「MARRY DAYS」
作:G☆SCR 【up dete 2000'09'24】


 ルックス抜群。
 明るく誰からも好かれる性格。
 成績優秀、運動神経もよし。

何拍子もそろってしまっている御堂あきにも、やっぱりコンプレックスはあるようで。
「もう少し、背が高かったらなあ……」
「? 何か言いました、センパイ?」
自分の中で言ったつもりが、つい声に出てしまったらしい。
心配そうな司木橙也に「なんでもないの」と手を振り、その顔を覗き込む。

 そう、この角度が問題なんだよね。

 同年代ではちょっと低い方。
 今までは、別に気にしたこともなかった。
でも。

 顔を見るときは、どうしても見上げてしまう。
 並んで歩くと、頭と肩が隣同士。

 それがなんだか、ひどく不釣り合いに見えて。

 もう少し背があったら、まわりから見ても不自然じゃないのかな。
 もう少し背のある人なら、並んでいてかっこいいんだろうな。

そんな風に思ってしまい、ちょっとブルーなあき。
そんな彼女を心配して、でもどうしていいかわからずに、橙也も元気なさげ。
そう、その女性が声をかけたとき、二人はそんな感じだった。
「ねね、そこのお兄さん?」


「京月、都さんね……あきセンパイ、知ってるんですか?」
 橙也は名刺を指でもてあそびながら、あまり興味なさげに尋ねる。
「知ってるもなにも、有名なデザイナーさんよ。ブランドもいくつか持ってるし」
 ふーん、とまたやる気のない返事をする。この男、結構いい服を着ている割にブランドなどには無頓着、「気に入ったからこれ」で買ってしまうタイプである。デザイナーの名前など知るはずもない。
 あきはといえばこちらは普段の服はもちろん、VSSのデザインとしてもファッションを研究しているから、自分がお気に入りのブランドのデザイナーのスタジオに行くというので内心緊張していたりする。
「でもねー、俺がモデルなんてねー」
「そうね、京月さんも魔がさしたのかしら?」
「……きついというか、本当ぽくって何も言えないというか……」
「ま、いいじゃない、何事もいい経験よ☆」
「経験、って言ってもねえ。そもそも、俺はモデルやるなんて言ってないですよ」
 少し不満そうに言葉を漏らす。彼の言う通り、橙也は返事をしたわけではない。あの時
「あなた、ちょっとモデルやってみる気ないかしら?」
と声をかけてきた都に対し、興味の欠片すらなかった橙也を「やってみなよ」と背中を押し、それでも渋る彼を押し切って
「大丈夫、ボクが連れて行きますから!」
とOKを出してしまったのは、隣にいたあきの方なのだ。
「……ボクが悪いって言いたいの?」
 だが、事実はどうあれ、寂しそうに目を伏せ、小声で自分を責めるように言葉を紡ぐ姿を見せられては、橙也に反論が残されているはずもない。
「そうだよね、ボク、うかれちゃって……橙也クンのことなのに勝手に話進めちゃって……ひどい女だよね……嫌われて当然だよね……」
「いやっ、あの、その、そんなことないです! ほら、もう決まったことだし、別に行きたくないというわけじゃ……」
「そう? じゃ、早く行こ☆」
 パッと表情を変え、嬉々として彼を引っ張っていくあきに、呆然としながら、橙也は一人心に呟いた。
(……女性って……)


 そんな橙也はもちろん、彼女の元気がから元気であることを知るはずもない。

「あなた、ちょっとモデルやってみる気ないかしら?」
 巧みな勧誘にうろたえる橙也の姿を堪能し、そろそろ助けてあげようかと考えていたとき。
「お願い〜。学生で、背が高くて肩幅広くて〜、格闘技やっているタイプの男性……君、この条件にぴったりなのよ〜」
 背が高い。
 その言葉が、彼女が抱き始めていたコンプレックスの琴線に触れていった。

 そうだよね。橙也クン、かっこいいよね。
 背高くて、体格もよくて。
 ボクは……

 その思いがどこまで影響したかはわからないけれど、気がついたらモデルになることを薦めていた。
 どうしてなのか、今でもよくわからない。
 そんな心の靄を橙也に気づかれないようにしながら、スタジオへと歩いていく。


