皆既日食part2

2009.7.22

 インド西海岸で、日本時間の9:50分過ぎに始まった皆既日食。
 ガンジス川には太陽の神様が戻ってくるように祈る人々が集まっていた。ヒンズー教の神話では、皆既日食は悪魔が太陽を飲み込んだことにより起こるもの、不吉なこととされているのだそうだ。
 次に月の影が訪れた国、ブータン(10:00頃)の仏教では、皆既日食は良いことの起こる前兆とされている。
 陰は速度をゆるめて中国を横断し、上海(10:36)を通過。重慶では美しい日食が見られたが、上海はあいにくの曇り空だった。
 そして、いよいよ、日本のトカラ列島 悪石島(10:53過ぎ)、屋久島(10:57頃)を通り、太平洋上に浮かぶ硫黄島、小笠原諸島(11:25過ぎ)で見られ、その後、タヒチ島の手前でショーは終わりを告げた。

 明治20年、東京の家庭に電気が初めて送られた年、日本では皆既日食が初めて科学的に観測された。北陸から北関東にかけて見られた皆既日食を、官報で「大変価値のある皆既日食をスケッチするように」と知らせたため、当時、多くの一般の人がスケッチしたものが国立天文台に残されているそうだ。
 昭和18年2月5日、北海道で見られた皆既日食は、戦時中であるにも関わらず、国の威信をかけて観測が行なわれた。
 昭和38年の皆既日食のときは、カメラを持った一般の人たちが多く集まった。

 遡って、3世紀半ば。日本で247年、248年に皆既日食が見られたとされている。
 247年は、邪馬台国を治めていた卑弥呼が没した年といわれている。
 日本神話の「天照大神(あまてらすおおみかみ/天照大御神)」の「天の岩戸」や、日本書紀にある天照大神の別名、大日貴(おおひるめのむち)の元の字が「巫女」を意味していることなどから天照大神=卑弥呼(日の巫女)説があるそうだ。

 天照大神は、古事記、日本書紀などに登場する最高神。伊邪那美命(イザナミノミコト)が禊ぎで左目を洗ったときに生まれた。
「天の岩戸」の話は、弟神の素戔嗚尊(スサノオノミコト/須佐之男命)の乱暴な振る舞いに怒った、太陽神でもある天照大神が岩戸に隠れ、天上界が闇につつまれるところから始まる。
 困った八百万の神たちは集まって、岩戸の外で様々なことを行ない外に出てきてもらおうとして天照大神の関心をそそる。天照大神が外の様子を気にして岩戸を少し開け、八咫鏡(やたのかがみ)を見ようとしてところを、岩戸の陰に隠れていたアメノタヂカラオが外に引っ張り出すと世界は再び明るくなった、というもの。
 この話を「日食」の現象、あるいは「冬至」の頃の太陽のパワーを復活させるもの(象徴)。また、岩戸に隠れたのが邪馬台国の女王、卑弥呼が没したことを表し、岩戸から出てきたのは、後継者となった「台与(とよ)」を表しているという解釈もあるのだそうだ。

 どの説もロマンティックで、日食はそれほど神秘的なものだった。
 ちなみにギリシャ神話にも、ゼウスとデメテルの娘ペルセポネが冥府の王ハデスに連れ去られて、デメテルが嘆き悲しみ、世の中が暗闇になってしまうという話があるそうだ。デメテルは豊穣の神である。

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