「MOVIE DAYS」
作:G☆SCR 【up dete 2001'11'03】



「GAME OVER」

 現状を打破すべく、いくつかの方法を頭の中でシミュレートした、その全てがこの結果。
(え、ええっと……)
 気まずいを通り越して、自分の前を歩く背中さえまともに見られない。他人から見たら微笑ましいくらいのことなのだが、あきにとっては生まれて初めてといってもいいくらいの大ピンチなのだった。

 話は少しさかのぼって。
 昨日の放課後、週末恒例の世界征服部ミーティングも終わり、部室に残っているのは橙也、あき、冴の3人のみ。戸締まり用の鍵束を手でもてあそんでいる橙也に、背後から声がかかる。
「ねえ、橙也クン」
「なんですか、あきセンパイ?」
「あのさ、こういうのがあるんだけど」
 差し出されたのは、映画の鑑賞券。
「これ、期限が明日までなんだ。冴と九郎クンにあげようと思ったんだけど、九郎クン、どうしても外せない用事があるんだって。……というわけでさ、代わりみたいで悪いんだけど、一緒に行かない?」
 最後までうまく言えたと、ホッと胸をなで下ろす。九郎に「すみませんねぇ」とことわられてから、「冴達のこと言わない方が……でも言わないと不自然だし」とか「『代わりみたいで』とかつけない方がいいかな、で、でも〜」と、何度もの葛藤した末完成させ、ミーティング中繰り返し心の中で練習していたのだ。
「はぁ、どんな映画です?」
「ほら、今一番人気のある……」
 チケットに書いてある題名は誰でも知っている有名作品。一人の女性小説家が書いた本を原作とした恋愛映画。普通、小説を元にした映画は、文章が作りだすイメージをうまく映像に活かせなかったり、ひどいものだと別物のようになってしまうものが多いが、この映画はなかなかの秀作らしく、巷の評価も高い。
「いや、俺そういうのは……」
 だが、橙也はその手の映画が苦手だった。
 ストーリーが嫌いなわけではない。こう見えて結構本は読む方だし、一応目を通しておく程度の興味ではあっても、流行りものの小説にも手は出している。
 では何が問題かというと、この類の映画を見ると、行動が以下の2つになってしまうからである。

1.感動して涙を流してしまう。
2.寝る。

 1.はストーリーが秀逸で、映像的にもよい作品の場合。恋愛映画を見て涙を、しかも知り合いに見られるなんて恥ずかしくて仕方ないというわけ。まあ彼らしいが、多分そんな一面が知れても、女生徒の間で人気がさらにあがるだけだと思うのだが。
 さらにたちが悪いのが2.で、あきセンパイと一緒に見に行って、上映中ほとんど寝てたりしたら……
 どちらにせよ、一緒に見に行って良い目が出ることはない。
「あー、男がこういう映画なんて、とか思ってるでしょ? 大丈夫、これは面白いって」
 つまらなくても面白くても駄目なわけで。
 かといって「嫌です」ときっぱり断れる性格ではなく、何より心情的には断りたくない。
「いや、あの……」
「も〜、はっきりしなよ」
「あ、それより、鴇神センパイと行ったらどうです?」
 我ながら名案とばかりに、話を冴に向ける。
「どうです、鴇神センパイ?」
 しかし、こういう時にはやぶ蛇になるのがお約束。
「…………の?」
「え、いや、別に明日は用事はないですけど」
「………………の(赤面)」
「はぁ、今度九郎センパイが一緒に行こうっていってくれたから……」
「………………の」
「は、はい……まあ、そういうことなら」
 あっさりと説得される橙也。
「はい、じゃあきまり!」
 話は終わりとばかりに両手をパチンと鳴らし、あきが椅子から立ち上がる。
「じゃっ、9時半に駅のロータリーの時計の前。遅れたら承知しないからね〜。さぁ、冴、一緒に帰ろ!」
 普段より強めの口調で言い残すと、さっさと部屋を出ていってしまう。冴も慌ててそれに続き、一人部屋に残された橙也は、ポカーンとしたまま呟いた。
「俺、なんか怒らせるようなコトした?」

(そう、それで冴と一緒に帰って……)
 服を部屋中に広げて、あーでもないこーでもないと組み合わせを考えて。
 やっと決まったらもう11時を越えていて。
 パジャマに着替えて布団に潜り込んだけど、明日のこと考えたら楽しみで寝つけなくて。
 こういう時は別な事考えればいいかなって、スーツの改良考えはじめたのが失敗で。
 いいアイディアが浮かんじゃって、頭の中で計算して、うまくいきそうだからパソコン立ち上げて。
 値を入力して演算結果を確認して、また値を修正して……

(いつの間にか、とっくに夜は明けてたんだよね)

 気がついたら、約束まであと一時間で。
 慌てて顔を洗って髪を整えて、時間ないからご飯も食べずに家を飛び出して。
 なんとか待ち合わせには間にあって、映画館に入って。
 宣伝も終わって、いよいよ映画が始まって……
 始まって?

