魔法の国の少女 マーサ    28/Mar/2005 J.okada



事情により、一部のみの掲載です。


 森の向こうの小さな川をさかのぼった山の上に魔法の国があった。
  西のはずれに、地図にも載っていないコットンベールという小さな村にメリダ・ルードニア・ロッドラという魔法使いのおばあさんが、うさぎの魔物のミリーとカエルの魔物のボランとひっそり暮らしていた。
  メリダの家は高台にあり、裾野には綿花畑が広がり、その先には大きな森が繁り、小高い山に囲まれている。この村はおとぎ話に出てくるような美しいところだが、森や山には美しい風景とは不釣り合いの魔物がたくさん住んでいて、摩訶不思議なところでもあった。

  48年前、7才だったメリダは、両親と10才年上の姉の4人でコットンベールに暮らしていた。綿花やじゃがいもなどを育てていたが、ここ数年不作で食べていくのがやっとの貧しい生活が続いて、みんな疲れ切っていた。家の中は重く暗い雰囲気で、誰かが笑っているということもない。父親は怒りっぽくなって、母親もふさぎ込んでしまった。いつしかメリダは笑わない子供になってしまう。
  メリダの姉のナンは、そんな父親に反発して家を出て行く。
  その後、8才になったメリダが全寮制の初級学校に行くようになると、家は幽霊屋敷のようになってしまう。

 学校では1年生の子供達の多くが、厳しい規則と慣れない寮生活でホームシックになっていたが、メリダにとっては快適なところだった。辛い畑仕事の手伝いはしなくてもいいし、父親に怒鳴られることもない。
  その後、メリダは寮や学校の生活にも慣れていったが、自分からクラスメイトに話しかけることはなく、笑うこともなかったため、友達もできずいつも教室の隅で一人寂しそうにしていた。
  ある日、そんなメリダを見ていた明るくて積極的な女の子のジルが声をかけてきた。
「ねえ、いつも一人で寂しくない?」
「慣れてるから平気」とメリダはぶっきらぼうに答える。
「そんなこと言わないで一緒に遊びましょ」そう言ってジルがメリダの頭をなでると、メリダは反射的にびくっと体をすくめて泣きそうな顔をなる。
「どうしたの?ねえ、お友達になりましょ」
  ジルの無邪気で優しい笑顔を見て、メリダは心の扉を少し開けた。
「私でもいいの?」
  ジルはメリダの肩をそっと抱いて「メリダ、かわいいもん。だからもう寂しそうな顔しないで」と答えた。
  それから内気な性格のメリダと陽気で活発なジルは、不思議なくらいに気が合って、いつも一緒にいるようになる。そして、ジルとたくさん話をしていくうちに、メリダは徐々に子供らしさを取り戻していく。学校が単なる避難所だと思っていたが、ジルのおかげで楽しい場所に変わっていた。
  初級学校の6年間は、メリダを生き生きとした明るい少女に成長させていた。

 初級学校を卒業したメリダは、中級学校への進学を望んだが、貧しいロッドラ家には進学させる余裕などなく、必然的にコットンベールに帰ることになってしまう。
  コットンベールに帰ってからのメリダは、単調で過酷な仕事の繰り返しの日々で、また元の笑わない子供に戻っていく。
  そして3年が過ぎ去り、17才になったメリダは町に出る決意をする。母親には許しを得ていたが、父親に話すと激怒し、メリダを勘当して家から追い出した。
  コットンベールには未練はなかったが、いつも優しかった母親と別れるのは辛いものになった。メリダは大きなカバンを背負って、空飛ぶ石杖にまたがり空高く舞い上がると、振り返ることなく、親友のジルの住んでいるサラシティに向かう。
  初級学校を卒業した後もジルとは手紙でやり取りしていたが、会うのは3年半ぶりだった。

 サラシティは大きな町で人もたくさん住んでいて活気があって、メリダにはまぶしくて別世界に踏み込んだようでとても刺激的に写った。通りには着飾った魔法使い、様々な魔物、それと数は少ないが下界人も歩いていたが、下界人は黄色の服を着ているので一際目立っていた。下界人は魔物よりも身分が低いこともあって、周囲を気にしながらこそこそ道の隅を歩いている。メリダが近くを歩いていた下界人をじっと見ていると、その視線に気付いたのか逃げるように走り去って行ってしまった。
  そんな下界人を見て、コットンベールでのみじめだった自分に照らし合わせて息苦しくなって、その場に立ちすくんだ。
「とにかく、この町で出直さないといけないんだから、しっかりしないと」そう自分に言い聞かせた。
  町の中心街へ入り、ジルの手紙に書いてある地図を見ながら探していると、きれいな女の人が近づいてきた。
「メリダ、私よ。ジルよ」手を振ってメリダのもとに走ってきた。
「ジル?別人みたいにきれいになってたから、全然わからなかったわ」ジルのあまりの変わりようにメリダは後ずさりしてしまう。
「私はメリダだってすぐにわかったわ。でもメリダも大人っぽくなってとってもきれいよ」
  日焼けでできたシミだらけの顔にこけた頬をしたメリダは、お世辞にもきれいとは言えなかったが、ジルはとびっきりの笑顔で迎えた。
「ねえ、会うのは初級学校の卒業式以来ね。ジルはあの頃と変わらず元気そうね」メリダは精一杯明るく振る舞うが、内心は不安でいっぱいだった。
「私はいつでも元気。メリダの事はいつも気にしてたのよ。コットンベールでは辛い生活だったみたいだけど、今までよく辛抱したわ。メリダの気持ち、私にはよくわかるよ。だから、気兼ねなんかしないで、ずっと私のうちにいていいからね」
「ありがとう。何でもするからよろしくね」久しぶりにジルと話をしていると、気が楽になって不安も和らいでいた。

