後妻打ち

2011.9.9

 江戸時代の初め頃、「後妻(うわなり)打ち」という風習があったそうだ。
「うわなり」とは、一夫多妻制だった時代には正妻以外を指したことばで、『古事記』に見られる。平安時代の中頃以降からは、後妻のことを指すようになったとか。
「後妻打ち」とは、ひとことでいえば、離縁された先妻が後妻に対する憂さをはらすため、後妻が入った家に押し入って乱暴をはたらく、公に認められた行為のこと。
 条件は、離縁されてから1カ月以内に前夫が再婚した場合に限られる。つまり、先妻がメンツをつぶされたモヤモヤを心に溜めずに流すことで、感情を収めてもらおう、というものらしい。
 夫も含めて男性は一切関わらないことがルール。
 時代劇を見ていると、「仇討ち」というのがあるが、それと違うのは、友人、知人、親戚などから賛同する女性を集めて大人数で行なうところで、数十人も集まることもあるらしい。おそらく、参加する女性の中には、ただただ憂さ晴らしの人もいただろう。
 後妻打ちは、当時はそれほど珍しいものではなかったようだ。
 ということは、再婚するほうも、1カ月を待って再婚すればよいのではないだろうか。1カ月くらい待っても、さほど困る理由は多くはないと思うのだが。
 もしかしたら、仮にも夫婦であった元妻に限って、そのような行為におよぶことはないと思っているのかもしれない。そうだとしたら、今も昔も、男性は考えが甘い。
 いや、誰もがそうかもしれない。関係の良い状態のときと悪くなったときでは、人間は変わるものだということをつい忘れてしまうのだ。
 多くの場合、充分に乱暴を働いた頃合いを見はからって仲裁が入り、先妻を帰すというのが習わしとなっているようだ。つまり、予定調和なのだ。
 最悪の場合を避けるため、最低限のルールがあったようだが、つい感情がもつれてしまったのか、15世紀の備中では、後妻が先妻に殺されたことが記録に残っているそうだ。「後妻打ち」のしきたりとしては、作法にかなっていないが、その場になれば、ルールなど吹き飛んでしまうこともある。
 後妻打ちは、やみくもに押し入るのではなく、相手に書状で申し入れて行なわれる。書状には、日時や参加する人数、使用する道具などを書き、刃物は使用禁止とすることなども付け加える。
 その書状を持って、騒動打ちの儀の申し入れをするのは、多くは高齢の男性で、後妻側の取り次ぎもまた、男性が行なう。ここだけ、唯一、男性がかかわる。
 後妻打ちの当日、先妻は籠に乗って、後妻のいる家に向かう。後妻は、先妻の鬱憤をはらさせるため、基本的には、家財道具などの破壊行為を受け入れるのが慣わしとなっている。
 後妻打ちの目的は、正面切って言うこともできない夫に対する憂さをはらすことにもあったようだ。
 世が落ち着くとともに、後妻打ちは次第になくなっていった。
 日本人の、ストレートに表すことを良しとしない風習を考えると、日中、堂々と殴り込みをかける、このやり方は、案外、おもしろいかもしれない。復活することはないと思うので、ホッと胸をなで下ろす男性も多いだろう。女性はすぐには再婚できないが、男性は翌日でも再婚できる。
 物を壊されたり、近所の噂になったりするなどの損害を考えれば、お互い、慰謝料などで片をつけるほうが良いような気もするが、どちらかを選ぶことができるとしたら、案外、いまでも「後妻打ち」を選ぶ人もいるかもしれない。

 参考:『タイムスクープハンター』(NHK 9月9日放送)


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