「SWEET DAYS」
作:G☆SCR 【up dete 2000'02'14】


2/13(日) 晴れ

 春と呼ぶにはまだ早いものの、間もなく来る冬の終わりを感じさせるような気持ちのいい朝。まだ人通りも少ない駅前の大時計の下に、鴇神冴は一人立っていた。誰かを待っているのだろう、時々キョロキョロと首を動かしては不安そうに首を俯けるしぐさはまるでリスのようで、端から見ている人がいたなら微笑ましく映ったことだろう。
 普段学園で見る制服や黒帝の姿と違い、今日の冴は白を基調としたブラウスとロングスカート姿。肩からかけている薄水色のマフラーのアクセントがまた、彼女の物静かな雰囲気をより引き出している。これが午後の時間帯なら、5分に一度はナンパ野郎が声をかけ、性格上冴ははっきりと断れず……正しくは断ったことが伝わらず、しつこくナンパされて困っている所に〜、という展開で一悶着あり、それもまた1つの事件になることだろう。
「冴〜☆」
 駅の方から呼ぶ声に、冴は俯いていた顔を上げそちらを向く。その視線の先には駆けてくる一人の少女。構内からずっと走ってきたのだろう、時計台についてもハアハアと息を切らせている。
 少女は、冴と同じ世界征服部の2年生、御堂あき。寒がりなのだろうか、厚手の白のコートから明緑色のスカートが少しだけ見えている。その服装でかけてくれば、当然顔には汗がにじんでくる。分厚い化粧をした女性ならSFXの特殊メイクを彷彿させる顔になるところだが、化粧っけのない素顔の額に光る汗は健康的にしか映らない。
「冴、ごめん! 待たせちゃった?」
 大時計を見ると、時刻は10時10分。おそらくは10時ちょうどに待ち合わせだったのだろう。あきは上気したままの顔ですまなそうに冴のぞき込みながら、「ごめんね☆」と両手を胸の前で重ねている。可愛い女の子にこんな仕草をされて許さない人間は性別問わずいないし、そもそも冴に怒るつもりはないようだ。
「……今来たところ。それより、大丈夫?……」
 あき以外の人はしゃべったことさえ気付かないような口の動きでそう言うと、冴はポケットからハンカチを出して彼女の額の汗を拭う。
「ありがと」
 もちろんあきもハンカチは持っているのだが、額に当たる布の感触が気分いいのと、冴の優しさが嬉しくて、ついそのまま冴のするにまかせてしまう。ひとしきり汗が拭かれた後、やや屈みがちだった姿勢をしゃんと伸ばし、まだ少し心配そうな冴に目で「本当に大丈夫だから」と伝え、あきの口が言葉を紡ぐ。
「さあ、ボーッとしてないで、早く買いに行こ☆」

