴姉と二人きりになれた。
千鶴姉はのんきにテレビを見ながら、食後の珈琲にミルクを入れスプーンでかき混ぜていた。
話すなら今だ。
あたしは覚悟を決めると口を開いた。
「なぁ千鶴姉、あたしが今年大学受験をする事は知っているよね」
「ええ、もちろんよ」
「それで、その、深夜に集中して勉強したいの」
「あまり、無理しすぎないようにね」
千鶴姉を笑顔であたしの問いに答えた。
さすが亀姉。あたしの言いたい事に気づいていない。
「千鶴姉、あたし夜は静かなほうが気が散らなくて勉強がはかどるの」
「そうね」
「だから……その、今夜から静かにして欲しいんだけど……」
「判ったわ。楓や初音にも私から言っておくわ」
その言葉を聞いた瞬間、あたしの中で何かがきれた。
「妹達より、千鶴姉がうるさいんだよ!」
思わす大きな声で怒鳴りつけてしまった。
「私が?」
糾弾された本人は首を傾げていた。
本当に気づいていないらしい。この女はどれだけどんくさいのか。怒りが沸々と込み上げてくる。
あたしが文句を言おうとした時、
「………あっ」
千鶴姉が思い出したかのように声をもらした。
口に手を当てたまま、千鶴姉の頬が、耳たぶが、うなじがとたんに赤く染まっていった。
どうやら、あたしの言いたいことが漸(ようや)く飲み込めたらしい。
「ねぇ、梓、もしかして……聞こえていたの?」
攻守を変えて、今度は千鶴姉が恥ずかしそうにあたしに聞いてきた。
「聞こえた」
あたしは端的に一言答えた。
「ご、ごめんなさい。まさか聞こえているなんて………」
千鶴姉は気まずさからか、両手の人差し指をチョンチョンとつつく仕草をした。
「と、とりあえず、私は今夜仕事で遅くなるし、耕一さんも疲れているみたいだから、今夜はしないと思う……」
「誰も、そんな予定なんか聞いてちゃいねぇーーーーー!」
バンッ!
あたしは思わず、拳をテーブルに叩きつけた。テーブルに載っていた珈琲カップが、カチャリと音を立てた。
「ご、ごめんなさいぃーーーーーーーーーー」
千鶴姉は逃げるように部屋を出ていった。
まったく。
あたしは思わず溜息をついた。
これで今夜から静かになるだろう。
あたしはとにかく勉強に集中できればなんでも良いのだ。
え〜っと、この文法だと、主語がどれだっけ。
時刻は午前1時。
あたしは遅れた二日分をとり返すため必至だった。
確かこの動詞は受動態だから、これであっている筈。
「……ぁぁぁぁ、ぅぁぁ……」
………え……。
辞書をめくる指が思わず止まる。
今、何か聞こえたような。
あたしは耳をすませた。
「……んふぅ、ふぁぁぁ……」
それは紛れもなく女の喘ぎ声だった。
ベシィッ。
買ったばかりの罪のないシャーペンを、あたしは思わず握りつぶした。
千鶴姉の馬鹿―――――――――――っ!
何が『今夜はしないと思う』だよぉーーーーーっ!
あたしは頭を抱えた。
「……ふぅ、ん、ぁぁ……」
確かに昨日よりは声は小さめだった。しかし、あたしの耳に届いてしまうのであれば、大声だろうが小声だろうが大差などない。
この恨み、晴らさずにおくべきか。
あたしはどうしてやろうかと思案しつつ、声の聞こえてくる後の壁を睨み続けた。
…………………ん、うしろ?
昨日までアノ声は、前の壁、つまり千鶴姉の部屋から聞こえてきた。それが後ろから聞こえてきたということは…………。
楓の部屋か聞こえてきた?!
あたしは空いた口が塞がらなかった。
ちょっと待って。ちょっと待って。それってどういう事?
