二人の受難【LOVERS SIDE】
作:高砂蓬介 【up dete 2000'03'14】



「行くぞ律っ!」
「……いつでも来い」
二本の木刀を構え、律めがけて突進する久遠。すさまじい早さで繰り出された久遠の攻撃を、律の扇がことごとく防ぎ、受け流す。
「まだまだあっ!」
勢いを殺さず、さらに連撃。並みの相手ならとっくの昔に叩き伏せているはずの猛攻を遠慮なく繰り出せるのも、律の的確な防御と回避技術があってこそである。
律の艶やかな黒髪がふわりと視界を横切る。死角に回り込もうとする律を牽制しつつ間合いを外し、体勢を立て直して再度突進を試みる。
「つあああっ……って、え?」
一気に加速しようとした足が、不意に滑った。久遠らしくもない大失態だが、それを後悔している余裕すら久遠にはなかった。体が宙に投げ出される。
「……っ、久遠ちゃ……」
珍しく慌てた表情で駆け寄ってくる律の顔が視界いっぱいに飛び込んでくる。彼をそこまで慌てさせているのが自分の間抜けな失態であることを、地面にたたきつけられる直前の久遠はやけに冷静に認識していた。

 ごつっ!

額に衝撃。目の前に火花が散ったような錯覚。
自分を抱き留めようとした律に思いっきり頭突きをかましてしまったのだということを理解したかしないかのうちに、久遠の意識は闇に沈んでいった。


「……ちゃん、久遠ちゃん。起きてくれ」
「ん……律……?」
どれくらいの時間が経ったのか。
うっすらと目を開けた久遠の視界に、ぼんやりとした人影が映る。律だろう。
「あたし……気絶してた?」
仰向けに床に横たわったまま、疑問を口にする。
奇妙な違和感があった。律はバンダナなどしていただろうか? いや、それ以前になぜ自分はあんなところから自分を見下ろしているのだろう?
「大丈夫か、久遠ちゃん?」
「ん……、ちょっと頭が痛いけど。平気」
「大したことがなくてよかった。気絶なんかするから心配したぞ」
聞き慣れた声と顔が自分に語りかけてくる。ただし、それは決して自分では見るはずのない顔。
二十年以上見慣れた、自分自身の顔だった。
「あ、あたしが二人っ!?」
「そんなことはないぞ久遠ちゃん。自分をよく見ろ」
言われたとおりに自分の体を見下ろす。体を起こしてしまえば目の前にいる自分(の姿をした律)より座高が高い。背中でゆらゆらしているのは、艶やかな黒髪だった。
「こ、これはまさか……」
「どうやら、ぶつかった拍子に人格が入れ替わってしまったようだな」
「んなわけあるかあああああああああああああっ!!」
久遠の絶叫が――声は律のものだが――周囲に虚しく響きわたった。響きわたっただけだった。


「とにかく、これはゆゆしき事態だ」
「いや、なんでそんなに冷静でいられるのかを聞きたいところなんだけれども」
久遠の姿でぴっと人差し指を立て、いつもと全く変わらない調子で律が言う。
「まさかこんなマンガみたいなことが本当にあるなんてなあ……」
「事実は小説より奇なり、だな」
「どうする? 律……」
「俺は別にこのままでもかまわんぞ?」
「おいっ!」
慌てる久遠にもお構いなしで、律はしれっと聞き返す。
「久遠ちゃんは、俺の体が嫌か?」
「あのね……嫌とかそういう問題じゃないでしょ。困るだろ? いろいろ」
「たとえば?」
至極冷静な声で聞き返す律。いつも聞き慣れた自分の声がそういう調子で喋るのは、いまいち違和感がぬぐい去れない。
「そりゃ、着替えとか風呂とか……って、何を言わすかあ!」
真っ赤になった久遠がわたわたと手を振り回す。しかし自分の体よりだいぶリーチが長い分、慣れない体での攻撃は律にひらりとかわされた。
「今さら恥ずかしがることも……待て、久遠ちゃん。冗談だ、謝るから」
いよいよ本気の声になった久遠――というか、その手にした木刀――を見て律が慌てて弁解する。
「実は遊んでるんでしょ? あたしの反応を面白がってるんでしょ?」
「そんなことはない。大丈夫だ、あてはある」
「あて?」
とりあえず木刀をおさめ、久遠が聞く。
「ああ。とりあえず高等部に行こう。うまくすれば元に戻れるかもしれん」
「本当かいな……」
律が歩き出す。仕方なく、久遠もそのあとに続いた。


「着いたぞ」
律が久遠を連れてやってきたのは、高等部の一角にある教室のひとつだった。
「なに? この部屋」
「うむ。オカルト研究会の……」
「帰る」
「待て」
いきなりきびすを返した久遠を律が止める。
「放せ、律! あたしは帰るんだ!」
「あまり大声を出さないでくれ。今は俺の声なんだぞ」
「う……」
久遠が戸惑った隙に律は再びオカルト研究会とやらの前に久遠を引き戻した。今は体が入れ替わっているので一苦労である。
「で、なんなの? ここ」
「オカルト研究会の部室だ。先代の『黒帝』とはちょっとした付き合いがあってな。ちなみに女の部長で、名前は来栖……」
「わーーーっ! なんかヤバそうだからその先は言うなっ!」
「わかっている、安心しろ」
何を根拠に安心すればいいのかいまいち不明だ。
「とにかく、入ろう。今日は征服部が活動していないからたぶん中にいるはずだ」
「あ、なんとなく展開が読めた」