「ねえ、どんなのにするか決めてる?」
 デパートの催事場をゆうに三回りほど歩き回った後、あきが尋ねる。まだ午前中だからか客は少ないが、その分真剣な表情で品物を吟味する女性達ばかりだ。
「……え、と……」
 冴の方は、いつも以上にはっきりしないというか、視線をやや下に向けたまま、曖昧な返事をするばかり。このチョコレート売場に来てもう1時間、2人で選ぶ……というより、あきが「これはどう?」と薦めては冴が申し訳なさそうに頭を振ることの繰り返し。どうにも決まりそうな気配がない。
 親友思いのあきもさすがに少々飽きてきた。そもそも、彼女にはチョコを買うつもりなんてまったくない。バレンタインデーに興味ないとはいかないまでも、お菓子業界のイベント程度にしか思っていない。そんな彼女がここにいるのは、ひとえに親友である冴のため。
 昨日、珍しく冴の方から電話があったのにも少々驚いたが、
「一緒に、チョコを買いに行ってくれませんか?」
という親友の頼みには、驚きを通り越して感動を覚え、電話でなければ冴がいぶかしんだろう笑みをたたえながら、
「うん☆ 行こう行こう☆」
と浮かれた声で返事したのである。
 冴が部の先輩である浅凪九郎を好きなことはもちろんあきにもわかっていた……というより、身近にいて気付かなかったら恐竜並の鈍感である……ものの、なかなか自分からは動き出せない冴にヤキモキしていたのも事実。さらに九郎が恋愛に関してはそれこそ恐竜並に鈍感で、ヤキモキも二乗、時には二人きりになるお膳立てをしてしまうお節介ぶりである。
(冴らしいんだけど、ほんのちょっと、積極的になればいいのに……)
 そう思っていた矢先に、冴から買い物の誘いである。これは前進だね、と思って来てみれば、当の本人は何とも煮え切らない状態。それも、自分の中では決めているのに踏ん切りがつかないといった様子なのだ。
 迷うというより困ったような表情で市販のチョコを眺める冴を見ながら、あきはふと思いついたことを口にした。
「ねえ冴、ひょっとして手作りチョコにしようとか思ってない?」
 ボッ。
 そんな音が聞こえそうなほど、冴の顔は瞬間で真っ赤に染まった。驚きと恥ずかしさで更に顔を俯け、その場に立ち止まったまま指だけをもじもじと動かしている。あまりに典型的なその反応に、あきも次の一言がとっさに出ず、その可愛い唇を小さく開けたまま呆然と冴を見守っていた。
(ま、まあ……確かに、好きな人には手作りチョコっていうのがパターンだけど……)
 パターンというよりデフォである。普通は買い物の前に、
「冴は手作りにしないの?」
くらいは聞きそうなものだが、そこはそれ、興味薄くて全然気づかなかったあたりがなんともあきらしい。
 ともあれ、売場で一人ぽっ〜っとしている冴を放っておくわけにはいかない。あきはなんとか気を取り直し、冴を売場の端まで文字通り引っ張っていった。
「も〜……手作りするつもりなら、初めから言ってくれればいいのに」
 その気はなくとも少々責める感じになってしまったのだろう。冴は何も言わず、大分赤みの引いた顔をまたしょんぼりと俯けてしまう。
「あ、別に気にしてないよぅ。ただ、手作りだと作るのに時間かかるでしょ? 早く買っちゃった方がいいんじゃないかな〜って」
 焦ったように早口でまくしたてるあき。その言葉に納得したというより、あきの心遣いが嬉しくて、冴はあきの心配そうな目が見えるところまで顔を上げ、恥ずかしそうに微笑みながら「ありがとう」と小さく答えた。
 そんな冴の様子にホッとしながら、でも、とほっぺに人差し指を当ててあきが尋ねる。
「手作りするつもりなら、なんで売場を回っていたの?」
 参考にするにしては何度も回るのはおかしな話。軽く首をひねって考えているあきに、申し訳なさそうな表情を浮かべて冴が答える。
「手作りってしたことないから……売っている綺麗なものの方がもらってうれしいかなと思って……」
 自分の気持ちより相手のことをまず考える。その優しさは貴重だが、時には遠慮しすぎとも映る。あきもそう感じたのだろう、まだ悩み立ち止まっている冴を後押しすることにした。
「そんなことないって! 九郎君も、手作りの方が喜んでくれるよ」
 その言葉に勇気づけられたのか、一瞬喜びの表情を浮かべた冴だが、すぐに考え込むように「でも……」と小さく呟く。そんな迷いを吹っ切ってあげるつもりで、あきは一歩前に出、俯き加減の冴の正面に顔が行くように膝を落としながら、明るい表情で告げる。
「ね、がんばってつくろうよ。ボクも一緒に作るからさ」
 あきとしてはだめ押しの一言だった……のだが、逆に冴はより困ったような、申し訳ないような顔を見せる。
「?……どしたの?」
 あきの疑問に冴はその薄い唇の下に左手をあてながら、相変わらずの小さな声で応える。
「あきちゃん……あきちゃんは誰にもチョコあげないんだよね……それなのに、買い物までつき合ってもらって……それなのに……」
 うっ。
 冴の言葉はまだ途中だが、言いたいことは十分わかる。
(この上、チョコ作りまで手伝ってもらうのは悪いってことか〜)
 あき自身はそんなことまったく気にもしていないし、冴と九郎の仲が上手くいくなら自分も幸せというのが本音。しかし、冴にすればこれ以上あきにばかり迷惑をかけたくないのだろう。ここで「気にしないで」と言えばむしろ逆効果で、冴は手作りを諦めてしまいかねない。そう判断したあきは……
「冴、それって誤解してるよ」
「……え?」
 言葉をとぎらせ、驚きの表情を浮かべる冴に自分の読みが当たったことを確信しながら、あきは言葉を続ける。
「僕だって、手作りチョコをあげる相手くらいいるんだよ☆ ……お父さん、とか
 最後にそう付け加えてしまう辺りが、嘘をつけないあきらしいところか。しゃべり方も、注意して聞けば少し焦りのあることを感じられる。
 それに気付いたかどうか。……いや、そんなことはどうでもいいだろう。冴はにっこりと、少し恥ずかしさを残した彼女らしい笑みを浮かべ、
「……ありがとう、あきちゃん」
小さな声で、感謝を述べた。

