私が、見つける事の出来た高柳昌行さんの生徒の方々です。それぞれの方が、どれだけ長く、あるいは、深く高柳氏に師事されていたのかについては、私には判断できませんので、少しでも高柳氏に習ったことがあると思われる方々はリストさせていただきました。この他にも習っていた方をご存知なら教えてください。また、私が勝手に載せてしまったことですので、「自分に関する記述を変更して欲しい」とか「自分名前を削除して欲しい」という依頼も受け付けています。
1948年4月5日
22歳で多感な青年期に、単身ブラジルへ、3年滞在し、サンパウロ、バイ−ヤリオ・デェジャネ‐ロ等の街で、Bossa Nova・Sambaギタ-の 特殊演奏法を究める。
1948年9月5日
現在ジミー原田5、根市タカオ4、松尾明4等でホテルラウンジ、ライブハウス出演中。大橋美加CDにも参加。
1950年
中牟礼貞則、高柳昌行両氏に師事。ドラムのバイソン片山らとコンボを組み、26歳よりプロとして本格的に活動を始める。
1950年1月9日
最初はJAZZに、はまっていたそうです。
1951年
スタジオワークでは日本の演歌歌手のほとんどのレコーディングに参加。
1951年9月1日
中牟田貞則氏、高柳昌行氏に師事。
1951年9月24日
名古屋でジャズ・ルーム『EXIT』を経営しながら自己のカルテットで活躍。
1952年3月
20代に世界各地を放浪。ニューヨークでSKEETER BESTから古い時代のジャズを習う。
1953年?
日本音楽療法学会認定の音楽療法士。医療・福祉をテーマにしたユニークなバンド「カウンターショック」のリーダー
1953年
21才の頃JAZZ ギタリスト高柳昌行氏に師事。現在は広島を拠点に活動
1953年2月15日
ギタリスト&ウクレレ奏者及び、作・編曲家。
1953年9月13日
アルトゥーロ・ペノンとダニエル・ビネリに師事し、バンドネオンの基礎を学ぶ。都内近県でライブ活動するほか、バンドネオンの基本奏法の指導にもあたっている。
1953年10月14日
中牟田貞則氏、高柳昌行氏に師事。高柳昌行氏に師事したのは約2年半。
1954年
アジアの民族音楽研究をする傍ら、1983年頃より、映画音楽の仕事を始める。
1954年
ギタリスト・マンドリン奏者として、日本各地、韓国でのライブ活動を行う。
1954年6月8日〜1997年1月
高柳昌行ニューディレクションに参加
1954年9月16日
T-SQUAREのあの人も習っていました。
1954年11月5日
「THE SQUARE」のオリジナルメンバー。安藤正容とのデュオでも活動中
1956年3月23日
BOW WOWのあの人もネム音で高柳さんに習っていました。
1956年8月17日
18歳から35歳の17年間、高柳昌行氏に師事。
1959年6月19日
1980年頃上京、高柳昌行氏に師事。現在は、姫路のライブハウス 等で活動
1959年8月1日
ギター、ターンテーブル、エレクトロニクス/作曲/リミックス
1959年8月4日
沢田駿吾氏にジャズギター、高柳昌行氏に音楽全般、大沢一仁氏にクラシックギターを師事。高柳昌行氏に師事したのは18歳から20歳までの約2年半。
1959年10月21日
映像界の鬼才・豊崎洋二と音と映像のコラボレーション「アース・ジュース・ユニット」にて活躍中。
1962年
オールラウンドなGuitarist。手がける音楽は抽象・古典・ポピュラーと多岐にわたる。
1962年12月16日
古澤良治郎氏にドラムを、高柳昌行氏にジャズ史を師事
渡邊英一(わたなべ えいいち)
1965年9月8日
廣木光一氏にギターを、高柳昌行氏にジャズ史を師事
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1985年高柳昌行氏の元でアカデミックなギターテクニック、音楽理論を学ぶ
生徒ではありませんが、関係の深いギタリスト達です。
1933年3月15日
高柳昌行の追っかけをしていたそうです。
宇山恭平(うやま きょうへい)
1938年5月9日
佐藤敏夫(さとう としお)
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「SMILE I LOVE」「EL PULSO」で共演されてます。