 ジルの家は町で一番大きい服屋で、居候したついでに店で雇ってもらう事になる。
  メリダは裁縫の仕事が向いていたのか、3年が過ぎた頃にはどんな注文の服も作ることが出来るようになっていた。やりがいのある仕事を見つけたメリダは、生き生きとして充実した生活を送るようになる。

 メリダがこの町に来て5年が経ったある日のこと、ジルは何を思ったのか旅に出ると言い出した。
「ここでの生活に不満がある訳じゃないの。ずっと前からいろんなところへ旅がしたいって思ってたの。私がいなくなっても、メリダはずっとうちに居てちょうだい。お母さんもメリダを頼りにしてるんだから」
「旅をするっていったいどこに行くの?」メリダは引き留める方法がないか、考えるが何も思いつかない。
「そうねえ、まずはこの国の端から端まで回るわ。そしたらまた帰ってくるわよ」
「端から端までって。長い間、戻って来ないって事?」
「そうなるかもね。どう言ったらいいのかわからないけど、今しか出来ない気がするのよ」
  メリダは親友としばらく会えなくなるのは嫌だったが、ジルの性格はよくわかっていたので快く見送ることにした。
「ジルがいなくなると寂しいけど仕方ないわね。たくさん楽しい想い出が作れるといいね」
「ありがとう。メリダも夢が見つかったら、躊躇しないで突き進むのよ。後悔しないように。じゃあ、旅先から手紙書くね」
  ジルが旅に出たことをきっかけにメリダは、自分の店を持って独立することにする。そして、ジルのお母さんの援助もあって、店はそれなりに繁盛して、この町の風景にも次第に馴染んでいった。
  ジルが旅立って1年半後、旅の終わりを告げる手紙が届く。

 親愛なるメリダ様
  元気ですか?
  この国での長い旅もそろそろ終わろうとしています。
  遠い町や村での生活は、サラシティとは全く違っていて驚きの連続でした。きれいな湖や森もたくさん見てきたし、暗く荒廃した村も見てきました。いろんな町や村に行って、たくさんの人達にも出会いました。ある老人に聞いたのですが、人間界は広いと思っていたこの国より、はるかに広大で美しいところらしいのです。近くに人間界の町があると言うことなので、そこへ旅に行こうと思います。また長い旅になりそうです。
  今、メリダのふるさとのコットンベールの近くのクリーズサンドにいるので、コットンベール に寄ってから、下界の町に行こうと思っています。コットンベールに着いたら、また連絡します。
                                     ジル・ダイナ・スキード

 手紙を読んだメリダは、もう忘れかけていたコットンベールでのあの暗い記憶が蘇ってきた。もう帰る気はないし、忘れようと自分に言い聞かせてきたのに。家を出てからずっと絶縁状態だったため、コットンベールの両親が元気にやっているのかさえわからない。父親はともかく、あの貧しい家で母親が元気で暮らしているのか気になった。

 数日後、コットンベールを訪れたジルから手紙が届く。
  前略、メリダ様
  今日コットンベールの空域に入り、メリダの家を訪問しました。
  気を確かに持って、このあとの事を読んで下さい。
  家を訪ねてお母さんにメリダの町での生活を話すと、「辛い思いばかりさせてしまって申し訳ない」って言って泣いておられました。
  お母さんは元気なようでしたが、お父さんは2年前に病気で亡くなったそうです。だから、いつでも帰ってきてほしいと言われていました。
  私が出しゃばる事ではありませんが、お母さんに顔を見せて安心させてあげたらどうですか?
  お母さんも一人で暮らしていて、とても寂しそうでした。
   メリダのお母さんと話をして、私も急に両親に会いたくなったので、下界に行く前にサラシティに一旦戻ることにしました。
  詳しい話は、サラシティに戻ってから話します。では。
                                     ジル・ダイナ・スキード