2/14(月) 晴れ

「……お願い……」
「お願い……って言われてもねえ〜」
 放課後の科学部部室。自分専用のデスクに腰掛けているあきに、冴が両手を胸で合わせその指に額をつけんばかりに拝み倒している。その前のテーブルには綺麗にラッピングされたチョコレートの箱。
 うーん、と額を押さえながらうなる、あきの人差し指には絆創膏。
 昨日、ケーキショップで専用のチョコを買った後、2人は冴の家でチョコを作り始めたのだが……
 チョコを刻む。
 湯煎してとかす。
 型に入れて冷やす。
 必要ならデコレーション。
 ただこれだけの作業の、なんと難しいことか。
 冴はお菓子の本通りにきっちりゆっくりと作るので、時間がかかったこと以外はそれほど問題なく進んだのだが、問題はあき。
 チョコを刻んで指を怪我する。
 直接鍋を火にかけて溶かそうとする。
 型からこぼす。
 デコレーションには挑戦して挫折。
 ……これを読んだ方々、誤解してもらっては困るので付け加えるが、あきは決して不器用ではない。きちんと料理の練習をすれば、冴よりも上手に作ることができるはずだ。だが、料理というものは才能以上に熱意が、それ以上に経験がものをいう世界なのだ。
 悪戦苦闘しながらも、彼女達は手作りのチョコを完成させラッピングまで終えた。後はただ渡すだけ。だが、
(ひょっとして……)
とあきが危惧したとおり、冴は九郎に手渡すことができず、こうして渡してくれるよう頼みに来ているのである。
「せっかく作ったのに、渡さなきゃもったいないんじゃない?」
 あきとしては少々きつめのことを言っていると自覚しているのだが、それ以上にもどかしくて仕方ない。せっかく、自分で渡そうと決めたのだから、最後まで頑張ってもらいたいのである。
「……恥ずかしくて……」
 それでも、真っ赤になって俯いてしまう冴を見ては、これ以上きついことは言えない。そもそも、「恥ずかしいから下駄箱に入れておく」と言い出した冴に、
「こういうのは手渡しするからいいの☆」
と説得したのは自分なのだから、責任が全くないわけではないのだ。もぅ、と小さく呟いて、あきは席を立つ。
「仕方ないなぁ……今年だけだよ?」
 その返事に、安心と嬉しさがミックスしたような笑顔をパッと浮かべ、
「ありがとう……」
と言う冴。様子からして、あきに断られていたらせっかくのチョコがお蔵入りしていたらしいことは間違いない。
 ロッカーから取り出した上着を着込み、冴から大切なチョコを受け取ったあきは、その箱を丁寧に上着のポケットにしまいながらこう告げた。
「いーい? 私が九郎君のお礼の言葉もらってくるから、ここで待ってるんだよ」
 うん、と冴が大きく頷くのを確認すると、あきはちょっと急ぎ足で、科学部の部室を出ていった。

