東京ローズ

2010.8.22

 映画「父親たちの星条旗」(監督:クリント・イーストウッド)で、海兵隊員たちがラジオを聴いているシーンがある。
 途中、女性DJのセリフに違和感を感じる。謀略放送ーー。それが「東京ローズ」だった。

 ドラマ「Gift」(フジテレビ・1997年)のオープニングテーマ「TOKYO JOE」(歌:ブライアン・フェリー)が甦ってきた。歌詞に出てくる「トーキョー・ローズ」が、ずっと、どこかにひっかかっていたのだが、実在した人物のこととは思わなかった。そう思っていたら、不思議なことに、東京ローズを扱ったテレビ番組を見た。
 そして、「ザ・スクープ SP」The SCOOP SPECIAL 〜終戦65年目のスクープ〜幻の東京ローズを追え!(テレビ朝日 8月15日放送)を見たことで、より詳しく知ることができた。
 


 第二次世界大戦中、日本の短波放送で女性DJが、アメリカの極秘作戦を言いあてた。そのDJは、とても魅惑的な声で、「妻や恋人は、いま他の人と一緒にベッドにいるわよ」などの毒舌をはくことで、戦地のアメリカ兵の注目を集めていた。
 初めて日本に飛来したB29の機体にはTOKYO ROSEの名前と魔女のイラストが描かれ、ハリウッド映画「TOKYO ROSE」も制作された。映画「Voice of Truth」の中にも登場する。
 ちなみに、女性DJは東京ローズと名乗っていたわけではなく、アメリカ兵たちが付けた愛称だった。

 自らを「東京ローズ」と告白した、アイバ 戸栗 郁子さんは、奇しくも、アメリカ独立記念日の7月4日、ロサンゼルスで生まれた(1916年)。両親は日本人。
 1941年7月に、おばを見舞うために初めて日本に訪れるが、戦争が始まり、帰国できなくなってしまう。
 戦時中、日系人は、日本国籍にするようにいわれ、ほとんどがそうする中で、アイバ 戸栗さんは簡単に変えるわけにはいかないと、アメリカ国籍のままで通していた。
 その頃、アメリカでは、第32代大統領フランクリン・D・ルーズベルトの「大統領令」(1942年)により、西海岸の12万人の日系人が敵性外国人として集められ、強制収容所に入れられていた。アイバ 戸栗さんの両親も同様だった。
 
 アメリカで日系人がどのような状態に置かれているかを知らないまま、アイバ 戸栗さんは日本で結婚し、英文タイピストとしてラジオ東京(当時のNHKの海外放送部門)に勤め始める。
 日本軍は、アメリカ映画から、「ファイティング・スピリット」や生活、風俗などを学び、「伝単」(宣伝ビラ)として、アメリカ兵に戦意を喪失させるための心理作戦に使用した。
 陸軍参謀本部 第2部 第8課に管轄されていたラジオ東京も、プロパガンダとして利用された。
 そこで、捕虜となっていた、シドニーでラジオ局のアナウンサーだったチャールズ・カズンズ少佐に目を付ける。
 新番組「ゼロアワー」は、いままで通りのニュースの他に、アメリカ兵に聴いてもらうため、カズンズ少佐が台本を書いた音楽コーナーがつくられた。
 カズンズ少佐は、英文タイピストをしていたアメリカ国籍を持つアイバ 戸栗さんに目をつけて、「孤児のアン」として、臨時アナウンサーに起用。
 アイバ 戸栗さんを起用した理由は、日本語なまりが強く、アメリカ兵にあまり好まれるとは思えなかったので、プロパガンダにならないと考えたため。ひそかに、連合国軍側への応援を潜り込ませようともしていた。アメリカ国籍を持つアイバ 戸栗さんも、アメリカを陥れようとは思っていなかった。

 GHQ最高司令官のダグラス・マッカサーは、「マッカーサー回想記」で、1942年初頭、フィリピンのコレヒドール島にいた頃に、ラジオで東京ローズがフィリピンの敗北について話していたことを書いている。
 しかし、アイバ 戸栗さんがラジオで話し始めた「ゼロアワー」は、1943年の11月に始まったもの。

 東京ローズの正体を暴くために来日したアメリカの記者たちが見つけたアイバ 戸栗さんは、自ら「東京ローズ」と名乗った。それが悲劇の始まりとなる。
 戦後、ようやくアメリカへ帰国したアイバ 戸栗さんだったが、1945年9月、アメリカ国籍でありながら、アメリカ兵を翻弄するような放送をしたことによる「国家反逆罪」で逮捕される。
 終戦から4年後、サンフランシスコ連邦裁判所で、アメリカ政府は莫大な税金をつぎ込み、日本からも証人を呼んで、「東京ローズ裁判」、20世紀の魔女狩りともいわれた裁判が3カ月にわたって行なわれた。
 結果は、禁固10年、罰金1万ドルの有罪判決で、アメリカ国籍も剥奪。
 1956年、アルダーソン婦人刑務所を6年2カ月で仮出所。1977年1月、フォード大統領の特赦でアメリカ国籍を取り戻し、2006年9月、90歳で生涯を終える。


 1976年、シカゴ・トリビューン紙の特派員として日本に住んだこともあるロナルド・イェーツ氏が、「東京ローズ裁判の証人はアメリカ政府に偽証を強いられていた」という記事を書いた。
 裁判での決め手は、ラジオ東京でアイバ 戸栗の上司であり、証人となった日系2世(戦時中、日本国籍となる)たちの証言だったが、FBIから「日系2世の君たちも反逆罪に問うことができる」というプレッシャーを与えられたと取材に答えた。陪審員も同様に、いいしれぬプレッシャーを感じていたと話していた。

 番組では、1948年の大統領選でトルーマンが勝つために、「東京ローズ」は、愛国心をアピールすることに利用されたのではないかとしていた。
 

 しかし、マッカーサーや他のアメリカ兵が聴いたという、東京ローズは誰だったのか。
 番組では、アメリカが録音していた東京ローズの声から声紋鑑定をし、アイバ 戸栗さんや、女性アナウンサーと思われる他の数名と比較。
 NHK 英語アナウンサーで、戦時中は学生アルバイトとして英語のニュースを担当していた水庭進さんは、東京ローズは須山芳枝さんという日本人初の女性英語アナウンサーに違いないと明言。
 須山芳枝さんの美声は”南京の鶯”ともいわれるほどの「とても真似できない声」で、「局を訪れた外国人が呆然と立ちつくすほど、一瞬で虜になる声」「金の鈴を転がしたような声」と形容されていた。
 須山(ジューン須山)さんは、1920年2月11日、横浜に生まれ、1924年から15年間、家族でカナダのバンクーバーに移住しており、英国式の品のよい英語だったとか。
 1949年7月18日、29歳のとき、友人と映画を見た帰りに、酔った米兵の車で交通事故に遭い、不慮の死を遂げている。


 湾岸戦争の際、クウェート人少女ナイーラがアメリカ議会の公聴会で、涙ながらにイラク兵の残虐さを訴えたことが、イラク攻撃に慎重だったアメリカの世論を大きく変えた。しかし、その少女は、アメリカ在住のクウェート大使の娘で、アメリカ大手広告代理店のつくった"やらせ"だった。その他、戦争に利用された「東京ローズ」の例をあげて、番組は最後に、戦争の犠牲の1つは「真実」である、と締めくくっていた。

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