「RAINY DAYS」
作:G☆SCR 【up dete 2000'07'27】


「うーん、まいっちゃったなあ……」
 5メートル先も見えないような大雨の中、お寺か何かだろうか、日本風の造りの建物の軒下で雨宿りしている御堂あきが、ポツリ、と独り言を漏らす。どうやらここに来るまでに相当降られてしまったのだろう、服も髪もずぶぬれ。5分やそこらでお天道様が機嫌を直してくれる様子もなく、途方に暮れているといった感じだ。

 話は少しさかのぼる。この梅雨時期に見事に傘を忘れた九郎を
「入れていってあげなよ〜」
と冴に薦め、あきは二人の邪魔にならないよう、用事があるからと言って普段とは違う道で帰ることにした。想像していた以上に雨足は強くなり、ちょっと近道をと、公園を横切ろうとした時である。
「……あれ?」
 激しい雨音に紛れて、小さい、だが雨とは別な音。どうやら、少し先にある大きめの木の方かららしい。すっかり泥になってしまった足場に気をつけながら、というよりそれでスニーカーが汚れることを少し気にしながら、あきはその音の方へ近づいていく。
「あ……」
 音の、いや声の主は、木の根もとでふりしぼるように鳴いている雛達。どうやらこの雨で木から巣が落ちてしまったらしい。少し傘をずらして見上げた先では、確かに枝が数カ所折れてしまっている。
(どう……する?)
 もちろん、放っておけるはずもないのだが、巣を戻そうにも雨で濡れた木は登りづらいし、仮に戻せたとしてもまた落ちてしまうかもしれない。この雨ではその確率はかなり高いだろう。かといって連れて帰るわけにも行かない。帰ってきた親鳥が心配するし、どんな場合にしろ人が世話してしまうと、なかなか自然には戻れなくなる。できる限り人は関わらないことが、本当はこの雛達の為なのだ。
 少し考えて、あきは彼女が最善と思う方法をとった。せめてこれ以上雨風にさらされないようにと自分の傘を巣に立てかけ、バランスをとるため柄の当たる部分の土を掘り、その辺に転がっている石で固定する。これでなんとか、親鳥が帰って来るくらいまでは過ごせるだろう。
 作業を終え、あきは雛鳥の様子を見てほっとしながら立ち上がった。当然のことであるが、両手に加え、スニーカーから膝にかけても泥だらけ。そのまま少しの間、木の側で雨をしのいでいたのだが、雨足は強くなる一方。困ったような顔をしながら、もう一度雛達が無事であることを確認すると、
「ま……どうせ汚れちゃったしね♪」
と呟き、豪雨の中へと駆け出していったのである。

 そして、今はここで雨宿りをしているわけだ。
 あきとしてもなんとか家までたどり着けるよう、車通りの少ない近道を急いでみたが、最初がいつもより遠回りだった上にこの天候である。さすがに気力は続かない。
 そして、一度止まってしまうとなかなか動き出せないもの。雨に濡れた服の重さと冷たさが、走っているときには気づかなかった寒さを実感させ、ぶるぶるっと身体がふるえる。少しでも暖まろうと、体育座りのように膝を抱えて座り込む。
「一人くらい、通りかかってもよさそうのものだけどなあ……」
 こんな時、人の思考はネガティブになりがち。この雨の中、道に面していない軒先に人の来るはずがないのだが、当人としては、世界中に自分しかいないんじゃ、そんな不安さえ頭をよぎってしまう。
「これが冴だったら、九郎くんが『どうしたんです?』とか言って来てくれるんだろうけど」
 そう考えてしまって、とたんに自分が寂しくなる。一人でいるのが無性に怖くなってくる。身体のふるえは、寒さだけのものだろうか。
「……誰か……来てよね……とぅ」
「……あきセンパイ?」
 不意打ちだった。相手が驚いてしまうくらい、ビクッと大きな反応をし、顔を声の方に向ける。そこには、傘をさし、何事かと心配そうにあきを見つめている大柄な青年の姿。
「……橙也……クン?」
 幻を見ているんじゃないかと……実は少し涙ぐんでいたのをごまかそうと……眼をこする。それが本物とわかると、結局嬉しさで目に涙をためながら立ち上がり、これ以上ないというくらいの微笑みを見せる。
「橙也クンだぁ〜」
 その橙也はと言えば、「なんで雨宿りしてるんです?」とまぬけな質問をするわけにもいかず、あきに甘い声で名前を呼ばれてはあたふたを隠しきれない。
「でも、なんでこんなところに?」
「いや、ここ、俺の通ってる道場ですから」
 ああ、そうなんだと思いつつ、なぜか自分と目を合わしてくれない橙也にあきは笑顔をなくし、不満の表情を浮かべて言葉を続ける。
「ねえ、なんでこっち見ないの?」
「え、えっと、その……」
 普段では決して見せない橙也の曖昧な態度に、あきは口をとがらせて怒ってみせる。
「ボクだって、泥だらけでみっともない格好だっていうのはわかってるよ。でも、なりたくてそうなってるんじゃないんだからね! いくらなんでも、目も合わせないなんて失礼すぎない!」
 ああ、いつものセンパイのペースになってきたな、そう思いつつ、やはり目は逸らしたまま橙也がしどろもどろで答える。
「いや、合わせられないというか、見ると目の毒というか保養というか……」
「……へ?」
 間の抜けた声を上げつつ、橙也の言葉の意味を確認しようとあきは自分の姿を見る。雛達を助けたときの泥は雨で流され……彼女のイメージカラーである白を基調とした服はずぶぬれで、下着がはっきりと透けて見えるくらいに肌に密着してしまっていた。
「!? み、見ちゃ駄目〜っ!」

