「CANDY DAYS」
作:G☆SCR 【up dete 2000'03'14】

3/13(月) 曇り

 世界征服部部室。
 明日の占領行動準備のため、部員一同(戦闘員除く)が集まり作戦会議を始めるところ、なのだが……
「では、会議を始める」
 秋篠夕霞のお決まりと言っていい挨拶に、天羽翔子が口を挟む。
「始めるって、司木君がまだ来とらんけど?」
 他の者も疑問には思っていたのだろう、顔を夕霞の方へと向け、その答えを待つ。
「司木は今日は欠席だ……いるメンバーだけで始めさせてもらう」
「まあ、彼ではいてもいなくても変わらないですがね」
 八草重遊としては正直に本音を漏らしただけだろうが、それが嫌味のように聞こえてしまうのは彼の日頃の言動の賜というやつだろう。
その言い方にカチンときたのか、御堂あきが反論する。
「ずいぶんな言い方だね? 仲間なのに」
「本当のことを言っただけです。実際、大事な作戦会議を休むような輩ですから」
 さも当然と言いたげな表情を見せる夕に翔子達も不快を感じてはいたが、あきの反応はいささか過剰だった。
隣に座る鴇神冴が「おちついて……」と止めるのも効かず、席を立ち上がって睨み付けるような視線を向けムキになって言葉を返す。
「橙也クンは理由もなしに休んだりしないよ、キミじゃないんだから!」
「……何を怒ってるんだ? 彼が休んでいるのは事実だろう」
 冷静を装っているものの、部長の前でヒステリックとしか思えないような非難の声を向けられて穏やかでいられるはずもなく、
その表情には固いものが見えている。
「そのへんでやめておけ」
 2人と、そのまわりの人を救ったのは、夕霞の静かな、だが逆らいがたい力を持った一言。
2人とも「はい」ととりあえずは感情を抑え、席に着く。
「橙也は学校そのものを欠席している。来ないのは当然だ。……時間もない、浅凪、明日の作戦の説明を」
 話を向けられ、左手に書類を持ちながら浅凪九郎が説明を始めるが、あきにはその言葉が耳を素通りしていく。
そもそも、あの橙也が学校を休んだというだけで、全員が意外だという表情を隠さなかった。
入学以来無遅刻無欠席、話によれば小学校からずっと皆勤賞だったという男が休んだというのだから、驚くなという方が無理だろう。
 そして、特にあきには橙也の欠席で思いあたる節があった。
心配そうな視線をちらちらと向けてくれる冴にも気づかず、あきは土曜日の事を思い出していた。