 がらがら

「たのもう。鴇神ちゃん?」
「九行……先輩……」
「久しぶりだな」
「……?」
どうやら冴と律には面識があったらしいが、久遠がいきなり律のように喋るので冴は戸惑っている。
「すまない。実はかくかくしかじか」
……日本語は本当に便利な言語である。サンスクリット語じゃこうはいかない(なぜインド?)。
ともあれ、事態を飲み込んだ冴は部室の奥から様々な魔法陣やら謎のアイテムやらを持ち出してきた。魔法陣を床にしき、その周囲に怪しげな壺やら彫刻やらを黙々と配置していく。
「さすがに手際がいいな。見ろ、久遠ちゃん」
「やだよう……あっちいけよう……あたしは一人でいたいんだよう……」
異常な事態にいじけまくり、床に「の」の字を書いている久遠。姿が律なだけに異様な光景である。
「……あの」
「儀式の準備が出来たようだ。魔法陣の中に入ってくれ」
「あー、なんかもおどーでもよくなってきた」
「その意気だ、久遠ちゃん」

儀式開始!

めそ……げふんげふん。

グリーンハーブで回復さ!(道ばたに落ちてる草を食べてはいけません)

♪ブラーンニューハー 今ここから始まる♪

えいえんはあるよ……ここにあるよ……

儀式終了!

「な……何か今凄まじい世界が展開されなかった?」
「気のせいだろう。しかし……儀式は失敗だったようだな」
「……たぶん……だと思います……」
「なるほど、二人の間の絆が深いほどこの儀式は難しくなるのか」
「つまり何か? あたしはわざわざこんなとこまで来てさんざん怪しげな目にあったあげく、ただの相性占いをやっただけだって言うのか?」

 ……こくん。

ひかえめにうなずく冴。
「りぃぃぃぃつぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「……残念だ」
「いいたいことはそれだけかあああああああああああっ!!」
久遠のマジギレを悟った律は一目散に部室を逃げ出した。オカルト部の備品に損害を与えまいとする涙ぐましい漢の英断といえよう。体は女だったが。


「というわけで、保健室までやってきたわけだ」
「誰にいってるのさ……?」
これはお約束という奴である。
「しかし、結局霧瀬センパイを頼るわけね……」
「仕方ないだろう」

 こん、こん

「失礼しまーす」
「あら? どしたの、ふたり揃って」
「実はかくかくしかじかのわけがありまして……」
……日本語万歳。アメ○カ人、ゴーホーム! ノーモアヒロシマナガサキ!(高砂は英語嫌い)
「なるほどね。わかったわ、待ってなさい。ちょっとその手の文献をあさってくるから」
「あるんですか? 文献」
「それがあるのよ。どこにしまったかしら……」
ぼやきながら保健室を出ていく霧瀬。突っ立ったままでもなんなので、久遠と律は並んでベッドに腰掛けた。
「でもさ、これでもとに戻れなかったら……どうする?」
「そのときは取れる手段はひとつだな」
「……なにさ?」
律は真摯な瞳で久遠を見上げた。今の体では久遠の方が背が高いのだから仕方がない。
「ずっと、一緒にいればいい。一緒にいれば、どっちがどっちだって変わらないだろう?」
「……ばか……」
久遠の瞳が――今は律のだが――涙に滲む。
「……ばかあっ……だって律ってば……ちっとも深刻に考えない振りしてさ……」
「久遠ちゃん……ごめんな」
「ほんとだよっ……全然……いつもと変わんない顔で……そんなこと言うなんてずるいよ……っ」
律が久遠を抱き寄せる。しばらく律の胸にすがって――くどいようだが今は体が逆である――嗚咽を漏らしたあと、久遠は律の背中に回した手を離した。
「……久遠ちゃん」
「律……」
うつむき加減の久遠の唇に、ベッドに手をついて背伸びした律が自らのそれを重ねる。一緒にいればどっちがどっちでも変わらない――
――律の言葉は、本当だった。


で。
 がらがらがらっ!

「センセー、今日は部活……って、あれ?」
「どうしたんですかはやなセンパイ……はうっ……」
「律兄、場所は慎重に選ぶべきだと思うです」
鼻血を吹いて卒倒したさつきを介抱しながら、綾が冷酷にツッコミを入れた。
「ち、ちがうっ! 別にあたしらはなんにも……」
「諦めろ久遠ちゃん。この状態では何をどう弁解しようと無意味だ」
これもまた、お約束という奴……かな?
と、霧瀬が文献を見付けて戻ってきた。
「あのね、元に戻るには粘膜同士の接触が必要って……あら♪」
「だから違うんだって……あれ? あ、元に戻ってる……」
「ふむ。一件落着だな」
「なんだかわからないけど、よかったですねー♪」
「まちがってる……なにかが激しくまちがってるわ……」
脳天気なはやなのコメントを受けながら、律の腕の中で久遠は頭を抱えたのであった。


おしまひ



痕餓鬼(あとがき)

まずはじめに、雅センセ&良識あるTSファンの皆様にお詫びを。
葵ちゃんがゆく! がそれなりにウケたので、
「ああ、TSファンは壊れネタも受け入れてくれる懐の深い人たちなんだな」
などと安堵してこんなものを書いてしまいました。
ごめんなさい。でもたぶんまた同じ過ちを繰り返すでしょう。それが高砂☆なんちって。

さて、二人の受難といいつつ難を受けてるのは久遠ちゃんだけなこのSS。
わざわざタイトルに【LOVERS SIDE】なんぞという横文字をつけたのは……
そう、勘のいい方ならお分かりでしょう。近いうちに【FRIENDS SIDE】を書く予定です。
果たして次なる犠牲者は誰なのか? 乞うご期待!