See−Through

by詠月(SELENADE)





「浩平君……?」

 オレは耳を疑った、この世界で自分以外の声を聞いたことなど無かったから……

「浩平君だよね……」

 それが、みさき先輩の声ならなおさらだ。

「あの……人違いでしたか?」

 幻聴でもいいか……何も無いよりかは……

「すいません……ここは何処なんでしょう………?」

「永遠の世界だよ」

 来客には相応のもてなしをしなくちゃな……たとえそれがオレの頭の中からの声でも……

「やっぱり浩平君じゃない!」



 膝を手で抱え、黄昏の海の果てを見つめていたオレの前に波風にはためく白いロングのスカート

 見上げると……



「やっと見つけたよ………」

 みさき先輩がいた、オレの目の前に………

「………あ…れ? 幻聴だけじゃなく幻覚まで?」

「何ねぼけてるのかな、浩平君?」

「本物?……いや、まて! 何で先輩がここにいるんだ?」

「よく分からない……けど、会いたかったから来れたんだと思うよ」

「う…それに、一言も発してなかったオレの気配をどうやって?」

「見えたからだよ、浩平君が……」

「はっはっはっ……語るに落ちたな幻覚めぇ」



 ぽろぽろと幻覚のみさき先輩の瞳から……涙が………



「………ひどいよ、こんな意地悪するなんて………」

「へ? あ、いや、あの………」









 幻覚じゃ無えぞ、コレは……

 オレは自らの体をもって、先輩の存在を認識した……じゃなくてさせられた……

 女は魔物だ………



 浜辺に横並びに座る二人

 潮騒を聞きながら、夕日を眺めながら、先輩は此処に来たあらましをオレに語り始めた。



「浩平君と出会ったときのこと思い出したくて、学校の屋上にいったんだよ」



 先輩は、たまに学校に忍び込んでは、屋上で風にあたっていたそうだ。

 まあ、詩子や繭の侵入をやすやすと許すぐらい無警戒だもんな、うちの学校って…



「扉を開けて、屋上に出てったら、風がいつもと違ったんだ……

 そのまま歩いていくと、手すりのあった位置に行っても何も無いんだよ。

 恐くなって、扉に戻ろうとしたんだけど

 扉も無くなって……その場をうろうろしてたら、コンクリートを踏みしめる感覚まで変わって

 波の音が聞こえてきて……」



 オレに頭をもたげる先輩、こうあからさまに、甘えられるのも、悪くないよなあ。



「恐くって泣いちゃったんだ……そしたら、泣いてるうち色が見えてきたんだ、

 もう何年も見てなかった夕焼けの色が、それから周りの景色が徐々に…………」



「ところで浩平君、此処どんなところなのかな?」

「先輩、さっきので服が砂まみれにならなかった?」

「浩平君の意地悪!」

「そういう意味じゃなくてさ、砂の感触がまだ服に残ってるかって聞いてんだけど」

「え? あれ? 」

服のあちこちに手を触れるみさき先輩

「この世界じゃ、こんなの当たり前、

 万事がこんな調子、実感ある物なんて何一つ無い,夢の中の世界さ」

「全然わからないよ〜」



 とりあえず、どこから説明しようかね、この世界を………









「ふ〜ん、それじゃ浩平君が夢でみたまんまの世界じゃない此処!?」

「ああ、でも、一つだけ違った」

「此処にいるはずの女の子が、いなかった?」

「そう」

「なんでだろうね?」

「多分あれは…あの子は……オレの分身さ。長森とのキスがきっかけで、切り離された記憶……かな……」

「キス!?………瑞佳ちゃんと?」

「あっ……!? いやガキの頃の話で………」

「浩平君………」

うっ、微笑んでるけど怖いのは何故だろう。

「全部聞かせてもらうよ、いいよね」

 声も怖いぜ、先輩

 こりゃ、やぶへびだったかも…………









 なにも変らないはずの世界

 虚ろのままの世界が

 変わっていった

 みさき先輩の訪れと共に………



 けれども、そんなことも

 大海に落とした一滴の雫

 永遠という無限の時間から見れば一瞬のこと



 ここは永遠の世界

 二人もやがて永遠に飲み込まれていく



 でも、それこそが………

 オレが望んでいたことかもしれない









 それは、どちらから始めたってことでもない…………

 此処で遊ぶのに飽きたからでもない。



 お互いを見つめ合うだけ

 その時間が徐々に増えていった、それだけのこと



 ただ永遠の黄昏が広がるだけのこの世界では

 食べ物も要らず

 疲れも知らず

 眠ることも必要無い



 喋ることも無く

 果てしなく、唯果てしなく…………二人は見つめ合う

 不思議と退屈はしない

 それだけで楽しい



 現実の世界は変化が無くては生きていけないから

 人は飽きることを覚え

 そして他のものを求める

 でも、此処はそうじゃないから………





 どれほどの時が経ったのだろう

 一日?

 一週間?

 一ヶ月?