「今日はここで撮影するのよ」
 出迎えた都に連れられ、スタジオに入る2人。その2人を見て、中にいた人物の1人が声を上げる。
「あ、あれ?」
 もちろん、驚いたのは2人の方も同じだ。
「え? な、なんで?」
 スタジオの中でクッキーを食べて軽いおやつの時間を楽しんでいたのは、はやな、葵、稜の3人。
「あきさん、だっけ? なんでなんで?」
「おい、何で稜がここにいるんだ?」
 さすがにファイティングポーズはとらなかったが、反射的に周りを見回してしまう橙也。その動きを、あきが右手で押し止め、小声で伝える。
「橙也クン、心配いらないよ」
 そもそも学外で戦う理由はないし、正義の味方部のメンバーは橙也と五分か、それ以上に策とか罠という言葉を知らない人達だ。それに、葵は都の娘なのだから、ここで会うことには不思議はない。
「2人とも、よく来てくれたわね〜」
 都はといえば、お互いが知り合いなのは承知の上で隠しておいたのだろう。皆の驚いた表情をひとしきり楽しんで、
「橙也君、悪いんだけどすぐに着替えに入ってもらえる?
 女の子の方はもう準備に入ってるから」
「へ? あ、あの……」
 その言葉を聞く間もなかったのだろう、都は「じゃ、彼を借りてくわね」と、橙也を引っ張って控え室の方へと入っていった。
(女の、子?)
 一拍遅れて都の言葉に疑問と不安を抱くあき。
「ごめんね、ああいう人だから……とりあえず立ってるのもなんだし、座って座って」
 葵に薦められ、ソファーへと腰掛ける。紅茶の強い香りと、クッキーの甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「あ、いい香り」
「香りだけじゃないよ〜、葵ちゃんの作ったクッキー、美味しいよ☆」
 満面の笑みをたたえ、クッキーを頬張るはやな。ほめられた葵もうれしそうだ。
 そのまま女の子4人、かしましくティータイムに移ってから、20分も過ぎただろうか。
「そろそろかな?」
 葵の言葉に、あきは都の言葉を思い出す。
(そういえば……)
 葵はともかくはやなや稜がここにいるということは、彼女達はモデルの子のつきそいのはず。だとしたら、そのモデルの女の子というのは……
「はい、おまたせー」
 あきが解答に辿り着いたのと、都に連れられてその女の子が出てきたのには、数秒の差もなかっただろう。

「わあ、さっちゃん、綺麗〜」
 はやなの歓声が4人の気持ちをすべて表していた。強めの黄色のゆったりとしたデザインをベースに、同色の半透明の布を幾重にもあしらったドレス。それは女子としては長身のさつきにぴったりとマッチしていて、同性であっても見ほれてしまうほどだ。照れて顔を赤くするその仕草がまた、全体の魅力を高めてもいるのだろう。
「いいでしょ〜、でも、ここからが本番なのよ」
 見とれている4人にそう言い残し、都はもう一人のモデルを引っ張り出してきた。

「うわぁ……」
 誰の発した声だろう。4人とも引き込まれ、普通のほめ言葉すら出てこない。
 橙也のやや薄めの青のスーツは、少し和服を意識しているのか、胸から胴回りに余裕があり、着るものを選んでしまうデザイン。それが、肩幅が広くがっしりしている橙也にはよく似合っている。
 だが感心したのは、この二人が並ぶことでより一層映える存在になったからである。飾りは少ないが色として強い青と、綺麗な飾りをあしらった黄色。色、デザイン、どの面でも互いを引き立てあい、より華やかなイメージを作り上げている。
「ふふん♪ どう、これは?」
「すごいわ……1つ1つもすごいけど、両方そろってこんなに綺麗に見えるなんて……」
「そ☆ 今回のコンセプトは『恋人のパーティドレス』なの。パーティなんかで、2人でいるのがうれしくなるようなデザインを、ってことなのよね」
「見事です」
 あの稜でさえあこがれの表情を浮かべている。
「そう誉められると照れちゃうわね〜。実はまだ欠点もあったりするから」
「欠点?」
 意外、という面持ちの葵だが、都はそれには答えず
「見てれば何となくわかってくるわよ。さあ、撮影撮影☆」

 その後、橙也とさつきは何度か服を着替え、撮影は順調に進んでいった。その様子を眺めていた4人には、都のいう「欠点」が何であるか、おぼろげながらつかめてきた。
「ようするに、この2人じゃないと駄目なわけね」
 1組の男女のバランスをとると同時に、それぞれにパーティー向きの華やかさを持たせる……この贅沢な要求は、自然とやや大きめのデザインに仕上がってしまうらしい。「自分が着たら」そう想像してみると、わずかだが確かに違和感を受けるのだ。
「そうね、まだまだ進歩の余地ありってところね」
 都はそう言うが、そもそも吹くというのはその人に合わせて作り上げるのが一番。万人に似合うデザインというのが高望みというもの。
「でも、この2人にすごく似合ってますから、やっぱり素敵です」
 そう、このはやなの言葉がきっと正しいのだ。
「ありがと〜♪ 撮影も次で最後だから、おわったらみんなでQJに食事に行きましょう」
「わーい☆」
 無邪気に喜ぶはやな。
「あ、もうこんな時間だったんだ……ちょっと、電話してきます」
「あ、ちょっと……」
 都が止めるよりも早く、あきはスタジオの扉を開けて出ていく。その横顔に何かを見たのだろうか、稜はいつもの無表情で、都に視線を向ける。
「いっちゃったです」
「うーん、待つしかないわね」