 その日は土曜日だったのだが、あき達は火曜日に使うことになるかもしれないスーツの調整のため、科学部室にいた。
……といっても、実際には、昨日行った水族館の話をしていたのであるが。
「失礼します。……なんで皆さんここに?」
 そこにちょうど、「鉄」を返しに来た橙也が加わり、4人で盛り上がっていた……というより、3人に橙也が付き合わされていた。
だったらさっさと場を離れればいいのに、先輩になかなかそういうことを言い出せない当たり、体育会系の気質が骨身にしみている男である。
「やっぱり、最後に見たイルカが一番だったかな? ね、冴」
「うん……」
 親友の問いかけに、いつもながらの小さな声で、でもしっかりと答える冴。
よほど印象に強く残ったのだろう、思い出すようにするその表情も嬉しそうだ。
「でもー、あきちゃんとしては、その後見たイルカのペンダントの方がお気に入りやないんか〜?」
 ここがツッコミどころとばかり、翔子があきを覗き込むようにして茶化す。
「……だって〜、本当に可愛いんだもん☆」
 言われたあきは少し恥ずかしそう。そこへ、今まで何も話せなかった鬱憤晴らしとばかり、橙也も茶化しに加わる。
「でも、御堂センパイにアクセサリーなんて、何だか似合わないっすね」
「なあに、ずいぶんな言い方〜」
 頬を膨らませ、抗議の感情を見せる。調子に乗って、橙也は更に追い打ちをかける。
「だって、御堂センパイがですよ? 実験の機会とかパソコンが欲しい〜って言うのならともかく……」
 ここで「ぶー、どうせボクは女の子っぽくありませんよっ!」とか言って後ろを向いてしまうあきを冴と翔子がなだめ、
橙也が謝って一件落着……というのがいつものパターンで、冴もそうなると思っていたから、翔子や橙也の発言を止めはしなかったのだ。
 だけど、今日のあきの反応は違っていた。俯いたままの姿勢でじっとしている。肩が少し震えているように感じるのは気のせいだろうか。
「あ、あのー、あきちゃん?」
 どううしていいかわからずおろおろとしている冴に代わり翔子が声をかける。それでもあきは顔を上げず、翔子達は一層不安にかられる。
「どうせ……」
{? 何言った、あきちゃん?」
「……どうせ、ボクなんてっ!」
 叫びといってしまってもいいかもしれない。振り絞るような声でそう言い放って、あきは部室を飛び出していった。
一瞬だけ見えた瞳には、涙。
 呆然としていた3人から、まず冴が、はっと思い出したようにあきを追いかけて廊下へと出ていく。
慌ててその後に続こうとした橙也だが、その肩を翔子の手が掴む。
「翔子センパイ、なんで……」
「あんたが行ったかて、今は余計にもめるだけやろ?」
 その手をふりほどこうとした橙也だが、なんとかあきらめたのか、自分に対して舌打ちしながら部室の壁に拳をぶつける。
その様子に、翔子もとりあえず胸をなで下ろす。性別も違うし、向こうは空手部の極星。力任せにふりほどかれれば翔子に止める術など無い。
「……俺、言い過ぎましたね」
「あんまり自分を責めんとき。ウチらかて悪いんやし……」
 そうは言いつつも、橙也が自身を責めないはずもない。
強い者と力をぶつけ合った結果、相手を傷つけてしまうことは気にもしないが、自分より弱い者を傷つけることは極端に嫌う男だ。
「とりあえず、今日は帰りや」
「でも……」
「橙也君がいたら2人も帰ってきづらいやろ?」
 何か言いたげな橙也だったが、年長でもある翔子の言葉の正しさを認めたのだろう。
「帰ります」と、一言残し、部室を去っていく。その姿は、いつもの豪快さなどとはほど遠く、見送る翔子も不安そうだ。
「それにしても、あきちゃん、どうしたんやろ?」

「どうしたんだろうね、ボク」
 少し落ち着いたのか、近くにある木の下に座り込んだまま、追いついてきた冴にまるで他人事のような調子でそう話すあき。
走っている間に拭いたのだろう、涙こそ見て取れないが、赤くなった瞳がその感情の高ぶりを示している。
「大丈……夫?」
 らしくないあきの様子を本気で心配し、気遣う冴。そんな冴に「ありがとう」と感謝しつつ、あきがらしくなく自嘲気味に語り出す。
「……ボクも、冴みたいだったらよかったな、綺麗で、優しくて……」
 親友のいつもとかけ離れた態度に驚きながらも、ふるふると頭を振ってその言葉を否定する。そんな冴の仕草を見やって、
「……冗談だよ。さあ、戻ろっか」
 そう言って立ち上がる。口調はいつものあきに戻っていたが、それが無理を押した結果だというのがいつも近くにいる冴には痛いほど伝わってくる。
そして、その空元気が自分を心配させないためだと言うことも。だから冴からかけられる言葉もなく、ただあきの後ろについて部室へと戻るだけだった。

「……以上です。何か質問などありますか?」
 あきが思いを巡らしているうちに、説明は終わってしまったらしい。
あっと小さく声をあげたあきに気づかない振りをして、九郎は話を進める。
「質問じゃないんやけど、本当に九郎はんだけでやるんか?」
 一応確認しておきたいといった風に尋ねる翔子。
「はい。もちろん、松田君と新井君には手伝ってもらいますけど」
「極星を一人も参加させないとは、ずいぶんと余裕だな。それで今まで失敗しているというのに」
 この辛辣な遊の物言いに、翔子もさすがにむっとするが、普通なら真っ先に怒るはずのあきはといえば、全くの無反応。
その様子に翔子も気をそがれてしまう。
「まあ、今回は浅凪に任せるとする。今日はこれで解散だ」
 夕霞にそうまとめられては、遊もこれ以上のことは言えない。
何となく気の抜けたような空気を残しながらも、部員達は一人二人と席を立っていく。
「で、勝算は?」
 最後に残った九郎に、夕霞が声をかける。いやあ、と表情では笑いながら、しかし声に強い意思を乗せ、ハッキリとこう言った。
「まったくないです」
 夕霞の方でもその答えを予期していたのだろう、まったく動じる様子もなく言葉を返す。
「勝つ気もないのだろう?」
 見抜かれてますか、と頭をかく九郎。そのまま部室を去る後ろ姿を見送った後、一人の部室で夕霞は呟く。
「まあ、明日くらいはそれもいいだろう」

