麺の発祥

2010.8.30

 中国北西の新疆ウイグル自治区、火焔山で発見された約2500年前の集団墓地から、ミイラとともに4つの器に入った粟、ヒツジの肉を焼いたもの、パンと、小麦の麺が出てきた。
 埋葬品から、墓地に埋葬されていたのは、ヨーロッパ系の白人ではないかとされている。 

 その頃、ヨーロッパの遊牧民族は、人口の増加とともに、ウクライナやシベリア、やがて中国あたりまで移動していたと考えられている。
 新疆ウイグル自治区は今は砂漠地帯だが、19世紀頃までは渓谷を川が流れていたそうだ。遊牧民は、イラン、イラク地方由来の小麦を撒き、育て、パンをつくった。
 小麦は今から7000年前頃にメソポタミアで栽培され始めたといわれている。紀元前4000年頃にはパンがつくられ、その1000年後には発酵させてから焼いたパンがエジプトでつくられた。


 墓地から発見された小麦の麺は、太く、短く、表面もざらついており、こねた小麦粉を、両手でよって、つくられたと考えられている。
 当時の中国の人の主食は米や粟。
 中国で大規模な小麦の栽培が始まったのは約2000年前で、漢の時代には麺の記述もあるそうだ。

 新疆ウイグル自治区はシルクロードの要所だった。
 アジアとヨーロッパを結ぶシルクロードを、キャラバン隊は「麺」も運んだといわれている。



 現在、イタリアの中でもパスタ消費量が飛び抜けて高いシチリア島は、パスタ発祥の地とされている。
 シチリア島は、827年にアラブ人の軍隊が上陸して後、約200年の間イスラムの支配下にあった。
 シチリア王、ルッジェロ2世の命でアラブの地理学者イドリーシーが作成した「ルッジェロの書」に載っているシチリアの輸出品「イットーリヤ」。水車で小麦を製粉し、こねた生地を包丁でヒモ状に切り、木形にかけて乾燥させたもの、それが現在のパスタの原形とされている。 


 

 中国には現在、1000種類以上の麺があるといわれる。
 北宗時代(960〜1127年)の首都「開封
」は国際貿易都市であり、食文化の中心ともなったため様々な麺が生まれた。
 それが、モンゴル、韓国、日本、ベトナム、タイ、インドネシアなどにも伝わっていった。
 中国南部は稲作中心で、そのあたりに住んでいたタイ族は、米からビーフンをつくった。
 ビーフンは粘りけの少ない米を、2〜3日かけて発酵させ蒸して、最後に穴の開いた布から絞り出して茹でてつくられる。
 韓国の「マッグクス」や、「冷麺」、「ビーフン」など、粘りけの少ない蕎麦や米などの穀物からつくられる麺は、やがて圧縮機を用いてつくられるようになった。

 生地を平べったく伸ばして包丁で切ってつくられるものには、日本の「うどん」や韓国の「カルグクス」などがある。
 中国の手延べ麺発祥の地は、華北地方の山西省あたりとされている。
 小麦粉に、塩と水、かん水(アルカリ性の水)を混ぜてつくられるが、かん水と混ぜられた小麦粉はグルテンが高くなり、弾力性、粘りけを持つ独特の麺をつくりだした。
 世界文化遺産「雲崗石窟」で有名な山西省あたりの地下水はアルカリ性であることが多い。ラーメンは、内モンゴル自治区のかん湖の天然炭酸ナトリウムの水(かん水)と小麦粉を混ぜたことにより、偶然生まれたものとされている。
  
地球ドラマチック「麺の起源を探れ」〜ヌードルロードをたどる旅〜 (NHK 2009年10月29日)より

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