12/22(木)

 クリスマスを間近に控えた日の放課後。
 八草重遊は一人、世界征服部部室に呼び出されていた。
「用件はわかっているな?」
「……はい」
 秋篠夕霞の言葉に神妙な様子でうなだれる遊。彼はこの前の正義の味方部との戦いで、またもやはやなちゃん達にナイフを投げてしまったのである。
「では、罰を伝える。今回の罰は……」
 今回は年末の部室大掃除かな、頭を下げたままそんなことを考えていた遊に、夕霞は一通の封書を差し出した。
「これだ」


「Yes, Santa Claus is.」
作:G☆SCR 【up dete 2000'12'24】


12/23(土・祝)

「頼む」
 突然のことに驚きながらも、司木橙也と御堂あきの二人は、珍しいこともあるものだという表情で目の前の人物を見ていた。まったく、あの遊が他人に頭を下げるなんて、珍しいこともあるものだ……
「ま、まあ八草重センパイ、顔を上げてください」
「あ、ああ」
 そう言われて遊が顔を上げたおかげで、二人はやっといつものペースに戻ることができた。いつもの高圧な態度がいいわけではないが、丁寧に出られると逆にとまどってしまう。
「確かに、命令じゃ仕方ないけど……でも、ずいぶん変わった命令ね」
 『孤児院の子供達にサンタになってプレゼントにいくこと』。これが、遊にくだされた罰の内容らしい。子供達に触れることで、優しさを学びなさいというのが夕霞の意図なのかもしれない。
「変わっていようと命令には従う。だが一人では無理なんだ、手伝ってくれ」
 そう言って再び頭を下げる。どうも調子が狂ってしまう橙也は、当然の疑問を口にしてみた。
「でも、なんで俺達なんです? 例えば、先輩のところの三人娘とか」
「あの三人より、お前一人の方がたくさんプレゼントを運べる」
 それに、子供達と一緒に遊びかねないしな、とは口には出さなかった。
「翔子も用事があるといっていた。お前達にしか頼めん」
「野島達は?」
「朝凪の部下に頼めるか」
 妙なプライドを持った人だなあと橙也は心で苦笑するが、あきの考えは違った。
 新井くん達に頼めば、受けたかどうかは別として、その話は九郎くんの耳にも入る。人のいい九郎くんのことだ、自分の都合はさしおいて協力を申し出るだろう。そうなると、クリスマスイブのデート(と、九郎が思っているかどうかは微妙だが)の約束をしていた冴に「ごめん」と、申し訳なさそうに謝り、冴も「かまいませんから……」と答えるだろうが、それで落ち込まないはずがない。そしてそれを見れば。
(「九郎くんじゃなくてボクがやる!」って言うに決まってるか……)
 結果としてそうなるなら、初めからあきに頼んだ方がいいに決まっている。幸いというかなんというか、明日は特に予定もなく街をぶらつく予定だったので、手伝いくらいわけはない。
「橙也クン、手伝ってあげようよ?」
「ん? 俺は構わないですけど、いいんですか?」
「うん。買い物は、また今度でいいから」
 二人に眼前でのろけられて嫌味の一つもでてこなかったのは、頼み事をしている後ろめたさがあったからだろうか。
「で、何をすればいいんですか?」

12/24(日)

