ミーム

2006.5.7

「ミームの冒険(〜日本経済のDNAを探る〜)」(テレビ東京)の第一回目で、岩崎彌太郎と渋沢栄一の、リーダーシップとしての柔軟性と情熱、つまり「動」の意伝子とはいかなるものかという番組をやっていた。主旨はバブル崩壊以後の「失われた10年」から立ち上がるために、日本復活の原動力を探すというものらしい。
 ミーム[meme]とは、生物学的な遺伝子に対して、文化を伝える遺伝子=「意伝子」、あるいは模倣子、模伝子といわれるもの。ギリシア語の「模倣」を表すmimeme に、遺伝子geneの発音を似せた、あるいはmemory(記憶)を掛けたといわれる造語である。この言葉は、オックスフォード大学の生物学者リチャード・ドーキンスの著書「利己的な遺伝子(The Selfish Gene)」(1976年)の中で初めて使われた。利己的な遺伝子とは、人類は遺伝子の複製をつくるために存在しているという考え方にもとづくものである。
 ミームという言葉はともかくとして、「文化が遺伝子のような単位で伝達する」という考え方はそれ以前にもいろいろな人が提唱しており、1904年にはドイツの生物学者リヒァルト・ゼーモンがムネーメ[mneme]という用語を提唱していたらしく、知っている人には特別目新しくもない言葉のようである。
 ドーキンスのミームの定義は「文化の伝達や複製の基本単位」で、ミーム学(Memetics)では「心の中の情報単位であり、その複製が他の心の中にも作られるようにさまざまなできごとに影響を及ぼしてゆく」ものとされている。つまり、自然淘汰されながら進化してきた遺伝子のように、意伝子も変異し、文化として、より多くの人の心に入り込んだものが生き残り伝えられていくのである。心理学的には、行為を構成する要素としてよりも「心」にスポットを当て、遺伝子が目や髪の色などを決定していくのと同様に、ミームはコンピュータのプログラム部分つまり知識の内部表現が伝達されるものとされている。
 遺伝子の複製よりも、ミーム(意伝子)の複製は伝達が速く、生活や文化に影響を及ぼすとされている。たとえば、ファッションなどの流行やうわさ話、信念という哲学を持った集団などが良い例である。
 当然、遺伝子にコピーミスが起こるように、意伝子もコピーミスが起こりうる。つまり、伝達された意伝子=優秀であるとはいえないのである。
 テレビなどのマスメディアは、ミームを伝える媒介の一つ。
 史上最年少のジョン・F・ケネディと、実績のあるリチャード・ニクソンの大統領選の討論会はよく例にあげられるが、ラジオで討論を聞いていたケネディ陣営は負けたと思ったが、テレビで画面を見ていた人には支持された。もちろん、それだけではないとは思うが、メディアを巧く使えば、強調することも可能になる。
 先日、HNK「その時、歴史が動いた」双方向企画で、織田信長と明智光秀のどちらの生き方に賛同するかという番組をやっていた。
 最初は、当然、好きな偉人にあげられることも多い織田信長が優勢だったが、番組最後の3回目の投票では、織田信長の冷徹な改革主義に比べて、明智光秀の心を持って接する平和主義に票が集まり、逆転した。番組側の意図を多少感じるでもなかったが、とても日本人的な感覚だとおもしろかった。
 遺伝子は意思でどうにかなるものでもないが、意伝子は一人ひとりの気持ちが生みだすもの。つまり、多くの人が、同じ思いを持てば、それだけ伝達力も強くなる。しかし、プラスの力の強いものは、またマイナスの力としても強く働くものである。すべてのものは両極を持つからだ。
 もし、マイナスに向かい始めた時に、勇気を持って行動できるかどうかは、何もリーダーに限らず一人ひとりに問われること。言い換えれば、その時の判断が本質であり、度量なのだ。
 幸いなことに、意伝子は進化する。

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