かわいい夕霞様は好きですか?
作:G☆SCR 【up dete 2002'06'11】



 繁華街からは少し離れた、落ち着いた場所にあるぬいぐるみ屋。
 よく考えると、ぬいぐるみ屋というのはあまり聞かない。普通はおもちゃ売場の1コーナーであったり、ファンシーショップに少し並んでいたり、最近では買うよりゲーセンで取る機会の方が多くなっていたりするわけなのだが。
 その店は、純粋にぬいぐるみのみを扱っている。海外の動物物を中心に、手のひらサイズから抱えて持つのも難しそうな大きさまで、多種多様に取りそろえている。混むということはないようだが、店の雰囲気がいいこともあり常連客もいるようだ。
 その店の前で、秋篠夕霞は立ち止まっていた。いや、正確には立ち止まっているわけではない。店に入ろうとしては思いとどまり、一歩踏み出しては同じだけ後ずさる。男がこれをやっていたらひたすら怪しいだけであるが、彼女くらい綺麗な女子高生なら、彼の家を訪ねようとしてなかなか呼び鈴を押せないでいる女の子、という風に見えなくもなく、微笑ましい感じさえする。
 そう、彼女はまさに恋する女子高生だった。もっとも恋愛対象は人ではなく、ぬいぐるみであったわけだが。
 店を入って右側、ネコ科の動物達が並んでいるコーナーにいる、実際には珍しい白い虎の赤ちゃんのぬいぐるみ。大きめの枕くらいのその子は抱き心地が本当に気持ちよく、ネコ科特有の鋭さと、年齢相当の幼さの入り交じった表情が言うなれば彼女の「ツボに入った」というやつで、可愛くて仕方ないのである。
 だが、今まで買えずにいた。
 手が出ないわけではない。安いわけではないが高すぎるわけでもない。
 ポイントは彼女のイメージ。
 生徒会役員、そして世界征服部の代表。そんな彼女のイメージは「怜悧で強い女性」。時々見せるか弱い少女のイメージは一般には知られていない。そんな彼女が、ぬいぐるみを抱いてほにゃ〜んとしているのを見られたら……
 「見られても別にいいじゃん」という意見もおありだろうが、そこはそれ、一応悪役の親玉であるわけだし、多少なりとイメージという物は気にしなくてはならない。先日妹に連れられてここに来た時も、この白虎ちゃんに対する気持ちを気づかれないように必死だったのである。

 それも今日まで。
 今日は6月9日、夕霞の誕生日。
 彼女は自分自身へのプレゼントとして、白虎ちゃんを買いに来たのである。
 買いに来たのではあるが。
 なかなかお店に入れないところが夕霞らしいというか、乙女心は難しいというか。時間は午後6時。店は日曜日には7時に閉まってしまう。もちろんただ買うだけなら5分もあれば事足りるのだが、自然な流れで購入するためには、お店を二巡りほど見て回る必要がある。あまり時間的な余裕はない。もちろん、そういうことを考えているのが不自然だという発想は今の夕霞にはない。
(よしっ……行くぞ!)
 何度目かの決意の末、ついに夕霞は店の自動ドアの前に経つ。ウィーンという機械音と共に扉が開き、「いらっしゃいませ!」の、店には不釣り合いな気さえする元気な男性の声。
(……?)
 なんとなく感じた違和感。いや確かにこういう店ではあっても、男性店員がいたっておかしくはない。ぬいぐるみの陳列などは、思う以上に肉体労働なのだ。違和感はそれではない。そう、ここで聞くより、もっと、別な場所で、何度も聞いたことがあるような……
「あれ? 夕霞センパイ?」

ズザザザザザッッ!!

 思わず後ろ向きのまま全力で店を飛び出す夕霞。
(落ち着け! 逃げ出してどうする!)
 自分に言い聞かせる。呼吸を整え、ひょっとしたら見間違いだったかも、というわずかな可能性に期待を込め、ゆっくりと覗き込むように自動ドアに近づく。だが、そもそも見間違うはずもなく。
「あの……どうしたんですか?」
 世界征服部の部員である司木橙也が、この店の制服である黒のズボンと白のワイシャツを身につけてそこに立っていた。

「妹さんへのプレゼントですか」
 夕霞のでっち上げの説明に、あっさりと納得する橙也。彼の単純さに今回は助けられたと胸をなで下ろす。
「それで、どんなものがいいんですか?」
「そ、そうだな……輝沙だから、可愛い感じのものがいいと思うが」
 橙也が何故いるかといえば、ここは道場の先輩が働いている店で、先輩に外せない用事があるときは時々手伝わされているとか。いつも思うが、馬鹿正直というか人がよすぎるというか。
「そうですか、それじゃ……」
 手慣れているのか、店の左奥手……そう、白虎ちゃんとは反対の方向に進んでいく。内心オロオロする夕霞に気づくことなく、可愛らしいキーホルダー風のミニぬいぐるみのかけてあるボードをさししめす。
「これなんてどうです? バッグとか小物につけられますし」
「あ、あ〜、そうだな、悪くはないが……もう少し、大きめのものの方がいいかな?」
 さりげなく、白虎ちゃんに誘導しようと試みる。橙也は橙也は少し考え、今度は店の右手に歩んで行き……そのまま白虎ちゃんの前を通り過ぎる。
「じゃあ、これなんてどうです?」
 手にしたのは、ふわふわした感じの猫のぬいぐるみ。
「あ、ああ、まあ、なかなかいいと思うが……」
 彼女は気づけなかった。白虎ちゃんは、普通に見ると『可愛い』より『凛々しい、格好いい』部類に入るぬいぐるみであることを。別に橙也が悪いわけではないのだが、彼が意地悪しているとしか思えない彼女であった……

