「mailfriend」
作:G☆SCR 【up dete 2000'04'24】

 代々木。
 国立競技場、神宮球場などの競技用施設がひしめく、日本のスポーツのメッカ。
 その代々木の駅前に立つ一人の少女。
女子にしては長身の、その腰よりも長い藍色の髪、すっきりとした、まだ可愛いという言葉の似合う顔。
ブラウスにロングスカートというごく普通の服装に、傍らに薙刀包という組み合わせが何故か不自然でない。
 自信が持てないのだろう、さっきから何度も手に持ったメモ用紙と案内板とを見比べている。
やっと安心したのか、目の前の建物……代々木体育館を正面から見つめる、その表情は嬉しそうだ。
(やっと・・会えるんですね、Blueさん)
 次を待ちきれないのか、変わりかけた信号の中、横断歩道を小走りで渡っていく。
少女の名はさつき。美咲輝学園1年、薙刀部極星「蒼雷」にして、正義の味方部のアークセイバーその人である。

 ……私が初めてBlueさんにお会いしたのは、桜の咲き始めた、中学3年生になったばかりの頃。
もう、一年以上も前になるんですね……
 「インターネット」や「電子メール」に、すごく興味を持って……パソコンを通じて、
会った事もない人達と楽しく話ができると聞いて。
もしかしたら、人と話すのが苦手な私でも、うまく話せるかもと思って。
 でも、少し甘かったみたいです。
 なんとか入ることのできた……フォーラム、でしたでしょうか……
いろいろな人がスポーツについて話をするところだったのですけど、
野球とか、ワールドカップのことが多くて……やはりここでも何も話し出せずに、
(やっぱり……だめなのかな……)
 落ち込みかけていた私に届いた一通のメール。その差出人が、Blueさんでした。
『さつきさんへ
 急にメールが来て、驚いていますか?
 名前が出た後、何も発言ないので、ひょっとして雰囲気で恐れをなしちゃったかなと思って、
 おせっかいかもと思ったけど、送ってみます……」
 ・・私、画面のメール見ながら、泣いちゃいました。
あとでBlueさんに話したら、「Mayはおおげさなんだから」と言われたけど、
でもあの時は、本当に嬉しくて。涙が止まらなくて。
 Blueさんは、仙台市に住む大学生。
詳しいことは聞いてもわからないので教えてもらっていないのですけど、情報通信のことを専攻しているとか。
地元の有志でバスケットチームを作っていて、あの日もスポーツ関係のフォーラムを覗いていて、私を見つけたのだそうです。
「運動は苦手なんだけどね」
 目の前にいたなら、恥ずかしそうに頭でも掻きながら言いそうな台詞。
「薙刀は、どんな人でも練習次第で上手くなりますよ。……私でよかったら、機会があったら教えてあげます」
とお答えしたら、
「私じゃどうかな? でもせっかくのMayの誘い、受けなくちゃ女がすたる、かな?」
そう返してくれる、凄く気持ちのいい人。
 そうそう、「May」というハンドルを考えてくれたのも、Blueさんなんです。
「女の子が実名なんか使ってると、変な虫がついちゃうから」って言ってましたけど、本当なんでしょうか?
……でも、もう一つ名前が持てるって、なんだか楽しいですよね。
 Blueさんには他にも、インターネットのことについて教えてもらいました。
女性専用のチャットやフォーラムのこと。薙刀関係のウェブページのこと。
Blueさんに会えなかったら、怖がって、あの日から二度とパソコンなんて触らなかったかも。
 でも……それ以上に、Blueさんにはいろいろと教わりました。
多分、Blueさんに会えなかったら、今でも私は、ただ内気なだけの子供。
『不和久遠さん・・最強の極星の方なんですけど、その人に、すごく憧れているんです』
 思いついたように・・実は悩みを抱えて、そんな風にメールに書いたとき。
『憧れてるだけで、いいの?』
 返事のメールの書き出しには、そう書かれていました。あっさりと、迷いを見ぬかれて、ただ驚いて。
『Mayは、自分の気持ちでも、一歩引いちゃうところあるからね。
 自分くらいには、はっきり言ってあげなよ。「あの人みたいになりたい」って。
 でなきゃさ、かわいそうだよ、気持ちが』
 ……この一言のおかげで、私にも目標がもてたんです。
いつか、紅蓮姫・不破久遠さんのようになってみせるって……まだまだですけどね。
 正義の味方部に入るときもそうでした。
(あのスーツ、着てみたい……)
 そんな、正義の味方なんてほど遠い気持ちでいた私に、
『いいんじゃない?
 はじめっから「私が正義を守るの!」なんて熱血な人よりよっぽどいいと思うけど。
 大丈夫、Mayならいい正義の味方になれる。私が保証するよ』
 そう言ってくれたBlueさん。いつもはやな先輩を物陰から見ているだけだった私に、一歩踏み出す勇気をくれた人。
 だからって、優しいだけじゃない。
 「背が高すぎて・・」
 そんな風に、自分のコンプレックスをふと漏らしたとき。
「背が高いから、どうなの?
 そんな自分が、嫌いなの?
 もちろん私だって、他人を羨む事はある。自分もあんなだったら、こうじゃなかったらって。
 でも、そう思ったら自分が変わるの?
 たとえどうあろうと、自分は自分でしかないんだよ。
 他人と違うことを、マイナスじゃなく、プラスに見てあげよう。
 自分のことを悪く言う、そんなMayは見たくないな」
 いつもと変わらない調子。だから余計、Blueさんが本気で怒ってくれているのが伝わってきて。
自分が恥ずかしくて。そんな私をBlueさんが怒ってくれることが、すごく嬉しくて。
 不和久遠さんとは違った意味で、尊敬する人です。

