バレンタインな日々
CASE.1 〜藤代霧瀬の場合〜
作:G☆SCR 【up dete 2002'02'12】



 ポンッ。

 並び立てられた試験管の1つ、その中身が大きな音を立てて白い煙を吹き出す。とりあえず見た目には害はなさそうではありますが。
「うーん、NO.38は失敗か……」
 何を入れたのでしょうか、ちょっと自然な物とは言い難い色彩をしたビーカーの中身を無造作にガラス棒でかき混ぜながら、白衣の女性、霧瀬ちゃんは左手でノートパソコンのキーボードを操作し、画面上のファイルの「38」と書かれた行にバッテンをつけていきます。
「なかなか難しいわね〜。独創的でインパクト強、その上無害で面白いものっていうのは」
 何をつくろうとしているのでしょうか、実験室は滅多にお目にかかれない色をしたフラスコやビーカー、見た目に怪しげな泡を出している試験管などが所狭しと並べられています。ゴミ箱にかつて試験管であっただろうガラスの破片達があるのも、実験の小さな犠牲なのでしょう。それにしてもこの状況で、そこかしこから出てくる煙がまったく無害というのは称賛に値するのかもしれません。ていうか、無害だって信じたいんですけど。
「やっぱり無害っていうのが難しいしつまんないわよね〜。ちょっと刺激的くらいに内部的方向転換しちゃおうかしら」
 お願いですから安全運転でお願いします。

 ちなみに今はというと、日付が2時間ほど前に12日から13日にバトンタッチしたところ。わざわざ言うまでもないことですが一応ことわっておきますと、霧瀬ちゃんは学校の先生で、もちろん明日、いやすでに今日も出勤のご予定。
「それにしてもまいったわね〜。遅刻したら示しつかないし、8時までには完成させないと」
 ……自習決定。
 その後も白衣の霧瀬ちゃんは実験と格闘し続け、試験管の割れること5回、白煙が上がること4回、ビーカーから何やらあふれ出すこと2回。結局、No.112の「何か」の作成中、いかにもやばげな黒煙が部屋に充満した時点で作業中止に至ります。
 後始末が終わった頃には、東の空から朝日がさしてきてます。出勤リミットまであと2時間弱。……普通の教師って、生徒より早く来て授業の準備とかいろいろあるような気がするんですけど、気にしないことにしましょう。
 さすがの霧瀬ちゃんも、そろそろ追いつめられたようです。深刻そうな表情で唇に握り拳を当て、少し考えたあと、不満そうに口をとがらせて、あきらめるように呟きます。
「仕方ないわね……最後の手段を使いましょう。使いたくなかったけど」
 まだ何かあるんですか。ていうか誰か止めてください。無理でしょうけど。

 けだるげな眠気と、動き出す直前の慌ただしさが雑然と共存する、午前8時。タッタッタッタッと軽やかな靴音を響かせて、霧瀬ちゃんが歩道をかけていきます。先ほどまでの白衣姿もなかなかでしたが、スーツを着こなした今の姿も決まっています。本人に言うと怒るのでしょうが、大人の魅力というやつです。朝までなんやかやとやっていたにもかかわらずその疲れを顔にまったく見せないのは、精神の強さか化粧の力か、はたまた遅刻寸前でせっぱ詰まってそれどころじゃないからでしょうか。
 不意に、霧瀬ちゃんは郵便ポストの前で立ち止まり、綺麗に包装された長方形の箱を投函します。そして嬉しそうな笑みを浮かべながら、今度はゆっくりとした靴音のリズムを奏で始めます。
「ふふっ。どこかの女の子のセリフじゃないけど、徹夜でチョコを手作りするなんて、乙女にしかできないことよね」
 ……あれはチョコレート作りだったのですか。
 ふんふふ〜ん♪と鼻歌を歌いながら歩いていく霧瀬ちゃんに、年齢的に乙女はちょ〜っとつらいんじゃとか、結局どんなチョコにしたんですかとか、いろいろ聞いてみたいことはあるんですけど。幸せそうな霧瀬ちゃんに尋ねるのも野暮なので聞かないでおくことにします。
 あ、でも、これだけは言っておかないと。
 普通、乙女は手作りチョコをポストに投函したりしません。(終)



【作者より】
 以前、「次どんなの読みたい?」とここの管理者である水瀬さんに聞いたところ、「霧瀬ちゃんの優雅な日々が見たい」とのお答えをいただきまして。ちょっと優雅な日々とは違いますけど、こんなものでどうでしょうか?
 やはりこの季節、バレンタインネタは外せません。そしてこの作品、「CASE.1」とある以上、2までは少なくともあるのです(笑) といってもティンクルの作品ばかりではないので、それ以外の作品は許可もらえたら掲示板にアドレス書かせてもらいますので、よかったら見てください。
ではでは。