 ぷくぅと頬を膨らませるあきに、笑いをこらえながら橙也が答える。
「いや、似合っていますよ、あきセンパイ」
 お世辞ではない、確かに似合っているのだ。ヒゲ面の似合わない遊や、体格がよすぎて全然お爺さんっぽくない橙也に比べ、女の子だからとヒゲをつけていないあきのサンタ姿は実に可愛らしい。
「ぶ〜っ」
「まさか、小学生サイズでぴったりとはな」
 遊が不満の核心を口にする。そう、確かに男の子向けではあるのだが、あきには小学高学年用の服がぴったりであったのだ。あきにもこの事実は少々不満だったらしく、さっきからふくれっ面というわけだ。
「でも、本当に似合ってますからよ」
「……帰る」
 笑いながら誉めてもなんの説得力もない。二人に背を向けて歩き出すあきに、ちょっとからかいすぎたかなと反省しつつ橙也は横に並びかけた。
「センパイ、謝りますから怒らないでください」
「怒ってなんかいないよ!」
口を尖らせながら、いつもの明るい声のままそう言われても、説得力も迫力もありはしない。どうしたものかと橙也が思案していると、こちらは先ほどの場所で立ち止まったまま、遊が声をかけてくる。
「そうか、サンタさん帰ってしまうのか、子供達は残念だろうなあ」
「うっ……」
「楽しみにしているだろうなあ、寂しがるだろうなあ」
 その言葉に対する有効な反論を模索し……何も浮かばないところへ、
「センパイ……」
と、橙也に沈んだ声で言われては、あきも素直になるしかない。くるっと振り返り、すれ違いざまに
「あとで……おぼえておきなさいよ」
と、橙也の足を踏んでいく。痛がる橙也をあえて無視し、やれやれといった表情の遊の所まで歩いていく。
「な、なんで俺だけ……」

車が着いたのは、孤児院の裏口側の駐車場。ドアの向こう側の華やかな声がここにいても聞こえてくる。
「今はジングルベルを歌っているはずだ。この歌が終わったら、サンタさんの登場だ」
そういって袋を担ぐ遊。ちなみに橙也の袋は遊やあきの袋に比べて2倍ほどサイズが大きいが、まあこれは仕方のないところだろう。
 三人は部屋の扉の前に並ぶ。伴奏のピアノが終わり、全員が自分の達の歌に拍手を送るその中へ扉を開けて……
「「「メリー、クリスマス!!」」」

 子供達の驚きと喜びもどうにか一段落し、プレゼントも渡し終え、ほっと一息ついた時。
 あきの前に、一人の女の子がプレゼントを持ったまま困ったような顔をして近づいてきた。先ほどあきがプレゼントを渡した女の子だ。
「どうしたのかな?」
 腰をかがめ、女の子と同じ高さになって尋ねるあき。そのあきに、女の子は悩み抜いたあげくに声を振り絞るように質問した。
「お姉ちゃん……サンタさんって、本当にいるの?」
「えっ?」
 軽い驚きの声。その声に気づいたのか、橙也や遊、何人かの子供達もあきの方を見る。
「……えと、ボクが、サンタさんだよ?」
 自分を指さして答えるが、女の子は違う違うと頭を振り、真剣な眼差しをあきにぶつけてくる。
「お姉ちゃんじゃなくって、本当のサンタさん! ねえ、いるよね、サンタさんは本当にいるよね?」
「う、うん。もちろんいるよ」
「じゃあ、何で来てくれないの? どうして本当のサンタさん、ここには来てくれないの?」
 女の子は涙目でそう訴えてくる。つられたのだろうか、まわりの何人かの子供達も泣き出しそうになっている。
「やっぱり、本当はサンタさんなんていないの?」
 いるよ、と言うことはできる。来ない理由を適当にごまかすこともできるだろう。だけど、女の子の無垢な瞳が、あきにそれを許してくれなかった。どうしたらいいかわからず、逃げ出すこともできず、橙也が肩を支えてくれなかったら、震えてその場に座り込んでしまったかもしれない。
 その橙也が、何か言おうとしたとき。
「サンタクロースは、いるよ」
 そう、遊が女の子に語りかけた。いつの間にか、あきと同じように腰をかがめている。
「お兄ちゃん……」
「ありさちゃんは、好きな男の子はいるかい?」
 遊の声はいつもと違って優しく、それに惹かれるように女の子……ありさも答える。
「うん。圭ちゃん……」
 素直に言えるのが子供の特権だろう。何人かの子供が、照れて頭を掻く男の子を見ている。彼がその圭ちゃんなのだろう。
「じゃあ、ありさちゃんは、自分の『好き』を見たことあるかい?」
 少し考え、ゆっくりと頭を振るありさ。それを確認して、遊が言葉を続ける。
「じゃあ、ありさちゃんの『好き』は、本当はどこにもないものなのかな?」
 その問いに、ありさは全身で嫌々をするようにして涙声を返す。
「違う、もんっ、見たことないけど、ありさ、圭ちゃんのこと、本当に好きだもんっ」
 わかってるよ、とでも言うように彼女の頭をなでてあげる遊。
「そうだね。見えなくても、『好き』な気持ちはあるよね。……サンタさんも同じなんだ」
「え?」
 急に話が変わったことにありさは驚きの声をあげる。
「今は見えなくても、サンタさんは絶対にいるんだよ」
「……じゃあ、いつか会えるかな?」
 眼をこすって涙を拭きながら、ありさは期待を込めて質問する。
「会えるかもしれないね。今日、窓の外をじっと見ていれば、サンタさんがトナカイに乗ってお空を通るかもしれないよ」
 さすがにそれは、と思った橙也の動きを感じたのか。真っ直ぐに自分を見つめている亜里砂に、遊は続けてこう言った。
「でも、会えないかもしれない。だからって、サンタさんはいないわけじゃないんだ。ありさちゃんの『好き』が確かにあるように、サンタさんも絶対にいるんだよ。……だから、いつまでだって信じていていいんだよ」
「本当に? 本当に、信じていていいの?」
 返事は必要なかった。遊が頷くより早く、ありさは今度は嬉しさで涙が溢れ、遊の胸で泣き出してしまった。その髪を、遊は優しく、ゆっくりとなでてあげる。子供達や孤児院の職員、あきも思わず目が潤んでいる。
 落ち着いたのだろう、顔を上げると恥ずかしいのか照れ笑いを浮かべるありさに、遊は変わらず優しい声をかける。
「さあ、みんなでクリスマスを楽しもうね」
「うん。……ありがとう、遊お兄ちゃん」