 そして、先日のメール。
 もうすぐ薙刀の大会があるとメールしたら、返事にこうあったんです。
「私も大会あるんだ、東京で。
 目標はもちろん優勝。ちょっと、難しいかもしれないけどね、気持ちだけは。
 Mayも、出るからには優勝を目指しなよ」
『会いに行こうっ!』
 絶対にって、そう思ったんです。滅多にないチャンス。
一年以上、色々とお話ししてきたのに、一度も会ったことないんですから。会ってお話ししたい。お礼を言いたい。
 「ぜひ会いたい」と返信したら、Blueさんらしくない歯切れの悪い感じで「そんなに時間もないし……」
と断りそうな口調でしたけど、強引に約束しちゃいました。何か、いつもとは立場が逆みたい。
「じゃあ、私は薙刀持っていきますね。前に教えますよって約束しましたし」
「……私はユニフォーム着てるよ。薄い青に白のストライプ。背番号は4。あ、でも、わかりづらいかな?」
 そして今日、やっと……お会いできるんです。

 さつきは正面入り口から観客席に回らず、下の通路、コートにつながる通路を歩いていく。
もちろんさつきは知らないことだが、この場所は普通なら選手や役員以外は入れない。
だが、今日の大会は応援者もコート脇で見てもよいということらしい。
 少し早足気味なのは気持ちを押さえきれないからだろう。
薙刀が低い天井にあたらないよう、少し前かがみになりながら先を急ぐさつきは、
普段とは違うその場の雰囲気にまだ気づいていなかった。
まあこれは、楽しみを前にした女の子に気づけというほうのが無理な注文。
人間誰でも、1つのことを考えていると視界が狭くなってしまうものだ。
 だからさつきがそれに気づいたのは、通路を抜け、コートを見渡そうとしたときだった。
「……え?」
 驚きと、まだ把握できぬ思考とが混ぜこぜになったような顔をして、思わず声を漏らす。
小さく開いたままの口に、薙刀を持っていない左手を覆うように当てる。
 まだ理解しきれていないさつきの目に映っているのは、この試合に出る選手達の練習風景。
試合前にはいつでも見られる光景である。少し違うと言えば、選手がすべて女性であること、
すべての選手が車椅子に乗っていることだけ。
 その選手や、チームの関係者であろう、試合準備をしている人達が時折不思議そうな表情で自分を見るのが、
またさつきを混乱させていた。
別に彼女達はさつきを見ていたのでなく、「薙刀を持った珍しい女の子」を見ていただけなのだが、さつきには知りようもない。
(ど、どうしよう……)
 逃げ出すことさえも思いつかず、その瞳には涙が浮かび始めた。
もう少しこの時間が続いたなら、さつきはその場にしゃがみこみ、ぽろぽろと泣き出してしまったかもしれない。
いや、多分そうなっていただろう。
 さつきを救ってくれたのは、そっと、震える肩に触れてくれた手。
びくっと体を反応させ、ゆっくりと、恐る恐るといった風に振り向いた彼女の瞳に映ったのは、
薄い青と白のストライブのユニフォームに身を包んだショートカットの女性。
その女性は、見る人をホッとさせるような自然な笑顔をさつきに送りながら、こう言った。
「May、大丈夫?」

