花菖蒲

2009.6.19


〈長生殿〉北山公園にて
          花菖蒲

 6月上旬、東村山市八国山緑地の南西、6300平方メートルの広さに、170種、約10万本の花菖蒲が咲きほころぶ北山公園がある。1982年に、「都民の日」制定30周年を記念した「新東京百景」のひとつに選ばれる。
 花菖蒲は江戸時代中期にノハナショウブの変わり咲きを改良してつくられたもの。つくられた土地の名が付けられた江戸系、伊勢系、肥後系などを基本に、様々な交配種を含めると数千品種あるとされている。
 あぜ道で梅雨の前に開花するノハナショウブ。縄文時代末期には、田植えの時期をはかる稲作の指標にもなっていた。
 アヤメ(花菖蒲)は霊験あらたかな花とされて、後に甲冑の装飾の紋様にも好んで使われた。
 ちなみに、花菖蒲はアヤメ科アヤメ属で、菖蒲はサトイモ科ショウブ属。端午の節句に葉を菖蒲湯として使用するのは「菖蒲」の方で、漢方薬としても使われている。
 アヤメ、カキツバタ、ハナショウブは慣れていないと見分けにくい。
 アヤメは花に編目模様があり、乾いたところに育ち、5月上旬〜中旬頃に開花する。
 カキツバタは5月中旬〜下旬頃に開花し、花には網目模様がなく白い線が縦に入っており、水中や湿ったところに育つ。
 ハナショウブは、花に編目模様はなく元の部分が黄色くなっている。湿ったところで育ち、6月上旬〜下旬頃に咲く。
 ショウブの花は5月頃に咲くが、黄緑色の筒状で華やかなものではない。
 
 江戸系花菖蒲の発祥の地は、葛飾区堀切といわれている。江戸時代の有名な花菖蒲愛好家で育種家の松平左金吾(菖翁)や、本所の旗本、万年録三郎から品種を貰い受けた小高伊左衛門が繁殖させたもの、あるいは室町時代、地頭の久保寺胤夫が自邸で培養したものとされている。
 現在の堀切菖蒲園は、戦前まで数多くあった花菖蒲園(小高園、武蔵園、観花園、衆芳園など)のうちのひとつの「堀切園」。
 伊勢系や肥後系の花菖蒲は鉢植えで愛でられたが、江戸では、伊左衛門らがつくった花菖蒲園で花を楽しむ「文化」が生まれ、浮世絵にも多く描かれた。
 万年録三郎がつくった品種には「十二一重」、「長生殿(ちょうせいでん)」、松平菖翁には「羽衣」「立田川」、伊左衛門には「泉川」「麒麟角」などがある。
花菖蒲
北山公園にて


 梅雨時の3日間のみ花開く。短い間に変わりゆく様を例えて、「花が芸をする」といわれる花菖蒲。
 曇天にも似合う微妙な色の違いを大切に、改良された花である。
 3枚の大きな花びらは外花被(がいかひ)、内側に3枚の内花被(ないかひ)、そして「雌しべ」。
 基本の品種のひとつ、肥後系(熊本)では、大きな「雌しべ」が天に向かって立つ様を、武士は精神性(大きな心)になぞらえて、特に重要視した。
 雌しべは花菖蒲の専門家からは「芯」と呼ばれている。
 花菖蒲の改良の礎を築いたのは旗本、松平定朝。 3日しか咲かない花を1年かけて育てるのは武士の精神修行ともされた。
 江戸時代、武士の心構え「尚武(しょうぶ)」に通じる響きから愛された花である。
 


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