思わず気が動転してしまう。
落ち着け。落ち着け。落ち着けあたし。
頭を振って呼吸を整える。
楓の部屋からアノ声が聞こえてきたと言うことは…………。
予想その1。千鶴姉と耕一が楓の部屋で、エッチな事をしている。
予想その2。耕一と楓がエッチな事をしている。
予想その3。楓が千鶴姉とエッチな事をしている。
予想その4。楓が初音とエッチな事をしている。
予想その5。楓が大きな声で独りエッチをしている。
考えられる可能性はこれくらいだろうか。
予想その1。まず楓がわざわざ自分の部屋を二人に貸すとは思えなかった。それに部屋を変える動機があまり考えられないから、多分違うと思う。
予想その2。耕一は千鶴姉がいながら、楓に浮気をするだろうか。それも同じ屋根の下で。もしするとしても、普通どこか別の見つからない場所でするだろうし。
予想その3。楓にレズっけなんてあったっけ?かおりじゃあるまいし。そんな素振りなど見せたことが無いから多分違うと思う。
予想その4。これは予想その3と同じ理由で選択肢から消去。
予想その5。うーーーん。楓がオナニーするかどうかは知らないけど、あんな大きな声でするかなぁ。今まで楓の部屋からそんな声を聞いた記憶がない。
以上の事から予想すると、予想その2の『耕一と楓がエッチな事をしている』という可能性が一番高いけど、いまいち確信が持てない。
今回は声が小さいこともあり、壁越しでは誰の喘ぎ声か判らなかった。
部屋の前まで行って、ドアに聞き耳を立てればハッキリと判ると思うけど…………。何が悲しくて、身内のアレの声をじっくり聞かなきゃならないんだっーーーーーーー!
「……あぁぁ、あぁぁ、ふああああぁぁ……」
隣から聞こえてくる声がだんだんと早く、大きくなっていく。
やだ……。
あたしはそっと自分の胸に手を当てた。
乳首が固くなってる。
そっと触ってみた。
「んふぅ」
気持ちが良かった。
もう少し優しく揉んでみた。
股間が濡れてきたような気がする。
右手をそっとショーツの中に忍ばせた。
今日もこれ以上勉強が出来そうになかった。
何やっているんだろう。あたし………。
「なぁ梓、今日の朝食、なんかこう……」
「嫌なら食べなくてもいいんだよ、耕一」
あたしはにべもなく耕一に意見を無視した。とはいえ、確かに今日の朝食は手抜きと思われても仕方がなかった。
結局昨夜も夜遅くまで起きていたため、朝寝過ごしてしまった。運の悪いことに、いつも早起きの初音も、あたしと同じくらい起床が遅かった。
とりあえず、味噌汁だけは作ったものの、他は納豆、冷や奴、味海苔、明太子、昨日の夕食に出した肉じゃがなど、あり合わせのもの出すだけで精一杯だった。
あくびも昨日と同じように、ご飯を食べながらでも出てくる始末だった。
さて、どうしたものか。
あたしはまず楓を観察した。
楓はいつもの早いペースで朝食を平らげていた。千鶴姉とは違った意味で、何を考えているか判らないところがる。とりあえず、特に変わったところは見つけられなかった。
耕一も食欲旺盛にご飯を口に運んでいる。こちらもへんな素振りを見せていない。
あたしは迷った。
皆のいる前で『楓、あなた昨夜何していたの?』と聞くわけにもいかず、千鶴姉とは違い、二人きりになっても話辛い。
何か良い手は無いかと思っていた時、初音が眠そうに口を開けた。
「ふわわあぁ」
見ると顔にくまができていた。
よくよく考えると、初音の部屋もあたしと同じように、楓と部屋が隣合わせになっている。もしかしたら初音もアノ声の為、眠ることが出来なかったのだろうか。
それだ。あたしはいい方法を思いついた。
「ねぁ、初音。あくびばかりして昨日はよく眠れなかった?」
あたしは皆に聞こえるように、大きな声で言った。
「う、うん。ちょっと」
心なしか初音の白い肌に赤みが差したようにように見えた。
「実はあたしも昨夜ねむれなかったのよね。うるさくて」