「でも、八草重クンがあんなに優しいなんてね……」
 帰り道。荷物を返すのは一人でいいからと遊に見送られ、あきと橙也は駅への道を並んで歩いていた。
「確かに……言っちゃ悪いけど、意外でしたね」
 普段の、味方にさえ厳しい言動からは想像もつかない。どちらが本当の八草重センパイなのかと考え、橙也はそれを途中で放棄した。
「いつまでもサンタを信じていて、か……八草重クンもいいこと言うよね」
「……サンタだけじゃ、無いんでしょうけどね」
「?」
 橙也の呟きに怪訝そうな顔を向けるあきだが、橙也自身は遠くを見るようにしているだけだ。
「なに? どういう意味?」
 あきの詮索から逃れようと無意味にポケットに手を突っ込んだ橙也だが、ふと、何か封筒のようなものが入っていることに気づいた。
「なんだ、これ?」
 取り出した封筒にはまったく見覚えがない。あきも興味が移ったのか、「何が入っているの?」と、橙也の行動を急かしている。
 封を開け、中身を確認した橙也は、あきれたような、やれやれといった表情を浮かべて、あきにそれを渡す。
「手紙、だね。読んでもいい?」
「いいですよ。二人宛ですし」
 なんのことだかわからぬまま封筒から手紙を取り出し拡げると、まず目に入ったのは挿んで入れてあるチケット。
「なになに……クリスマスの、クルージングディナー? 豪華客船?!」
 驚くのも無理はない。大人気のクリスマスディナーのチケットである。額面的にも相当なもののはずである。
「な、何でこんなの、橙也クンが持ってるの?」
「手紙、見てくださいよ」
 そう言われて、あわてて手紙の方に目を移す。そこには、綺麗な文字でこう書かれていた。
『橙也とあきへ
   サンタクロースからのプレゼントだ。素直に受け取るように。
 夕霞』
「これって……」
「そういうこと、みたいですね」
 そう言えば3日前、イブの予定を聞かれて「特にないですよ」と答えた記憶があるが、まさかこのためだとは。
「……どうします、これ?」
 橙也が尋ねると、あきは顎に手を当て、かなり悩んでいるようだ。当然と言えば当然で、プレゼントされたからといって「ありがとう」で受け取れるような代物ではない。かといって今更返しにいくにも時間がないし……などと橙也が考えていると、
「うーん、こんな事ならもっと可愛い服着てくればよかったなあ……」
「はぃ?」
「ま、いいか。橙也クン、急ごうよ」
まさかそんな悩みだとは想像もせず、虚をつかれた橙也は反応がいまいち遅れている。
「い、行くってどこへ?」
「どこって……決まってるじゃない。もう時間無いんだよ?」
「でも……」
 橙也の一般的な反論は、あきのこの言葉の前に閉ざされてしまった。
「しょうがないよ。サンタさんからのプレゼントじゃ、今日は断れないもん」
「……そうですね」
「ほら、わかったら早く!」
 橙也の手を取り、引っ張るように駆け出すあき。だが、何か思いだしたのか、その歩みが突然止まる。
「そういえばさ、ありさちゃん、確か『遊お兄ちゃん』って呼んでたよね?」
「あ、そういえば……」
 サンタの間は、名前を聞かれても「サンタさん」で通すこと。それが決まりだったはず。あの八草重クンが自分で言いだした約束を破るはずがない。名前は彼女から聞いたとしても……
「なんで、八草重クンの名前、知っていたのかな?」

