なつ

2009.8.21

 時々、朝帰りをする。
 といっても、楽しい話ではなく、仕事でやむを得ず。
 どう考えても時間がない。この日までに欲しいという無茶な要求をこなすためには、睡眠時間をけずるしかない。
 午後から夜にかけては、人が訪ねてくる。
 夜は、普通の人にとって余程のことがない限り仕事は終わっている時間である。間に合わないのなら、朝早く起きてすれば良いと思う人もいるらしい。しかし、午前中も午後も、電話が鳴る、人も訪ねてくる。ちょうど集中力がとぎれる頃であれば気分転換に良いのだが、そんなに都合良くもいかない。
 夜は一度眠たさを通り越すと集中力も増してくる。
 見る人や読む人が、喜んでくれるように、楽しんでくれるようにと考え始めると、次第に眠たさも忘れてくる。没頭したいので、仕事以外で邪魔されるのは遠慮願いたい。なので、あまり人にも会いたくなくなってくる。食べることも、動くことも面倒くさくなってしまう。まるで、イスに生えた大きなキノコ状態。
 
 夏は太陽が昇ってくるのが早く、昇ってきた瞬間からジリジリと熱い。そろそろ帰って一度眠らないと、時間が無駄になる。完徹ではさすがに集中できなくなる。
 7時前の電車には、眠たそうな顔をした人たちが座席にポツリポツリと座っている。
 さすがに、この人たちすべてが朝帰りではないだろうと思う。日の出とともに活動を始めるのが人間の体内リズムに合っている、のではなかったのだろうか。
 もう数時間も経つと、まるで、おしくらまんじゅう状態の通勤電車。いずれも、あまり自然な状態、つまりストレスが少ない状態にはほど遠い。
 

 駅に着き、ボンヤリ、家までの道を歩く。出勤時間帯に見かける人は無表情に近いが、朝早いと、まだ魂も入っていないような表情の人が歩いている。
 車は少ない。人も少ない。空気もきれいな感じがする。
 犬の散歩をしている人がいる。朝、爽やかな顔をしているのは、この人たちだけだ。
 ハトたちは元気だ。
 それからハチ。
 何年か前にハチが巣をつくった。
 ハチの行動を観察していると、朝、日が昇る頃に巣から飛び立っていく。休日、見ていると、昼間何度か出入りし、夕方、巣に帰ってくると、それ以降は外には出てこないようだ。ずっと、見続けていたわけではないけれど。
 セミは、夏がくると、ある朝、一斉に鳴き始める。必ず、日が昇る前後に騒ぎ出す。まるでタクトを降られたように。
 そして、ある日、コンクリートの上で仰向けになって転がっているセミを見つける。お盆が過ぎた頃。
「死ぬときは畳のうえで」というのが人間のセリフだとしたら、セミの世界では「土の上で」かもしれない。なんとなく、コンクリートの上のセミは悲しそうに見える。
 夏の終わりを淋しく思う自分の気持ちの投影なのかもしれないが。

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