「ごちそうさま」
楓は逃げるように部屋から姿を消した。
「俺もごちそうさま」
耕一も慌てて後を追った。
二人の重要参考人の行動はあからさまに怪しく思えた。
「わ、わたしもごちそうさま」
気まずいのか初音も席を立つ。
千鶴姉だけが何の事か判らない顔をして………判らない振りをしているだけかもしれないけど、のんびりと日本茶を飲んでいた。
ちょっと露骨だったかな。
結局昨夜、楓の部屋で何があったのかは不明だった。正直知りたくもなかった。
とにかく、夜さえ静かになればなんでもいいのだから。
静かだった。
その日の夜はとても静かだった。
時折外で鳴いている虫の鳴き声が聞こえるだけで、両隣の部屋からは何も聞こえなかった。
単語や数式がするすると飲み込むように頭の中に記憶されていく。ふと気がつくと3時間以上机に向かって集中していた。
「あーー、流石に疲れた」
あたしは両手を頭の上にあげ、座りながら背骨を伸ばした。
このペースでいけばなんとかなるかな。
あたしが目指している大学は、少しだけ偏差値が足らなかった。でもこのままがんばれば、耕一と同じ大学に………。
そこまで考えて、少し鬱な気分になった。
耕一は千鶴姉のことを愛している。
実のところ志望大学も、耕一がいるからという理由だけで、同じ大学に決めていた。
耕一のこと好きだったのにな……。
あたしが耕一の事を好きだという事に気がついたのは、何時の頃からだろうか。
昔は単なる遊び友達だった。でも時が経つにつれ、アイツの側にいたいと思う自分がいた。
耕一はあたしの事を女としてみているのだろうか。いずれにしても、告白する勇気もタイミングも逃してしまった。
耕一はこの家が気に入ったのか、夏休みが終わるまでこっちにいるらしい。もしかしたら、大学を辞めてコッチに住むとか言い出すかもしれない。
そんな事になったら、あたしも受験辞めて地元で就職しようかな………。
あたしはハッとして、頭(かぶり)を振った。
何考えているんだろう、あたし。
とりあえず、冷たい物でも飲もうと麦茶を入れている容器に手を伸ばした。
「あれ、もうないや」
1リットル入れる事の出来る、ガラスの容器は中身がカラッポになっていた。
しょうがない。下の冷蔵庫からお代わり持ってこよう。
あたしはガラスの容器を手に取り、部屋の外に出た。
ガチャン。
闇の広がる廊下にドアの閉まる音が響き渡った。
あれ、そういえば…………。
ふと、あることが気になった。
各部屋に取り付けられている扉は、締める度に大きな音をたてた。その為自室にいても音のする方向から、誰が部屋に入ったのか大体の見当がついた。
しかし、今夜はドアの閉まる音を聞いた記憶がない。もしかしたら、まだみんな1階にいるのだろうか。こんな深夜に? それとも、あたしが勉強に集中して音に気がつかなかっただけだろうか。
まるで、心に棘が刺さったように気になった。
あたしは千鶴姉のドアの前に立つと、ゆっくりとノブを回した。ノックしようか悩んだが、寝ていた場合起こすのは悪いと思い、黙ってドアを開けた。
部屋の中は無人だった。
綺麗にベットメーキングされたシーツが、この部屋の主がまだ戻っていないことを告げていた。
次にあたしは初音の部屋を覗いてみたが、同じように誰もいない。楓の部屋も同様だった。
あたしは頭をひねった。
もしかしたらみんな居間にいるのだろうか。
静まりかえった廊下を進み、居間を覗く。
誰もいない。
台所は? やっぱり誰もいない。
あたしは電灯のスイッチを押した。
一瞬まぶしさで目が眩む。
冷蔵庫の中から、冷えた麦茶の入った容器を取りだし、代わりにカラッポの容器に水と麦茶のパックを入れ、冷蔵庫の中に戻した。
再び部屋のスイッチを押して明かりを消すと、麦茶の入った容器を手に、もと来た道を引き返した。
それにしても、みんなどこにいったのだろう。
こんな深夜に揃って出かけるとは思えない。
まさか?!
