あなたのそばにいたいから

by詠月(SELENADE)









 雪降るものみの丘から

 一匹の年老いた狐が塵界を眺めおろしていた



 待っていた人の帰還を感じ取って

 狐は丘を下りる

 想い人に会う為に……



 それから二日後、街の中を狐は歩いていた

 人の智慧、知識、そして狐としての自分の記憶を持って狐は生まれ変わった

 時折出そうになる自分の本性を、手に入れた人間の知性で封じ込め、完璧な女の子に……









 雪の降り始めた駅前に少女はいた

「あぅ〜、いないなあ、どこにいるんだろう……」

「そこのお嬢ちゃん」後ろから声

「…何?」振り向くと

「道案内してくれないかね、この辺りだいぶ変ってしまってよく分からないんじゃ」

 それは年老いた男だった、

 しわだらけのオーバーにだぶだぶのズボン、紙袋を下げ、白混じりの頭には何故か仔猫が乗っている

「知らない…あたしこの辺り初めてだから」

「そんなことないじゃろ、おまえさんの故郷なんじゃから」

「え!?」

「おまえさん、狐じゃろ?」





 駅前のベンチに座り、二人は話しこむ

「大方、ここいらの娘を写し取ったんじゃな、どんな縁(えにし)じゃ?」

「お腹空いてたとき、食べ物、分けてくれた人…だよ」

「なんじゃ、デンスケと変らんのお」

「それってだれのこと?」

 頭の仔猫を男は指差す

「猫と一緒にしないでよ!」

「狐も猫も人から見たら大差無いぞ」

「今は、素敵な乙女なんだから」

「ふうむ…」まじまじと少女を見る男

「な、なに? わたしの姿どこかおかしいの?」

「……どうせならもうちょっとかわいい娘を選べばよかろうに」

「よけいなお世話だよ!」





「で、相手は見つかったのか?」

「うん、探してるんだけど、さっぱり…ってなんでそんなことまで知ってるのよ!!」

「狐が人の姿に化ける時の理由は唯一つじゃからな」

「あぅ〜」

「名前ぐらい分かればなんとかなる、

おまえさん、まだ頭の回転が良い筈じゃから…思い出せんか?」

「ん〜とね、あいざわゆういち だよ確か」



 良き相談相手として男はうってつけだったはずだった

 だが……



「ねえ、『まだ頭の回転が良い筈』ってどういう意味?」

「…お前は熱を出す度にばかになってゆくのじゃ」

「なっ!?」

 少女の顔が見る見るうちに赤くなっていく

 鉄拳(?)が飛ぶ!

 座りながらも避ける男!(笑)

「老い先短い老人に、なにをするんじゃ!」

「デタラメ言うなあぁぁ!!」



「まあ聞けっ!

 近いうちお前は熱を出す、

 それはお前から殆どの思い出を奪う、

 そして、次に熱を出すと人としての知性が失われ

おそらく、三度目に熱を出したとき……」

 男は言葉を濁した

「……どうなるのよぉ」不安に駆られて男を問い詰める少女

「……お前さん自身の存在自体がこの世界から消え去る………」



 その言葉に少女は絶望する……



「うそ! 嘘だよ……!!」

「……出来る限り早いうちに、その男を探すことじゃ、

 忘れてからだとややこしくなるばかりじゃからな」

「あたしは信じない、そんなの…絶対信じない!!」



 自身の命がわずかであるから……

 だからこそ自分の痛みを知らなければいけない、男はそういった

 後悔しない為に……



「…どうやら、道案内どころでは無さそうじゃなあ」

「当たり前じゃない……」

「では、別のことを頼まれてはくれんか?」

 拒否のつもりで黙っている少女の目の前に男は仔猫を突き出す

「こいつを預かってもらいたい」

「……とてもじゃないけどそんな気になれないよ」

 その言葉も聞かず、彼女の頭の上に仔猫を載せる男

「それじゃ元気でな」

「…ちょっとぉ!」

 帰路に向う人達の雑踏に男はまぎれていった……

 男を追って同じく雑踏に飛び込む少女、しかしたちまち見失う



「あぅ〜、何処いったのよ〜、この体じゃ鼻も利かないしぃ」

 追いかけるのを諦めようとしたその時、仔猫が頭の上から飛び降りた

「わ、あぶないって! 踏んずけられちゃうよっ!!」

 人間達の足元をすりぬけ仔猫は雑踏を突き進んでいく

 不思議なことにこれだけの人込みの中で仔猫とはぐれることなく追える

(もしかして案内してくれてるの?)

