「にじり口」異空間への扉

2006.5.5

 東京都中野区にある「ギャラリードリーム」(西武新宿線「都立家政駅」徒歩2分)には、展示が行なわれているギャラリー(2F)と、本格的な茶室(3F)がある。
 ゴールデンウィークの始まり、4/29〜4/30の2日間、そのお茶室にて「綾部經雲齋(あやべ けいうんさい)氏 竹工芸の魅力の世界と坂本宗啓氏 (裏千家茶道 いけばな教室教授)コーディネイトによる 茶の湯展」を開催した。
 想像していた以上に奥の深い竹工芸の魅力に触れることができたこと。またお茶席では、彫書家でもある綾部氏の書を竹ですいた和紙にしたためた茶掛けや、千利休で有名な竹の花入れ、珍しい竹の抹茶椀など、綾部氏の竹工芸を見たり、実際に使用しながらも、気軽にお茶席を楽しめたと好評をいただいた。
 好評だった一つに、躙口(にじりぐち)がある。
 にじり口とは、簡単にいえば、高さ、幅がそれぞれ数十センチほどの、茶室の小さな出入り口である。にじるとは、両拳と膝で進む動きのことで、にじりながら入るので、その名がある。他に「にじりあがり」や「くぐり」と呼ばれることもある。
 お茶室には客の入り口として、にじり口と貴人口(きにんぐち)、亭主(茶事の主催者、お手前をする人)側の出入り口として茶道口、給仕口がある。
 茶道口は亭主がお手前をするための出入り口で、方立口(ほうだてぐち)あるいはアーチ状になった火灯口(かとうぐち)がある。火灯口は給仕口に用いられることも多く、出入りする人の所作を美しく見せる効果もあるそうだ。
 茶室は、とても狭い空間である。
 にじり口は、人一人がやっと通れるくらいのスペースで、たとえば武士は刀を差したままでは入れない。
 にじり口は、一説には千利休が屋形船に入る様子にヒントを得たともいわれている。
 もともと茶室は外の空間とは異なる別世界としてつくられているため、にじり口を通ることで外での穢れを祓い、また、身分や地位の高い人も頭を下げて入るようにできている。つまり、茶室の中では外での身分の上下は関係なく、外の世界との一種の結界なのである。また、低い位置から入っていくことで、狭い空間である茶室も、高さや奥行きを感じることができるという効果を狙っている。貴人口は、位の高い客のために設けてある出入り口だが、それでもやはり普通に立ったままの姿勢では入ることができないくらい低くなっている。
 ところで、茶室という呼び名は、近代以降のものである。それ以前は、座敷や小座敷、または四畳半などと広さで呼ばれていた。古田織部らが「数寄屋」と呼ぶようになり、現在は茶室風の建物を数寄屋、茶室建築の手法を取り入れた建物あるいは茶室がある建物を数寄屋造りと呼ぶそうだ。ちなみに、茶室は、四畳半以上のものを「広間」、以下の茶室を「小間(こま)」という。
 岡倉天心は「THE BOOK OF TEA(茶の本)」(1905年、ニューヨークで刊行し、1927年日本語訳を出版)の中で「茶室は世界で一番小さい家であるが、ギリシヤのパルテノンにも劣らない芸術性の高い建築である」と書いている。
 茶室も一つの別空間だが、そこへ誘う空間にも特別な配慮がなされている。
 ここでは簡単に説明するが、まず、茶室につながる通路を露地と呼ぶ。茶室に付随する庭園のことで、飛び石や、敷石になっている延段(のべだん。畳石、石段)が配されており、その途中にある腰掛けで、客は待つ。
 茶室の前には蹲踞(つくばい)があり、ここで手水を使って身を清める。蹲踞(つくばい)は手水鉢で、つくばった(しゃがんだ)姿勢で手を洗うところから、そういわれている。客が来る前に、亭主が露地に水を打つのも浄めの象徴で、客を、神のように迎えるという意もあるそうだ。
 踏み石で履き物を脱ぎ、にじり口から茶室に入ると目の前に床の間があり、掛け軸や花などが飾られている。
 もちろん、こんなことを知らなくても、にじり口をくぐると、自然、心は別世界へと誘われる。特別に装った格好でなくても、作法を知らなくても、感じる心があれば十分なのだ。
 近頃、こういう空間は身近には少なくなったが、たとえば釣り竿を垂れる時、好きな絵画を目の前にした時などに、ふと訪れる別空間の自分が、その代わりになる。そういう空間を持つことができることが、本当の心の贅沢なのだと思う。

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