あたしは耕一の寝室である、和室のある方向に目を向けた。
もしかして、千鶴姉も、楓も、初音も、耕一の部屋に………。
思わずつばを飲み込んだ。
「ま、まさか、そんな事ないよな」
あたしは誰に言うでもなく独り呟くと、自分の部屋に戻った。
「勉強しなきゃ。こんなに静かなんだし」
心の中で不安と動揺でゆれていた。
「冷たい麦茶でも飲んでがんばるか」
どうして、あたしだけひとりぼっち……。
「英語は終わったから、次は数学かな」
もしかしたら四人で……。
「えっとこの関数はどうやって解くんだっけ」
勉強にしようとするあたしの頭に、三日間の喘ぎ声がよみがえってくる。
「しゅ、集中しなきゃ、今年受験なんだし……」
耳の中にこびりついた、アノ快楽を貪る歓喜の声が幾度となくリフレインし、四人の四股が絡み合う映像と頭の中で結びついた。
ベキッ!
新しいシャープペンが、再びあたしの握力によって握りつぶされた。
パンッ!
持っていた教科書を床に投げ捨てた。
バッーン!
勢いよく部屋の扉を開くと暗い廊下に飛び出した。
あたしは、耕一の寝室目指して月明かりの照らす廊下を駆け抜けた。
気になる。
気になる。
何をやっているのだろう。
きっと耕一の寝室でトランプをしているに違いない。さもなくばどこかに出かけたのだ。
でも………。
もし耕一の寝室から、アノ声が聞こえたら。
もしみんな、産まれたままの姿で、お互いの体を求め合っていたら。
その時あたしは………。
あたしは………。
廊下の角を曲がる。
耕一の寝室が見えた。
室内の明かりは消えていた。
寝室の前に辿り着くと同時に、躊躇なく和室の障子を開けた。
そこで、あたしが見たものは…………………………………………。
「な、なにしてるの、あんたら?」
あたしの身の前には、黒皮のボンテージ衣装に身を包んだ千鶴姉が立っていた。
「見て判らない? SMプレイよ」
「えっ、SM?」
見ると裸にひん剥かれた耕一が、荒縄に拘束され畳の上に転がっていた。その様を初音と蝋燭を手にした楓が正座をして見守っている。
ヒュン!
突然、千鶴姉の手に持っていた鞭が空を斬り耕一の背に襲いかかる。
バシィッ!
容赦のない一撃に耕一は仰け反った。
「ああああああ! いくぅううううぅ……」
その悲鳴に、あたしは思わず目を丸くした。裏声というのだろうか。まるで女のアノ声にそっくり。
「あら、梓知らなかったの? 耕一さんは苛められると女の子みたいになくのよ。面白いでしょ」
千鶴姉はそう言うと、再び右手を高く上げた。
ビシッ!
バシィ!
ビシィッ!
いつものように微笑みながら、千鶴姉は何度も何度も鞭を振るった。
そりゃ、仕事が大変なのは判るけど。そりゃ、あれだけ偽善ぶっていれば、ストレスも貯まるだろうけど、まさここれほどとは……。
「あん! ふはぁ! イイィ! はぁああああああ」
鞭を受ける度、耕一は女のような喘ぎ声を上げながら、陸に上げられた魚の如くビクビクと飛び跳ね痙攣した。目を覗き込んでみると……逝っちゃってる。いつかテレビで見た麻薬中毒患者のように、焦点の定まらないトロンとした目をしていた。
そんな耕一の痴態を、初音は正座をしてマジマジと手に汗を握り見つめていた。
「初音、どうしてあんたまでここにいるのよ」
「えっと、その、耕一お兄ちゃんは、誰かに見られていると興奮するっていうから………」
「そうよ梓。耕一さんは恥ずかしい本当の姿を、人に知られるのが好きなのよね」
千鶴姉が赤いハイヒールの踵でグリグリと踏みつける。
あたしはハッとあることに気がついた。
「も、もしかして、昨日や一昨日の事は、わざとあたしに聞かせるために……」
「そうよ」
千鶴姉はあっさりと肯定した。
「ねぇ耕一さん聞こえた? あなたのせいで勉強が出来ないって梓が怒っているわよ。少しは反省しなさい」
ビシィッ!