 仔猫は決して少女の視界から外れる事は無かった



 仔猫を追いかけていくと、街外れでようやく男を発見した

 そこは見慣れた景色……

 別れた男はものみの丘に向かっていたのだ



「ありがと、後はあたしに任せて」

 少女が手を差し出すと仔猫はそこをつたって頭の上にまで掛け上がってきた









 暗闇が押し迫ってくるころに男はようやく丘の上に辿り着いた

 泥まみれのオーバーは、ここに来るまでの苦闘の証なのだろうか



がさがさ

 突然草むらのかげから、男に向って何かが飛び出してきた

「デンスケ!?」

「遅かったじゃない」仔猫に続いて少女が現れる

「なんだ…来とったのか……」

「回り道してきたのにこっちの方が早く着いたんだよ、ホント遅いね〜」

「仕方がなかろう、年には勝てんよ」





「ここは昔のままじゃな」男は街に背を向けものみの丘を見渡す

「何しに来たの?」

「恋人に会いに来たんじゃ」

「恋人ぉ!?」

「ああ…」

「…今も此処に?」

 少女の方に向き、男は首を横に振る

「さんざ、ワシに迷惑を掛けて、勝手に逝きおった……あのばか狐は……」

「…………」

 男は目線を再び草むらに向ける

「さて、あいつのお気に入りの場所は何処じゃったかな?」



 草むらの奥へと向う男

「お前さんは早く相手を探すがいい、時間は余りないんじゃから……お互いにな……」



 離れていく男の背中越しに彼女が質問を投げかける

「ねえ……何の為にあたしは人間になったのかなぁ……」

「伝える為じゃろう、想いを……」男は歩みを止め振り返る

「どうやって? 全て忘れていくあたしに何が出来るっていうの……」



「辛いじゃろう、だが………

たとえ記憶がなくなっても、想いは残る………永遠に………」

「……想いは……残る……」その言葉をつぶやく少女

「お前さんの相手がワシのようなばかたれであることを祈っとるぞ……」

 その言葉を発した直後……男は倒れた



「ねえ、どうしたの!!」

「……ははは、ここまでで体力を消耗し過ぎたようじゃ……」

「もうっ、手ぇかかるんだから! あたしが手伝ってあげるから、降りようよっ」

「そいつは無理じゃな……もう立ち上がる気力も失せたからのう」

「じゃあ待ってて、降りて人呼んでくる!」

「いらん、余計な事してくれるな!」

「どうしてっ!?」

「どの道、助からないんじゃよ……ワシは」



 男の寿命は尽きかけていた……彼はホスピス病棟から抜け出してきたのだった

「どうせ、医者も見離した体、最後ぐらいワシの勝手にしてもいいじゃろう?」

「そんな体でどうして来たのよ、こんな僻地まで……」

「ここで眠るためにじゃ……」

「こんな所で眠れるはずないよ! 寒くて死んじゃ……」

 途中で彼女は言葉を止めた、

 それが永遠の眠りを意味すると気づいて……









 夜が近づき、辺りは一層冷え込んできた

 彼女は紙袋の中にあった毛布を男に掛ける



 男は最後の力を振り絞って自分の過去を話す

 裏切った自分の恋人に化けてきた彼女

 その怒りの矛先を彼女に向け、弄んだことを……



「気づいた時には…手後れじゃった、ワシは何度だって彼女に許しを請いた

 許してくれなくても良かった……怒っても、憎んでも……それでも良かった。

 だが…喋れなくなった彼女からそんな言葉なぞ聞ける筈が無い……

 ……もっと早くに、彼女が人で在ったときに……

 一言でも…好きだったと伝えたかった……ワシが悪かったんじゃ」

「ちがうよ! おじいさんは悪くないよ、あたし達が、誑かしたんだ、おじいさんを苦しめたんだ」

「そんな風に健気な奴じゃったなあ、あいつも……」

「…じゃあ大丈夫だよ…きっと彼女もあたしと同じこと考えてたに違いないから…」

 泣き出しそうな顔を必死に堪えて……微笑む少女

「ありがとうな……」

 男の手が彼女の頬をなでる

「!!」

 まどろんでいた男の目が突然見開かれた

「いつから…熱が…?」

「あは……おじいさんに会う少し前からだよ」

「ばか! なんて…ばかなヤツなんだ……本当に……」



 今際のきわにも拘わらず男は詫びる

 自分に付き合わせた為、大切な時間を失わせてしまったことを……



「お前に………奇跡をやろう………

 ずっと愛する人の傍にいられるように、人として生きていけるように」