「やれやれ……」
 サンタの衣装をレンタル店に返し、家路に向かう遊。その顔にはやっと終わったという安堵感が浮かんでいる。
「あの封筒を、気づかれないように司木と御堂に渡せ、か……まったく、無茶な罰だ」
 それもなんとか無事果たせた。やれやれと言った感じで歩き出そうとした遊の前、街灯の下に、誰かを待っているような人影。
「天羽? なんでここに?」
 人影……天羽翔子は、やっと気づいたかとでも言いたげな表情を浮かべている。
「なんでって、あんたを待っとったに決まってるやろ。みまちゃん達に頼まれてな」
「そうか……」
 別に待っていてくれなくても。そう言いたいのだろう、遊の声はやや固い。
「今年は手伝わせてくれへんって、みまちゃん達寂しがっとったで」
 そう言うと、遊はあからさまに嫌な表情を浮かべる。それも予想済みだったのだろう、翔子は気にもせず言葉を続ける。
「安心せいって、誰にも話さへんから」
 仲間には内緒で月に何度も孤児院を訪問し、クリスマスや七夕などにはみま達にも協力してもらって子供達を楽しませている。別に話したっていいやろに、と翔子は思うのだが、本当は優しいんだとか思われるのが遊には苦痛なのだろう。
「……何のようだ?」
「みまちゃん達が、パーティーの準備して待っとるで。もちろん、来てくれるわな?」
 そう言いつつ、遊の左腕に自分の右腕を絡めていく。
「何のつもりだ?」
「依頼は『呼んできて』やのうて『連れてきて』なんや。嫌や言うても引っぱってくで」
「……逃げないから離せ」
 なんや残念、とつぶやいて手を離す。1つ大きく溜息をつく遊に、翔子が笑顔を向けて忠告する。
「女の子が3人も待っとるっていうのに、なんやその顔は? クリスマスなんやから、もっと楽しまんと」
 言われて遊は苦笑し、
「そうだな……たまにはこういう夜もいいだろう」
そしてお返しとばかり、、先ほど子供達に見せたような笑顔を翔子に見せたのだった。(終)



【作者より】
 ……プロット段階では、あき×橙也のラブラブストーリーでした。一体どこで話が食い違ったのでしょう(^^; 
 題名の元ネタは言うまでもなく、ニューヨーク・サン新聞の記事です。生まれてからずいぶんと新聞を見てきたと思いますが、あれより感動した記事はお目にかかったことがないです。
 感想などありましたら掲示板の方へカキコしていただけると嬉しいです。
 次はお正月ネタ予定。