3/14(火) 晴れ

 放課後、世界征服部が「アリエル」占領。
 3分12秒後、描写の必要もないほどあっさりと、正義の味方部により奪還。

 部活動成功のお祝いで、はやな達はその「アリエル」でおやつを楽しんでいた。
今日はどこの学食もそうだが、特にこの「アリエル」はホワイトデーフェアを行っており、期間限定の特別メニューを食べているはやななどは幸せそのものだ。
「それにしても、今日はあっさり勝ったよね」
「プリンアラモード追加です」
「そうですね……桜流さんや他の極星の皆様も来ませんでしたし」
「私はねぇ、特製チーズケーキと、シューモンブランと、もう1杯はやなスペシャル☆」
 あまり会話になっていないような気もする会話を楽しむ4人。そこへ来店する1人の生徒。
「!?」
 ふとそちらを見た葵の目に映ったのは、つい先ほどこの店を占領していた人物の姿。その左手には何かが入っているらしい紙袋。
葵の様子にそちらに視線を移したさつきにも緊張が走る。
「どうして……また?」
 まさか、一日に二度、同じ店に来るとは思ってもいなかったのだろう。
葵にしても、以前スーツを着てないはやなを狙ってきた「紫閃」ならばともかく、この眼鏡の人は卑怯な真似をしてこないと思いこんできた。
もし今翔子達が来たら、同じ極星同士ではスーツ無しでは分が悪すぎる。
 2人の緊張した様子にさすがに気が付いたのか、はやなと稜も九郎の動きを目で追っていく。
だが、九郎ははやな達に気づいていないのか、レジへと向かっていく。
「すみません、予約しておいた浅凪ですが」
「……は?」
 あまりに意外な言葉に知らず大きな声になってしまったのだろう、葵の声に九郎がこちらを振り向く。
「やあ、正義の味方部の皆さん、こんにちはです」

「倒しに来てくれなかったらどうしようかと思っていましたよ」
 ラッピングの間、はやな達と話をしていることにした九郎。そんな九郎に葵が質問をぶつける。
「何で、来ないと困るんですか? 世界征服部にとっては、来ない方が都合いいんじゃ……」
「だって、ホワイトデーにお菓子の店なんて占領していたら、馬にけられてしまいますよ」
 さも当たり前だとでもいうように、いつものにこにこ顔で答えられては、おもわず葵もそんなものかと納得しそうになってしまう。
その葵に代わり、おずおずとさつきが言葉を続ける。
「では、はじめから占領しなければよかったのでは?」
 その問いに、九郎はこれまたあっさりとこう答えた。
「そこはほら、一応悪役ですから」
 はあ、と気を抜かれたような2人と、美味しく食べ続ける2人。そんな正義の味方部の面々を残し、
「では、またお会いしましょう」
 そう言って九郎は「アリエル」を後にする。その後ろ姿に、プリンを食べ終えた稜がそっと呟く。
「ただものじゃ、ないです」