バシィ!
「あん! ふはっ! あぁ!」
度重なる攻撃により、耕一の体に赤い痕がみるみる刻まれていく。
「ねぇ千鶴姉さん。たまには私に代わってよ」
ピンク色の太くて怪しい蝋燭を手に持った楓が、耕一の体ににじり寄った。
「あら、楓ごめんさい。久しぶりの鞭だから、手がなかなか止まらなくって」
楓は仰向けになって寝ている耕一の横に座ると、蝋燭を男のアソコ……あんなに大きくなるんだ……の上で傾けた。
ポタリ。ポタリと熱そうな蝋が垂れ落ちていく。
「あっ! あん!」
初音も楓と一緒に耕一の近くに身を寄せた。
この部屋から初音を連れ出した方がいいような気がするけど、なんていうか声がかけづらい。
「耕一さん、感じますか? 気持ちいいですか? もっとして欲しいですか?」
悪魔のような笑みを浮かべながら、楓は嬉しそうに蝋を垂らした。
か、楓って、こういう性格していたんだ。知らなかった。つーか知りたくなかった。
初音は初音で赤黒く膨張した耕一のアソコをマジマジと見つめているし。
「イクッ、イクッ、イッちゃうーーーーーー!」
耕一が激しい喘ぎ声をあげた次の瞬間、アソコの部分が脈打ち白い液体を噴出した。
「きゃっ!」
飛び出した精液……だと思う……は、そばで見ていた初音の顔を白く汚した。
「これって、耕一お兄ちゃんの……」
初音は指でそれをすくうと夢でも見るかのように見つめた。
「初音、私にも耕一さんのを分けて」
楓は初音に顔を寄せると、頬につたう雫を舌ですくいあげた。
ピチャ、ピチャ。
それはまるで、ミルクなめる子猫のようだった。
「楓お姉ちゃん、美味しい?」
怖ず怖ずと聞く初音に、楓はコクンと首を縦に振った。
「初音も舐める?」
え、ちょっと、ちょっと待った。楓あんた何初音を誘っているのよ?!
あたしは思わず絶叫しそうになったものの、目の前で繰り広げられている異様な空気に体がすくみ上がり、声を出すことが出来なかった。
そんなあたしの気持ちを裏腹に、初音は精液のついた人差し指を口に運んだ。
チュパッ。
「初音、美味しいでしょ。耕一さんの赤ちゃんの素」
初音は恥ずかしそうに指をくわえながら頷いた。
イヤーーー! 初音が、初音が、あの純真な初音が、変な色に染まっていっちゃうーーーーーー?!
あたしは頭を抱えた。
みんな変だよ。おかしいよ。いつからこんな風になってしまったの?
目の前の事態に狼狽するあたしに、千鶴姉が持っていた鞭を差し出した。
「梓もしてみる?」
「え?」
「受験勉強でストレスが貯まっているんでしょ。スッとするわよ」
まるでお気に入りのおもちゃを渡す子供のような口振りだった。
「ご、ごめん。あ、ああ、あたし、じゅ、受験勉強があるから……」
「そう? 梓ならきっと楽しめると思ったのに」
千鶴姉は真底残念そうな顔をした。
「そ、それじゃぁ、あたし、勉強の続きをしなきゃいけないから……」
あたしは後さずりしながら部屋を出ると、素早く障子を閉め、自分の部屋へとその場から逃げだした。
月明かりが照らすの廊下を歩きながら、あたしは思った。
明日から勉強に専念出来そうだと。
いろんな意味で………。
<壁に耳あり 終わり>
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