 閉店後。
 結局、最初に薦められた品物を買った夕霞は、彼女自身気づいていないのだろうが、傍目にも元気なく肩を落として帰路についていた。普通に買えばよかったのにと思うだろうが、何か理由がないと自分にプレゼントというのができない性格なのだ。
(今度買いに行けるの……いつかな……もういなくなってるだろうなあ……)
 いつの間にかもう一人の方が出てきてしまっている。だからだろうか、後ろから駆けてくる足音にも、彼女は気づかなかった。
「センパイ〜」
「は、はいぃ?」
 素っ頓狂な声をあげる夕霞に、自分が驚かしてしまったと思ったのだろう、
「す、すいません、ビックリさせるつもりなかったんですけど」
と頭を下げる。まあ彼の性格からして「もう一人」になんて気づくはずもないのだが。
「き、気にするな。それより何の用だ」
 いつもの彼女に戻り、動揺を隠す。
「あ、はい、これ」
 そう言って抱えていた包みを夕霞に渡す。お店の紙で包装されたそれは、ちょうど大きめの枕ぐらいで。
「なんだ、これは」
「ああ、あの店にあった白い子虎のぬいぐるみですけど」
 あっさりと言われ、一瞬「えっ?」という表情を浮かべる夕霞。まあ、自分の欲しかったものを急に呼ばれれば無理らしからぬ事。
「な、何故これを私に?」
「いえ、これが気に入ってたんじゃないかなって。いろいろ紹介してるうちに、なんとなくそう思って」
 実際は、橙也でもわかるくらい、白虎ちゃんのことを何度も何度もチラチラと見ては慌てて視線を逸らす仕草をしていたからなのだが。あれで気づかない人はいない……いや、浅凪九郎あたりならあるいは気づかないかもしれないけれど。
「それは俺からのプレゼントって事で」
「いや、しかし……」
 部員がそれぞれ贈ってはよけいに気を遣わせてしまうという理由で、夕霞への誕生日プレゼントは男性陣と女性陣でそれぞれ1つずつ。金曜日のパーティの時に、万年筆とペンダントを、それぞれもらっている。
「みんなには内緒って事で」
「……お前らしいな」
 どうせ返すといっても受け取ることはない。だったら好意を素直に受け取ろう。
「それじゃ、俺はこっちなんで」
 遠ざかっていく後ろ姿に、
「ありがとう……」
 そう言ったのは、どちらの彼女だったのか。

 次の日。あきと橙也が『鉄』の調整をしている科学部部室に、珍しい来客。
「夕霞(センパイ)?」
 来客は夕霞その人。部活が同じとはいえ、彼女が科学部の方に来ることは滅多にない。それだけに、二人には彼女が何をしに来たのか皆目見当がつかなかった。
「夕霞センパイ、どうしたんですか」
「なに、昨日の礼を言おうと思ってね」
 ピクッ。
 一瞬、『鉄』をいじるあきの肩がはねたような。そう感じても、前から夕霞が近づいて来ているこの状態では後ろは向きづらい。
「えと、礼と言っても……」
「昨日はつきあってもらって悪かったな。おかげで有意義だったぞ」
 ピクピクッ。
 振り向かなくてもわかる。いや、振り向きたくない。気にしない振りをしながらその実、あきが一言たりとも聞き逃すまいと神経を集中させているのを肌で感じる。夕霞はそれに気づいていないのか、更に続ける。
「機会があったら、またつきあってくれると嬉しいぞ。それじゃ」
 小悪魔の笑みを橙也にだけ見せて、部室を去る夕霞。不気味な静寂が流れ、
(とりあえず、逃げよう)
 そう、橙也が思いたった時。

 ガシィッ。

 あきの右手は彼女の頭よりも高い橙也の肩を鷲掴みにしていた。その小さな手のひらのどこにそんな力があるのか、橙也が身動き一つできない。
「と〜う〜や〜く〜ん〜?」
 明るい、それでいて地の底から響いてくるようなあきの声を聞きながら、ああ、蛇ににらまれた蛙ってこんな気持ちなんだろうな、橙也はそんなことを考えていた。

「こってりとしぼられていることだろうな」
 原因をつくった張本人は、その光景を思い浮かべて微笑する。
 喧嘩するほど仲がよいというし、九郎にしろ橙也にしろ、優しすぎるのも場合によりけりだということを身をもって知るのも悪くはないだろう。橙也は少し苛めておく位の方が見ていて楽しいし。まあ、可哀想なので後でフォローはしておくことにするが。
 今日は生徒会の用事もない。このままさっさと帰って、少し昼寝というのも悪くはない。夕霞は昇降口への歩みを少しだけ速めた。
 そう、家には白虎ちゃんも待っているし。(終)


【作者より】
 二日遅れですが、夕霞様、誕生日おめでとうございます☆
 私が書くとどうも夕霞様が可愛くなってしまいます。それ以上に橙也がかっこよくなってしまうのはもはやご愛敬で(笑)