 それとも時間が止まってるのだろうか





 オレはしばらくぶりにみさき先輩の声を聞いた

 それは意外なことばだった

 唐突にみさき先輩は現実へ帰ろうと言い出したんだ



「だいぶ前から、戻り方の見当はついてたんだけど………ちょっとだけ名残惜しかったんだよ」

「もう、大丈夫だよ、………一生分浩平君の顔眺めたから………」

 その言葉が意味するもの………それは………



「なあ、先輩、ここに残らないか」

「ここにいればオレ達は……永遠に」

「虚像の世界だよね」

「オレの望んだ世界だ!」

「でも、閉じた世界だよ。何も失わないかわりに、何も手に入らない………」

「此処に居続けるのは、昔の私と同じだよ」

「………………」

「浩平君が変えたんだよ、私を」

 そうだった………

 オレが連れ出したんだよな………先輩を…………



「こんどは、私があなたを変えてあげるよ」



「でも、先輩は………」

「目のこと? う〜ん、でも、もしかしたらってこともあるよね」

 その言葉の裏の覚悟をオレは感じ取った………

「…………先輩が望むなら」

「決まりだね」





「そうそう」

「最後にお願いがあるんだ」









 傍から見ると、野ざらしのゴミの山にしか見えない場所。

 最初迷い込んだ時の感想は当にそうだった。

 その中を、暫く歩いていたとき、ふと目に止まったものがあった。

 砂に半分埋もれた靴……拾い上げてみると………女の子物のだった。

 何処かで見たそれは………みさおが最後の外出で履いていたんだ…………



 そう、此処はオレの思い出そのもの

 手に取る物全てが、微かな記憶の糸と結びつき、忘れていたはずの思い出すら手繰り寄せる。



 先輩は、辺りを見回し

「こんなとこ、有ったっけ?

 私、こっちの方から来たのに…………」

「あ、そうなんだ」

「なんにもない、ただっぴろい砂浜だけだったけど?」

「そりゃそうだよ、オレはみさき先輩が来るとは思ってなかったからね、その時は」



 『それ』が果たしてオレの思い出の目録に載っているかは分からない。

 けど、あてにならない記憶よりも、この場所の方が正確にオレの思い出を綴っているのだから、

 きっとどこかに………



「あったよ!」



 みさき先輩の声の元へ行くと

 そこには古びれた鏡台があった。鏡の部分は布切れで覆われている。



 忘れていたはずの思い出が鮮明に蘇る。

 昔、オレが壊した鏡台

 プロ野球選手気取りで、鏡を前にバットを振りまわして………

 ものすごく怒られたっけ、母さんから………



「さあ、自分と久々のご対め〜ん」

 鏡台掛けの布を捲り上げる。



 先輩の第一声は

「みさきちゃん、カワイイ♪」

 一瞬ずっこけ、即座にツッコむ

「自分で言っちゃおしまいだって!」



 少女漫画のワンシーンのように、鏡台前でポーズ作るみさき先輩。



「う〜〜ん、浩平君にはもったいないよね、私?」

 同意できるかーい! んなこと









「あ〜、満足したよ」

「なあ先輩……」

「やっぱり名残惜しい?」

「えっ!? 何がだよ?」

「浩平君の思い出でしょ、此処は。

 お別れできる?」

「今のオレには………先輩の方が大切さ」

「ふふん、無理しちゃってぇ………

 でも………嬉しいよ」





「それじゃ、帰ろう………ね」

「ああ」



 先輩が俺に手を差し出す

 差し伸べたその手をオレは握った………



「瞳を閉じて………」



 言われた通り、瞼を閉じると闇の中にみさき先輩が映し出される………

 まるで永遠の世界から二人だけ切り出されたようだ



「目、開いちゃ駄目だよ」



 二人を取り巻く様に徐々に周囲が明るくなって………

 青空の中に浮ぶ二人………

 足元には一面の雲………

 そしてその下には………



「浩平君、どこにしようか?」

「そうだな………」

「出来れば私の知ってる所にしてほしいな……」

「屋上、学校の」

「うん! そうだね、それがいいよ」



 雲海が開いてゆく



「わぁ! 見える、これが………これが私達の世界なんだね!」



 瞼の裏に懐かしい世界の景色が映る………









 閉じていたと思った瞼は見開かれていた。

 オレは感覚の逆転に少し混乱した。

 閉じた瞳の中の世界、それこそが本当の世界



 そうだったんだ………いつだってオレは戻れたんだ………



 空を見上げると、雲にぽっかりと大穴が空いて、そこから太陽が覗いていた。

 太陽の眩しさに目を閉じると僅かに永遠の世界が見えた、その世界が闇に閉ざされていく………



 しっかりと握られている右手の感触をオレはようやく思い出した。

 先輩は地べたに座り込んでいる。

 俺と同じく周囲をきょろきょろ見回してる

「先輩、大丈夫?」

「……あ、浩平君、いつのまに真夜中になったのかな?」

 …………!

 そんな………どうして駄目なんだよ………此処じゃ………



 キーンコーン………



 最悪のタイミングでチャイムが響く

 椅子を引きずる音が幾重にも重なって聞こえる。



「あは、やっぱり見えないね………」



 生徒達のざわめきに続いて、

 駆け出す足音…学食かパンを求めてだろう

 昼休みだ………



 ゆっくり立ち上がるみさき先輩

「う〜、久しぶりだと恐いね〜」

 ………足元を少しふらつかせて

「勘が戻るまで暫くかかるかな……

 ゴメンね浩平君、それまで足手まといになるかもしれないけど………いいかな?」



 …………なんで………なんで、先輩が謝らなくちゃいけないんだよ!



「せんぱい…………」

 オレのために再び光を失ったみさき先輩…………

 泣いちゃいけない、

 自分にそう言い聞かせても、涙は……止まってくれない………声を上げないだけで精一杯だ

「あ〜浩平君、今べそかいてるんでしょ」

「そんなわけないだろ!」

 先輩はオレの傍まで近づいてきた。おでこがぶつかりそうなくらい近くに

 そして、右手でオレの頬をやさしくなぞる

 流れ落ちる涙を指先が拭う………

「ほら、やっぱり泣いてる」

「ちがっ………!?」

 すっと動いた先輩の人差し指がオレの口を封じた。





「見えるんだよ。私の中で、浩平君の顔が」





 そう言ってみさき先輩は首を少し傾げながらいたずらっぽく微笑んだ………




END



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