法華経・・・泥の中で学ぶ

2009.6.28

 滋賀県と京都府の境にある比叡山。
 平安時代に創建された比叡山延暦寺は、法華経(妙法蓮華経)の聖地で、天台宗の総本山である。

 奈良時代、国をまとめるためのものだった「仏教」は権力と結びつき、次第に道鏡のように、僧侶たちが政治に口を出すようになり、また汚職で政治は乱れていた。
 桓武天皇は、794年に平城京から平安京にみやこを移し、新しいみやこにふさわしい仏教を求めるために最澄を遣唐使として中国に送る。
 それまで、みやこにあった仏教寺院は、平安京にはつくらず、比叡山で根本教典を法華経として仏道に打ち込む最澄を、桓武天皇は庇護した。
 法華経は、釈迦の弟子が編集した物で、28章(品)からなる。サンスクリット語で、サッダルマ(最高の真理) プンダリーカ(白蓮華) スートラ(お経)。
 サッダルマとは「サット」(正しい)と「ダルマ(法)」が組み合わさった言葉で、鳩摩羅什は「妙法」と訳した。
 百蓮華(びゃくれんげ)は、泥の中から頭を出し、花を開く。「泥」は俗世界や地獄のような世界を指しており、正しい行ないにより、そこから抜け出して花を咲かせることを、法華経は目的とした。

 法華経の特徴は、釈迦の教えをたとえ話とした、オペラのようなストーリー展開になっているところ、といわれている。
 平安時代には、文字を仏に見立て一文字ごとにハスの絵を台座として書き添えた写経(一字蓮台法華経)が、女性の間で流行した。
 最澄は比叡山に総合大学を設けたが、そこから、浄土宗の法然、浄土真宗の親鸞、臨済宗の栄西、曹洞宗の道元、日蓮宗の日蓮など、多くの宗教家を輩出した。

参考:知る楽・歴史眠らずお経巡礼「人を悟りへ導く法華経」(6月9日)
薬草の譬え(薬草諭品 第五)
地上には大きさや形などの違う様々な植物があるが、雨はどの植物にも平等に降り注ぐ。違うのは、植物側の受け止め方であるという話。

前 頁

  次 頁

バックナンバー

サイトマップ

mail


法令に基づく場合などを除いて、個人情報をご本人の同意を得ることなく第三者に提供したり、開示したりすることは致しません。

copyright(c) SOMETHING ELSE Co.,Ltd. 2012 all right reserved  since2006