「どぞ」
「あ、ありがと……」
 道場の片隅。あきは橙也が入れてくれたお茶を、少し恥ずかしそうに顔を俯けながら手に取る。もっとも、その顔が赤く火照っているのは、風呂あがりだということもあるのだが。
「ごめんね、これ、借りちゃって……」
「いえ、別に……そんなんしかなくてすみません」
 あきの方をちらっと見、正視しきれずに視線をずらす橙也。それも当然で、あきの服はただいま乾燥機の中でまわっており、今着ているのは予備で置いてあった橙也の大きめのTシャツだけ。XLサイズの厚手のシャツは小柄なあきには短めのワンピース程度の大きさになるとはいえ、見られる方も見る方も恥ずかしいことには変わりなく、広い道場にはお茶をすする音だけが響いている。
「で、でも、ここが橙也クンの通ってる道場だったなんて、結構運良かったんだね、ボク」
 さすがに静かすぎる場に耐えられなかったのだろう、あきが話題を振ってみる。
「……ガキの頃からね、ずっとお世話になってるんですよ」
 昔を思い出してでもいるのか、そう語る橙也の表情は心なしか嬉しそうだ。
「ねえ、橙也クン、1つ聞いてもいい?」
 あきがTシャツの裾を押さえながら尋ねる。なんですか、とこちらを向いた橙也の視線を少し気にしながら、あきは言葉を続ける。
「橙也クンって、どうして強くなりたいの?」
 予想外の質問だったのだろうか、「はぃ?」という表情を浮かべる橙也を見て質問した自分が恥ずかしくなったのか、あきは更に顔を赤くし、上目使いで橙也の顔を覗き込むようにしている。
「あ、だって、橙也クン、いつも特訓してるから……何でそんなに強くなりたいのかなあ、なんて思って」
 やっと質問の意図を理解したのか、橙也が納得顔でそれに応える。
「なんで……って言われると、自分でもよくわかんないんですけどね」
 俯けていた顔を少し持ち上げるあきに、橙也は自分の掌を見ながら言葉を漏らすように話す。
「空手始めた頃、自分が強くなっていくのが、凄く楽しかったんですよ。だから……追ってみたくなったんです、自分がどこまで強くなれるのかってのを」
 真剣な表情で拳をギュッと握りしめる橙也を、あきは自分のことのように嬉しそうに見つめている。
「まあ、頭じゃわかってるんですけどね、人が強くなるっていうのは力が強いってことじゃないのは。でも、じゃあどうしたらっていうのもわからないから……だから、自分にできることで、鍛えていこうかなと」
 最後の方は照れながら、頬をかきながら話す橙也。
「……大丈夫。橙也クンは強くなれるよ。ボクが保証する」
「……ありがとです。あきセンパイが保証してくれるなら、なれそうな気がします」
 そう言って自分を見てくれる橙也に少しどぎまぎして、あきは話題をそらす。
「そ、そろそろ服、乾いたよね? ちょっと、着替えてきちゃう」
 シャツの裾を両手で押さえて立ち上がる。見ないようにと首をひねった橙也は、
「じゃあ、着替えたら帰るとしましょう」
 と一言。あきの表情が見えていたなら、驚いておもわず「え?!」と声を漏らしたことに気づいたことだろう。
(え? で、でも、傘は1つしかなくて、でも今の話し方だと、橙也クンはここに残るとかそういうことでもなくて……)
「雨もやんだみたいですし」
 いろいろな想像が点灯しては消えていくあきの思考を、橙也の当たり前のような一言が停止させる。
「……やん、だ?」
「ええ。外、明るくなってるみたいですし」
 確かに道場の上の方の格子の隙間からは、日の光が射し込んできている。
「そっか。それじゃ、また降り出さないうちに帰らないとね」
 そう言って更衣室に消えるあき。扉を閉め、自分にしか聞こえない声でそっと呟く。
「ちょっと、残念、かな……」

「さっきまであんなに降ってたのが嘘みたいだねー」
 空を見上げながら、隣を歩く橙也に向かって同意を求めるあき。
「それはそうですけど……あきセンパイ、ちゃんと前を向いてないと、危ないですよ」
「その時は、倒れないように優しく支えてね、橙也クン☆」
 不意のあきの言葉に動揺を隠せない橙也。そんな橙也の表情に、当のあきは面白げに笑って、言葉を続ける。
「橙也クン、この後用事、もちろんないよね?」
 いつもの口調ながら有無を言わせない感じのあきに、まだ動揺から立ち直りきらない橙也は反射的に「はい」と頷くほかはない。
「よし、それじゃ、センパイの買い物につき合ってね!」
 言うが早いか、橙也の手を取って引っ張っていく。「へ? え、ちょっと……」と何か言いたげな橙也をあえて無視し、繋げた手に心持ち力を込める。
「ほら、早く! 急がないと、お店閉まっちゃうんだから!」



【作者より】
 どうも、G☆SCRです。実に久方ぶりのSS、いかがでしょう?
 何かもう、あきちゃんの着せ替えして遊んでいるだけじゃないかとご批判をくらいそうな(笑)感じですが、イチオシのあき×橙也書けたので自己満足☆  感想などありましたら掲示板やメールでよろしくお願いします〜。では。