 ちょっぴり、涙が出てきた。

 もちろん、電話なんて探していない。
 ただ、もうあそこにいたくなくて。
 もう、見るのがつらくて。

「……よく、似合ってたよね」
 2人並んで。撮影のポーズだけど、見つめ合って、お互い照れて。

 ボクも、もっと背が高かったらなあ。
 そしたら、橙也クンの隣にいても、変じゃないのに。
 橙也クンだって、きっと、さつきちゃんみたいな娘の方が……

 また、涙が出てきた。
 何が悲しいのか、よくわからなくても、涙はこぼれるんだね。

 ……帰ろ。戻っても仕方ないし。
 何で先に帰ったのかって、橙也クン、怒るかな。
 嫌われるかな……
 嫌われても、いいのかな……


 涙を拭いて、店の出口へ歩き出そうとした背中に声がかかる。
「あき、ちゃん?」
 驚いてふりかえり、泣き跡が残っていることに気づいて、顔を赤くして口を押さえる。それに気づかないふりをして、都が言葉を続ける。
「用事、終わったかな?」
「え、ええ、でも……」
「じゃ、早く来て! 来てくれないと、撮影終わらないの☆」
 そのまま半ば強引に手を引っ張っていく。何のことかわからず、あきは転ばないようについていくだけだ。


 あきの目に映っているのは。
 白いウェディングドレス。刺繍もふんだんにほどこされているのに、いい意味で豪華という雰囲気ではなく、色の持つ清楚感を醸しだしている。手には白い花の小さなブーケを持ち、ヴェールをまとった、純白の妖精姫。
 そんな、自分の姿だった。

「え、えっと……」
 まだ混乱しているらしいあきの手をとり、エスコートしながら都が続ける。
「さあ、急がないと。花婿がずいぶんお待ちよ」
 そう、扉が開かれた先には。
 同じく白のタキシードに身を包んだ、橙也がいた。


「はじめから、そのつもりだったの?」
 食事の帰り道。皆を見送った後、葵が隣を歩く都に尋ねる。
「もっちろん☆ 出なきゃ。カップルになんて声かけないわ☆」
 自分の事のようにうきうきしている都に、葵はため息1つ。
「だったら、はじめからあの2人ですればいいのに」
「あら、新しいデザインのモデルに彼をスカウトしたのも事実よ。さっちゃんともお似合いだったわよね☆」
 別れ際にそう言われ、顔を真っ赤にしてうつむいていたさつきの姿が目に浮かぶ。確かにモデルにうってつけの2人だったが、都が楽しんでいるとしか思えないときがあるのは気のせいか。
「でも……」
急に真剣になり、口をとがらせる都。
「どうしたの?」
「デザイナーとしては、ちょっと不満な二人だったわね」
 少しつまらなそうな、残念な気持ちを込めた言い方。
「どうして? いい写真とれたんでしょ?」
「だってさぁ〜」
 決まってるじゃない、という表情で都が答える。
「服が似合うとか以前に、2人でいることが絵になっちゃうんだもの。コーディネイトする甲斐っていうものがないわよ。そう思わない?」
「……そうだね」


「ねえ、ボク、綺麗だった?」
 恥ずかしいからか、顔を見せないように伏せたまま、あきが橙也に質問する。
「当たり前じゃないですか。わざわざ聞かないでください」
 こちらも照れているのだろう。あさっての方向を向いたままの返事。
「そう、なんだ……じゃあ、本当の結婚式の時には、橙也クン、見に来てくれる?」
「なっ……」
 言葉に詰まる橙也。「もちろん見に行きますよ」とあっさり答えなかったのは救いだが、この男に気の利いた台詞を期待するのは無理というものだ。
「ふふっ」
 橙也の困った顔を覗き込むあき。急に近づかれたことに驚き、視線を逸らす橙也の顔を、あきはそのまま見上げている。
「こうしているのも、いいよね……」
「? 何か、言いました?」
 橙也の言葉に応えることなく、その顔を見つめている。その姿勢で歩かれては転んでしまいそうで、どうしたのだろうという表情で浮かべながら橙也も足を止める。

 そうだね、背が低いのも、いいよね。
 さっき、ドレスを着て橙也クンと見つめ合ったとき、気づいたんだ。

 あきは嬉しそうに、まだ橙也の顔を見つめている。橙也もあきらめたのだろう、少し照れくさそうにしながらも、彼女の顔を見返ている。

 だって、こうやって見上げるとね。
 ……君のことしか、見えなくなるんだもん。