 20分後。
 冴はもちろん科学部部室にいた。椅子に座りながら時折不安そうにため息をついては、それを振り払うように頭をふるふるさせている。まあ、この状況ならどうなったのかを心配するなというのが無理かもしれない。
(先輩……受け取ってくれたかな……)
(受け取れないなんて……嬉しくないなんて……言われたら……)
 ちょっと落ち着いて考えれば、九郎がそんなことを言う男ではないことぐらいわかりそうなものだが、そこはそれ、恋は盲目というもの。
 こういう不安は一度思うとなかなか消えない。一人でいればなおさらだ。あきに早く帰ってきてほしい気持ちと、それを否定する気持ちが、彼女の中でぶつかってははじける。
 コンコン。
 不意のノックに、不安にかられていた冴の身体がビクッと反応する。おそるおそるドアの方を振り向くと、続けてまた2回、ノックの音が聞こえてくる。あきや科学部員なら部室に入るのにノックなどするはずもない。他に来る人がいれば、同じ世界征服部である翔子あたりのものだろうか。
「は、はいっ、あ、あの……」
 その声が聞こえたのか。すっとドアが開き、そこに立っていたのは。
「やあ」
「……!」  そこに立っていたのは、浅凪九郎。絶句し、赤く染まる頬を隠すように両手を当てている冴の側まで歩いてくると、九郎はその緊張を解きほぐすように軽く微笑みながらこう言った。
「これ、ありがとうございました」
「あ……」
 その手にあるのは、冴の作ったチョコレートの箱。嬉しさと不安からの解放で思わず涙ぐみそうになるのを、唇に手を当て必死にこらえる。
 彼女の感情の奔流が収まるのを待って、九郎が言葉を続ける。
「お返しはホワイトデーのお楽しみとして……これから『アリエル』に行って、チョコレート、一緒に食べませんか?」
 反射的にコクッと頷く冴。その顔が火照っていくのを感じながら、心の中で親友に感謝する。
(ありがとう、あきちゃん……)
 同時刻、世界征服部部室。
「ふーん、御堂センパイもずいぶん世話焼いてるんですね」
「ま、これも冴と九郎君のためだから」
 九郎を冴の元へと送りだした後、一部始終を見ていた司木橙也に事情を説明するあき。行儀悪く足を組みながら机の上に座っている。ちなみに服装は彼女の定番、ノースリーブのシャツにショートパンツ。……健康的とはいえ、その姿勢を恥ずかしがらないあきもあきだが、まったく動じない橙也も橙也である。
「似合いの2人でいいんじゃないですか? なかなか進展はなさそうですけど」
 へへ、と笑ってみせる司木。人によっては裏のある笑いと取られることもあるだろうが、この男の場合、何事も直線的な性格のため見ていて気持ちいい。
「あはは。……まあ、あの2人はゆっくりでいいんじゃないの?」
 姿勢を直そうと少し身体をずらそうとして、あきはふと何かを思い出し、上着のポケットを探る。
「……司木クン……」
「?」
「はい、これ」
 急に名を呼ばれ、顔に似合わないきょとんとした表情を浮かべた橙也に向かって、あきはポケットから取りだしたそれを投げ渡す。
「おっと。……センパイ、これって、もしかして……」
 橙也の手の中に収まったそれは、ラッピングされた小さな箱。
「ほ、ほらぁ、冴があげるのに、ボクも九郎君にあげるわけにいかないでしょ? それに、司木クンには『鉄』の強度テストとか手伝ってもらってるし……」
 ちょっと上目遣いになりながら、早口で説明をするあき。そんな仕草に橙也はフッと小さく笑いを漏らす。
「あ〜、何笑ったの? だから別に……」
「これ、開けてもいいすか?」
 箱を持つ手をあきの方に向けて尋ねる橙也。不意を突かれたのか、「え? う、うん」と思わず答えて、あきは少し顔を赤らめる。
「お、手作りですね」
「あ、でも、ボクだからあんまり……って、司木クン?」
 美味しくないよ、とあきが注釈入れる前に一言「いただきます」と、橙也はあきのチョコを一欠片いただく。
「……ど、どう……?」
 少し俯き、上目遣いになりながら、味を確かめるようにもぐもぐと口を動かす橙也に尋ねるあき。橙也は口の中のものを飲み込み、破顔して言った。
「いやー、オイシイですよ、これ!」
「ホ、ホント?」
 自分でも意外だったのか、顔を上げて驚きの声をあげるあき。
「いやー、御堂センパイの作ったものだから、覚悟してたんですけどね」
 そう言って頭をかく橙也。その顔はもちろん笑っていて本気の言葉でないのはわかるのだが、やはり女の子として気に入らなかったらしい。
「ぶー。やっぱりそう思ってたんだ〜」
 ぷいっと口をとがらせて、橙也に背を向けるあき。怒らせ過ぎたかな、と心の中で呟き、橙也はその背中に向けて言った。
「冗談ですよ。……わざわざ俺なんかに、ありがとうです」
「……っ!」
 別に司木クンのためじゃ、そう言おうとして、あきは自分の頬がかあっと赤くなるのを感じていた。思わぬ反応に背中を向けたまま顔を俯けるあきは、「許してくださいよ」とあやまる橙也を振り向くこともできず、「もう怒ってないから」と返事するのが精一杯。そこへ橙也が、
「もしかして……センパイ、照れてます?」
などと言うものだから、あきはますます頬の熱さにとまどうばかりだった。
(も、もう〜! ……だ、誰か来てよ〜!)

 同時刻、世界征服部部室前。
「……なんです、これは?」
 八草重遊は扉に張ってある『本日立入禁止』の張り紙を見ながら、その張本人である秋篠夕霞に尋ねた。
「書いてあるとおりです。今日は部活は休み。さっさと帰りなさい」
 納得できない表情を浮かべる遊を退散させ、夕霞は中にいる2人に向けて「がんばってね」と呟き、楽しそうに生徒会室へと戻っていった。(終)



【作者より】
 ども、作者のG☆SCRです。
 TSFC投稿の記念すべき1本目のショートストーリーだというのに、正義の味方部関係者一人もでてこないです(^^; 正義の味方部ファンの方、ごめんなさいね m(_ _)m
 指摘の前に弁解しておきましょう。冴ちゃん、あんなにしゃべりませんよね(^^; でもでも、SSという形式上、しゃべってくれないと会話にならないんだもの〜。実際には、「……ね。」等、ほとんど聞き取れないような小さな可愛い声でしゃべっているんです。TSへの愛に溢れる皆様にはそう見えるはずです(笑)
 この2人+司木クンは本当に書きやすいですね。当分このシリーズで書いてみようかなあ……ますますさっちゃんや稜ちゃんの出番はなさそうですが(^^;;;
 ご感想・ご意見ございましたら、掲示板やメールにてお聞かせくださると嬉しいです。皆様の感想が執筆のエネルギーです☆
 では、また。
P.S.
 読み返したら、八草重でさえ台詞あるというのに、翔子ちゃん、名前しか出てきてない……すまぬ m(_ _)m