 メリダは手紙を読み終わると、深い悲しみに押しつぶされそうになって泣き崩れた。父親をずっと憎んできたが、父親の死がこれほど悲しいものとは思っても見なかったのだ。メリダは体の一部が消えてしまったようで脱力感を強く感じていた。と同時にひとりぼっちで暮らしている母親がかわいそうでならなかった。
  ジルはサラシティに帰ってくると、メリダにコットンベールの事をいろいろと話した。一人で貧しい生活をしているのこと、荒れ果てている畑のこと、すきま風が吹き抜ける古い家のこと。
  メリダは母親がみじめな生活をしていると聞いていたたまれなくなって、母親と暮らすのは自分の義務だと思った。

 次の日にメリダは、母親と話をするためにコットンベールに向かう。
  7年ぶりに見るコットンベールは、ジルが言っていた通り荒れ果てていて、目に入る景色が白黒に見えるほどだった。緊張しながら家に入ると、母親はメリダを見てひどく動揺していたが、「メリダ、苦労かけてごめんよ」と叫びながら泣き崩れる。母親は弱々しく長年の疲れからか、とても57才とは思えないくらい老いて見えた。
「お母さん、私こそごめんなさい。これからはずっと一緒にいるから許して」
「メリダはサラシティで頑張っているんでしょ。お母さんの事はいいから、向こうで自由に暮らしてちょうだい」
「ここはいい思い出はあまりないけど、私のふるさとなの。これからお母さんと幸せに暮らしたいの。サラシティの店は人に任せることにしたし、コットンベールでも裁縫の仕事はできるのよ。だからいいでしょ」
  母親は黙ったままだったが、メリダの手をとってうなずいた。

  その後、コットンベールとサラシティと行き来する生活にも慣れた頃、人間界へ旅をしていたジルから衝撃的な手紙が届く。

 親愛なるメリダ様
  メリダはコットンベールで忙しい毎日を過ごしていると思いますが、元気ですか?
  実は、今日私の裁判がありました。
  単刀直入に書きますが、私はこの国の法を破ってしまいました。重大な法を。
  人間界に行った私は、異文化の刺激的な町が気に入って、住み着くことになりましたが、1年後、魔法を使ってしまいました。
  人間を助けるために魔法を使ったのです。人間界に降りてからは、魔法を封印していましたが、使うしかありませんでした。私が好きだった人をどうしても助けたかったのです。
  結局、私の魔法の力ではその人は助かりませんでしたが、魔法を使ったことは後悔していません。
  今後二度と魔法は使えないし、この国からも永久追放になることになりました。
  判決では、魔法を使った町に追放されることになりましたが、なんとかやっていこうと思います。

 執行日は、5日後になります。それまではスタイラの拘置所にいます。
  よかったら、面会に来て下さい。では。
                            ジル・ダイナ・スキード

 ジルの手紙を読んだメリダは、唖然としてしばらく固まっていたが、我に返りすぐにスタイラの拘置所へ向かう。
  スタイラに着くと夕暮れになっていたが、拘置所は巨大で威圧感がある黒い建物ですぐにわかった。重い大きな戸を開けると、制服を着た警備員らしい人が2人正面に立っていた。面会に来たと言うと奥で待つように指示される。
  しばらく待たされた後、鉄でできた戸の部屋の中に通される。部屋に入るとジルが監視員に連れられてメリダの前までゆっくり歩いてきた。
「メリダ、わざわざ来てくれてありがとう。また顔が見られてうれしいわ」
「ジルがこんなことになるなんて今でも信じられないわ。ねえ、なんかの間違いでしょ」
「いいえ、間違いじゃないわ。3日後には人間界に追放になるの。でも私のことは心配しいで。向こうでもうまく暮らしていくから」
「私に何かしてほしいことない?」
「私はもうこの国に二度と戻れないから、たまには会いに来てくれるとうれしいわね」
「行くわ、絶対。ジルのためなら、何でもしてあげる。たった一人の親友だもの」
「ありがとう。それと私に服を作ってくれる?メリダの作った服、とってもきれいで着心地がいいから」
「すぐに作るわ。今度ジルのところに行った時に、持って行くからね」
 メリダは意外に元気なジルを見て少し安心したが、この先の事を考えると気分が滅入った。

 
  そして、ジルが人間界に追放された次の日、ジルの住む町へ服とパンやジャムなどを持って行った。
「ジル、調子はどう?私が心配してもしょうがないけど、不安で仕方ないわ」
「私はいつでも元気よ。この町で1年間普通に暮らしてきたんだから、辛くはないのよ。メリダが思うほどここの生活は悪くないの」
「それならいいんだけど」メリダは古くて小さな家を見ながら、これからは自分がジルを助けていかなければと思っていた。
「今日は、泊まっていってね。話したいこともたくさんあるんだから」ジルは以前と何一つ変わらない調子で夜遅くまでしゃべり続けた。
  その後、ジルはこの町で仕事も見つけて、貧しいながらも懸命に暮らすようになる。メリダはそんなジルの生活を手助けするため、時間ができればジルに会いに行って、できる限りの援助をした。
  数年後、ジルは働いていた工場の従業員と結婚し、メリダも気を使って会いに行く事もほとんど無くなっていく。