「そんなことが出来るのなら自分に使ってよぉ!」

「いいんじゃよ、ワシに今必要なのは……それはもうあるんじゃから、この丘に……」



「デンスケを通しておまえさんの応援をさせてもらうよ……」

 それが最後の言葉となり……

 男は眠るように息を引き取るのだった……



「おじいさん! ねえ! やだよぉ………やだあぁぁぁぁぁぁ!!」





















 その夜、彼女は一晩泣き明かした



 男が……果たせる筈の無い自分達の想いに応えてくれた……



 それが……嬉しくて、そして……悲しくて……





















 翌朝、少女が気付いた時、男の亡骸は消えていた……

 まぼろしだったのだろうか……それとも……



 男がいた草むらの上には、彼を包んでいたおんぼろの毛布……

 その上で…仔猫が財布を咥えて、じっと彼女を見つめていた





































 少女は丘を下りる……









 仔猫を頭に乗せて……









 ぼろの毛布を肩に掛けて……









 体の火照りに、思い出を奪われながら……








 消えゆく記憶の中で……








 こう呟きながら……








「たとえ記憶がなくなっても、想いは残る……永遠に………」








 意味が分からなくなるまで……








 何度も、何度も………














































 そして時は流れて



 風そよぐものみの丘から……


























「う〜ん、困ったなあ、みんなには『ぴろ』だけど、おじいさんは『デンスケ』って言ってたしい……」



ちり〜ん



「こらこら引っ張んないで、もう……どうしたの?」



「もしかして、おなかが空いたの?」



「だいじょぶだよ、今日は真琴が帰ってきた日なんだから、きっとご馳走いっぱい食べられるよ」



「だからさ……」
























「もうちょっとだけ、おじいさんのそばにいようよ……ね」
























END




SSシノプシスUP1999/06/15
SS本編UP1999/12/10
                                         



後書き:

―――――― 天秤を傾けたくて ――――――




真琴は救われたんでしょうか?

ラストの美汐の話、あれがキック(契機)となって、ものみの丘に真琴が戻ってくる……
動機が弱い…です、だって、あれだけ悲しい話しておいて……
伏線ほぼ無しで、あそこまで簡単に奇跡を起こされたら……

それとも、あれはやはり祐一の願い……?
話の流れ重視ならそうでしょう……
それじゃ、あの元気いっぱいのエンディング曲が最高にミスマッチになります。

終わった人の感じ方次第でどちらでも解釈できそうですね。
ま、そゆうの好きな人もいるでしょうが……僕は耐えられません……
確信が欲しいとまでは言いません、が予兆ぐらい欲しいです。(もちろん良い方のネ)
(だから僕のSSは必要以上にくどいんですが……)



という訳でこのSSについてです

あの老人……実は祐一です……(ああっ石投げないでくださいぃ)
ラストが【祐一の願い】だとして、その先、彼はどうなるのか?
ってこと考えていたら、あのようになったんです……
でも、もし過去に祐一と同じ悲しい恋を経験した男がいたら……(無論美汐の存在がヒントです)
その男が化身したばかりの真琴に出会っていたらどうなっただろうか?
自分の果たせなかった願いを奇跡に変えて……彼女に託す?

この物語にはもう一つのねらいがありました。
……天秤をほんの少しだけ【奇跡】に傾けたかったんです……
悲劇が……それを導く《相応の理由》があるように……奇跡もそうあるべきでしょうから……
とはいえ…読まれて分かると思いますが、
最後のマコピー復活は……あれは僕の自制心の欠如によるものです。(うう、でも好きなんだよぉ)



とりとめのない文章になってしまいましたが、

最後に……



あなたの『真琴』が戻って来ることを祈って……





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