「極実」スイカ

2006.7.13

 スイカは、なぜ海の匂いがするのだろう。

 小学生の頃、夏休みに10人くらいで、海の近くにあるクラス担任の家に遊びに行った。母親が、半分に切った大きなスイカをお盆に乗せて持ってきて、テーブルの上に置き、各自にスプーンが渡された。
 まるで「スイカの鍋」のような食べ方がとても斬新で、何十年経った今でも、スイカを見ると、そのことを思い出す。

 甥は、小さな頃、スイカが嫌いで、ある時、幼稚園で行なわれた夏祭りで、テーブルに置かれたスイカをみんなが楽しそうに食べている間、ご丁寧にも背を向けて、とうとう一口も食べなかったそうだ。
 一時は、母親や祖母がスイカを食べてみせながら「おいしいね〜」などとやってみたらしいが、まったく見向きもせず、「まあ、食べなくてもいいか」とおきらめたそうだが、何かをきっかけにして、食べるようになったらしい。
 赤い実に黒いタネという配色が、子供の頃に好ましく感じられなかったというトラウマで、スイカが嫌いだという人が時々いる。江戸時代にも、赤い実の色が気味が悪いと言われていたことがあるそうで、考えてみると、真っ赤な色が、子供の目にはショッキングな色なのかもしれない。
 
 倉吉から、一足早い夏を告げる、大きなスイカが届いた。
 縦に少し長い、大玉のスイカには、「極実(ごくみ)」という名前が付いている。「極めた実のおいしさ」というところから付けられたネーミングだそうだ。
 さっそく割って食べてみると、甘さと、みずみずしいさっぱり感が、絶妙のバランスで口の中に広がった。
 スイカは、「つる割れ病」を避けるため、接木にする台木には、スイカと同じユリ科のユウガオ(カンピョウ)や冬瓜を用いることが多いらしいが、「極実」は、スイカを台木に使って栽培しているため、この独特な味が出てくるらしい。病気に弱く、手間暇掛かるため、生産量は少ないが、それだけ究極の味といえるのである。
 倉吉は、もともとスイカの名産地として有名である。寒暖の差が激しく、大山の噴火による火山灰の黒ボク土壌は保水力が高く、栄養たっぷりの肥沃な大地は、果物を育てるのにとても適しており、特に、今年は、4、5月の降水量が少なく、日照時間が長かったことから、近年にない甘いスイカができたそうだ。
 また、今年は、スイカの生産農家が企画して、旅行会社とタイアップした初めてのツアーも行なわれたそうだ。鳥取市出身の漫画家、谷口ジロー氏の「遥かな町へ」の舞台となった白壁土蔵群の周辺を散策した後に、JA鳥取中央倉吉スイカ選果場でスイカの食べ放題がついている日帰りのツアーである。
 観光と、名産の果物の食べ放題がセットになったツアーはいろいろあるようだが、産地で食べると、おいしいものが、より一層おいしく感じるのだから、人気が高いのもわかる。特に、大玉のスイカとくれば、まるごとは、なかなかお目に掛かれないから、なおさら、うれしいかもしれない。
 なぜか、スイカの中には、子供の頃にワープできるようなワクワク感が一緒につまっている。蒸し暑さをうっとうしいとしか思えなくなった今の自分ではなく、蝉の声とギラギラ輝いている太陽と汗が気持ち良かった、何十年も前の自分に戻れるのである。

 スイカの皮を漬け物にするとおいしいという話はよく聞くが、「まあ、また次の機会に」と捨ててしまっていた。こんな立派なスイカの皮を、捨ててしまうのは、やはりもったいないだろう。ビールのつまみにも良さそうだ。これだけは、子供の頃では味わえない楽しみだ。

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