(気がついたら、映画終わってたんだよね)
 誰かに肩を叩かれた気がして、まだ眠りたい気持ちをなんとか抑えてこすりながら目をあけたら。
 もう館内は明るくなってて、スクリーンには幕が下りていて。
 驚いて立ち上がったら、お客さんほとんど席にいなくて。
 そして、ボクを起こしてくれた声がまた聞こえたんだ。
「おはようございます。よく、眠れました?」

(お、怒ってるよねえ)
 後ろを歩いているのだから見えるはずないのに、それでも彼のことをちらっとしか見られない。
 橙也という男、怒ったり喜んだりという感情を隠そうとしないから、端で見ていても実にわかりやすい。それが今日は、あえて感情を押し殺しているように、あきの目には映った。
(あうぅ、どうしよう)
 こういうときに開き直ったり逆切れしたりはあきらしくないし、それで解決するわけもない。かといって、どう謝ってもすぐに許してもらえるとも思えない。まあ橙也のことだから明日明後日までこのままということはないだろうが、あきという女の子がまた、このまま別れて明日以降に持ち越すというのができない娘なのだ。
(ボクが悪いんだから、あやまるしかないよね。
 それで駄目でも、ボクのせいだからしょうがない。
 よし、あやまろう!)
 気合いを入れ、小走りで前を行く背中に追いつき、その服の裾をぎゅっと両手で引っ張る。
「あ、あの……」
「何です、センパイ?」
 振り払われはしなかったものの、こちらに振り向いてはくれない。鈍りそうになった心を奮い立たせるように、両手にさらに力を込める。
「ご、ごめん!」
 謝っているのか、しょんぼりうつむいてしまっているのか、下を向いたまま頭を背中につける。
「映画、ボクから誘ったのに、せっかく、楽しみにしてたのに……あ、えーと、橙也クンは楽しみじゃなかったかもしれないけど、ボクは楽しみにしてて、それなのに寝ちゃって、橙也クンも寝てたかどうかなんて、ずっと寝てたからわかんないんだけど、とにかくボクはずっと眠ってて……」
 何かしゃべっていないとよけいに不安になるのだろう、まとまっていないと思いながらも必死で言葉を紡いでいく。
「橙也クンあきれちゃったかもしれないけど、多分許してくれないと思うけど、ボクには謝るしかできないから……」
「……ぷっ」
「だからホントにごめんなさい……って、橙也クン?」
「全く、あきセンパイは〜」
 背中を振るわせ、必死に笑いをこらえながらふりかえる。見上げるあきの視線の先には、うってかわっていつもの表情の彼。
「……」
「どうしました?」
「からかったでしょ……からかったでしょ、ボクを!」
 引っ張られすぎて悲鳴をあげていた服が解放されたのと引き換えに、橙也の胸板が彼女の収まりきらない感情をグーの形で受け止める。
「ばかっ! ばかばかっ!
 本気で嫌われたと思って、必死だったんだぞ!」
 すみませんと口を動かし、彼女の両拳を右手でそっと押さえる。
「ばかぁ〜」
 涙のこぼれかける瞳を何度もこすり、頬を膨らませた顔を向ける。
「許してくださいよ、もとはと言えば、センパイがずぅ〜っと寝てるのが悪いんですから」
「そ、それは……」
 痛いところをつかれ、思わず口ごもる。
「どうせ、寝る間際にいいアイディアが浮かんだとかで、朝までパソコンいじってたんでしょう?」
「……その通りです……」
 うつむいたまま、ほとんど消え入るような声。
「大丈夫ですよ、怒ってませんから」
 頭に手をポンとのせられる。いつもなら子供扱いされていると感じてしまうその感触が、今は嬉しかった。
「それに……」
「?」
「センパイの寝顔、可愛かったですから」
「……!」
 瞬時に真っ赤に染まる顔。それを見て、してやったりと橙也も表情を崩し、立ち尽くす彼女を見ながら歩き出す。
「とりあえず、昼でも食べに行きましょ。映画のお返しにおごりますから」
「え、ちょ、ちょっと! ね、ねえ、ボク、変な顔とかじゃなかった?」
「さあて、どうだったですかね?」
 楽しそうに笑いながら前を向いてしまう。動揺しながらも、あきは慌ててその後ろ姿を追いかけ走り出す。
「ちょっと! ど、どうだったの? ねえってば!」



【作者より】
 この二人は書いていてこっちも恥ずかしいけどほのぼのするので、もっとたくさん書いてあげたいものです。ああ、一日が30時間ぐらいあればなあ(^^;