 科学部部室。
「あ、やっぱりここにいたんですね」  両手で荷物を抱えた九郎が、あきと冴の姿を見つけて一安心といった表情を浮かべる。何をしに来たかは聞くだけ野暮というものだろう。
「あ、そう言えば用事あったんだ。冴、九郎クン、あとよろしくね☆」
 見え見えの嘘をつき、部員でもない2人に部室を任せて出ていってしまうあき。冴はその心遣いに感謝するばかりだが、一方はといえば、
「どうしたんでしょうね?」
などと、あいかわらず鈍感な九郎である。
「そうそう、鴇神さん、これ、ホワイトデーのプレゼントなんですけど」
 そう言って、持っていた荷物を冴に差し出す。一つは包装でもわかる、「アリエル」のホワイトデー特製ケーキ。
もう一つは学園内での買い物ではないらしい。九郎に薦められ冴が袋を開けてみると、出てきたのはクリーム色の春物のセーター。
胸のあたりに少しだけ刺繍の入ったシンプルな作りである。
「わあ……」
「着てみて、もらえませんか?」
 九郎にそう言われて断る理由もない。少し恥ずかしがりながらも、制服の上からセーターを着てみる。
「おかしく……ないですか?」
「よく似合ってますよ」
 いつもの優しい表情での九郎の言葉に、恥ずかしげに表情を隠しながらも喜ぶ冴。その様子に、九郎はホッと胸をなで下ろす。
「……どう……したんですか?」
「いえ、鴇神さんが喜んでくれるかだけ考えて選んだもので、もし喜んでくれなかったらどうしようかと……」
「ああ……」
 プレゼント以上に、その九郎の言葉に、冴の胸は熱くなる。
思わずこぼれそうになる涙を必死にこらえる彼女に、照れ隠しか、変わらぬ表情のまま頭をかきながら、九郎は言った。
「えーと、とりあえず、ケーキ、一緒に食べませんか?」

 その頃部室を出たあきは、何をすることもなく、校舎の出入り口へと続く廊下をただぶらぶらしていた。
(冴、よかったね)
 親友の喜びを思うと自分も嬉しくなるが、こうして1人になってしまうと、どうしてもこの前のことを思い出してしまう。
(橙也クン、今日も休みだっていってたっけ……)
「あき……センパイ……」
 暗い考えに陥りそうだったあきを引き戻したのは、自分を呼ぶ声。相手は走ってきたのか、息も絶え絶えと言った感じだ。
「よかった、見つかって……」
「橙也、クン?!」
 驚くのも当然だろう。今日も学校にいないはずの人物、ずっと心に引っかかっている人物がすぐ前に来たのだから。
橙也は、何とか息を整え、あきに正面から向かい合って深く頭を下げる。
「この前は、ごめんです」
 動転しているのだろう、橙也が何に謝っているのかさえ気づかないあき。
それが土曜日のことなのだとわかり、慌てて頭を上げるように言う。
「あ、謝らなくっていいよ! 気にしてないんだから」
 言われて橙也は頭を上げる。橙也の顔を正面から見ることになってしまい、あきはいよいよ混乱してしまう。
そんなあきに、橙也は「これ」と、そっと右手を差し出す。
「ホワイトデーの、贈り物です」
 手に乗っているのは、ラッピングされた小さな箱。
「あ、ありがとう」
「開けてみてくれますか?」  そう言われ、頷いたあきがするするとラッピングのリボンをほどく。箱の中に入っていたのは、白いイルカのペンダント。
「それっすよね? 前に言ってたやつ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! こんな高いの!」
 それは確かに、一目で気に入ったペンダント。だけど、気軽にもらってしまっていいような値段のものでは決してない。
慌てて箱にしまい返し、受け取れないと言いかけたあきへ、橙也が言葉を贈る。
「プレゼントって、何を贈ってくれたら一番喜んでくれるかなんてわからないから……
 だから、自分が贈りたい物を贈るものだと思ってます。
 だから俺は、センパイにそれをプレゼントします」
 その言葉に心打たれながらも、それでも受け取れないと、彼の手にそれを返そうとしたあきに映ったのは、労働でボロボロの彼の手。
おそらく、これを買うためにこの3日間、どこかで重労働のバイトをし続けたのだろう。
そんな橙也の行動を、彼女に否定することなどできなかった。
「ありがとう……」
 そう言って彼女は箱を持ったまま両手で口を押さえる。
「そ、それじゃ、俺、担任に無断欠席で呼ばれてるんで!」
 照れなのか、泣かれるのが苦手なのか、ともかく橙也かさっさと廊下を駆け出していき、すぐに姿が見えなくなった。
一人残されたあきは、橙也の消えた方向を見つめながら呟く。
「バカ……女の子にこういうのプレゼントしたなら、つけたのを誉めてから行きなさいよ……」
 そして箱から取り出したネックレスを首にかけ、慈しむようにそのイルカの飾りを指で確かめる。
「ほんとに、バカ……」