「ごめん……なさい……」
 試合後、代々木公園。友人達に先に帰ってもらったBlue……青山鈴(あおやま・すず)に、最初に言った言葉がそれだった。
「……?」
 何を言ったか気づかなかったのだろうか、鈴はきょとんとした表情でさつきを見やる。
夕焼けが、藍色の髪をオレンジに染めていく。その中でさつきは両手で長刀を握りしめ、申し訳なさそうな表情で俯いている。
「私……何も考えてなくて……薙刀教えるだなんて、勝手に浮かれて……」
「怒るよ」
 研ぎ澄まされた、長刀の鋭い一撃のような声。はっとして顔を上げたさつきの視界に、
きっとした表情でこちらを見据える鈴の姿。
「怒るよ」
 もう一度、だが今度は優しく諭すような声。
「前に言ったよね? 自分は自分でしかないって。
 足が不自由なのは、長所でも欠点でもない。私の、私らしさだよ」
 産まれながら不自由だった両足。それを『自分らしさ』と言えるようになるまで、何度涙し、葛藤したのだろう。
それを越えてきて、相手に微笑むことができる。
強い人なんだ、メールからぼんやりと感じていた思いが、さつきの中で確信に変わっていく。
「それにっ!」
「?! す、鈴、さん!」
 止める間もなく、鈴は車椅子から立ち上がり、震える脚でさつきの方に一歩、また一歩と歩き出す。
四歩目でさすがに耐えきれなかったのかバランスを崩して倒れ込もうとする鈴の体を、さつきの両腕が必死に抱き止めた。
「鈴さん、無茶しちゃ……」
「私だって、諦めたりなんかしてないんだからね」
 苦しそうに息を切らせながら、それでもニッコリとした表情をさつきに向ける鈴。
「約束は、守るよ。
 いつになるか、わからないけど、必ず……必ず、さつきから薙刀、教えてもらうからね」
「……わかりました。必ずです」
 こぼれ落ちそうになる涙を、必死にこらえて、さつきは笑顔でそれに答える。
それでいいんだよ、と言う鈴を車椅子に戻して、さつきが言葉を続ける。
「じゃあ、私も約束です。今度の大会、必ず勝ってきます」
 そうして差し出されたさつきの右手の小指に、鈴の小指が絡んだ。
「わかった。約束ね」

美咲輝学園バス停前。
「お見送りなんていいですのに……」
さつきが2人の先輩に向かって少し申し訳なさそうに言う。
「いーんだってば☆ 試合がんばって!」
 両手を握って小さくガッツポーズしてみせるはやなの隣で、葵はスッと手に持ったお弁当をさつきに差し出す。
「これ、よかったら食べてね」
「ありがとうございます☆ あの……」
「なぁに?」
 ふみーんとおねだりしているはやなをかまいながら、さつきの言葉を促す。
「……先生に勝ってきます…と」
 左手を口元に寄せ、恥ずかしそうに、だがハッキリと告げる。
そのいつものさつきにはない意志の強さと、先日スーツを壊してしまった後ろめたさで
「あ……」
「…伝えとく、ね」
 と、ちょっとジト汗気味の2人。その2人に見送られさつきはバスに乗り込み、一番後ろの席に座った。
2人の姿が見えなくなるまで小さく手を振り続け、やがて正面に向き直り胸に手を当て、もう一度自分に誓い始める。
(勝ってきます……はやな先輩、葵先輩、先生、そして……Blueさん)



【作者より】
 にゅう、ちょっとまとまりつかなくて困っているG☆SCRです。
 「さっちゃんの趣味はパソ通なんだから、それを使って1本書いてみよう!」
「ちょっと趣向を変えて、本編の1シーン使わせていただこう!」
とのコンセプトで書き始めたこの作品ですが……当分1人称での作品は書かないでしょう(^^;;;
 ほんの少しでも、読者の皆様にさっちゃんらしさが感じていただけたならそれでもう満足です(^^)
 さあ、次はお待ちかね(なのか?)の世界征服部の話……だといいなぁ(苦笑)