電車にまつわる、いくつかの話

2007.1.19

 発車ベルは鳴り始めていたが、電車から降りる人はまだ続いている。乗る側が割り込んで乗ってしまうので、余計、時間が掛かる。まさか、待っている人間を置いて、発車するはずはないと思うが、そろそろベルが鳴りやみそうだ。
 ようやく最後の1人、と思ったら、降りると思った20代くらいのその男性はドア側に動いただけで立ち止まった。降りるわけではなさそうだ。しかし、背も高く、大柄なので、入り口を塞いでいて、ちょっと邪魔だ。左側のドア付近にも女性が立っている。仕方ないので隙間を縫うようにして、中に入った。
 その時、後ろから、
「降りられますか?」
と問いかける男性の声が聞こえてきた。振り返ると、70歳前後くらいの男性がホームに立っている。入り口を塞いでいた男性は「いえ」と不思議そうに答えただけで、避ける気はないらしい。「それでは」というふうに、男性は、頭を少し下げながら、乗ってきた。
 私は、自分が最後だと思って、高齢の人を差し置いて、先に乗ってしまったようだ。同時に、その言葉にも、ドキっとしてしまった。なんて品の良い言葉なのだろうか。
 もし、私が同じ言葉を使ったとしても、暗に「どいて欲しい」と言っているように聞こえてしまうかもしれないので、言葉だけの問題ではないだろう。
 そういえば、人を後ろから追い越す時に、少し会釈して通るなど、ほんの少しの動作にハッとすることがある。なんて、きれいな所作なんだろうと思う。こういうことは、言葉や動作だけを真似てもダメである。しかし、そういう所作も、逆にうざったいと思われかねない風潮もあることを考えると、複雑な気持ちである。
 そういえば、違う意味で感動したことがある。
 発車ベルが鳴り終わって、ドアが閉まった後、ふと見ると、ドアの外側30cmくらいのところに、ドアを見つめて立っている50歳前後の女の人がいる。この電車にどうしても乗りたいのかもしれない。でも、さすがに、もうドアは開かないだろうと思った。
 ふと見ると、そのドアを挟んだ電車の中には、女性がドアの方を向いて立っている。つまり、目線の高さに多少差はあるが、ドアを挟んで向き合っているという形である。
 外の女性は、あきらめて後ろに下がるだろうと思ったら、なかなかどうして、動かない。
 すると、ドアがするすると開いた。女性は何事もなかったように、入ってきた。たぶん、発車時刻は過ぎているが、あまりにも近いところに立っているので、電車に巻き込まれでもしたら危ないと判断したのだろう。
 運転手さんと、ドアの外で待つ女性。見えない心理戦が数秒の間、闘わされていたと思うとおもしろい。運転手さんの根負けである。
 私の場合は、私の後から駆け込んで乗り込む人がいるタイミングでも、乗ることができないことの方が多いので、ただ単純に、その女性のドアを開けさせた執念に対して、「すごい」と思った。
 しかし、駆け込み乗車は、必ず、車内アナウンスで注意されてしまうこともあって、駆け込んだ人と同じ車両にいると、誰に向けて言われたかがわかってしまう。(わからなければ良いというものではないが)もし自分だったら、自分の都合だけで迷惑をかけてしまったことに対して、「そういう人間なんです」というレッテルを自ら貼ったみたいで、恥ずかしくなると思う。この時は、駆け込みではなかったので、アナウンスはなかったけれど。
 そういえば、「駆け込み乗車」で思い出した。終電に近い時間、電車に乗り込もうと必死になっている大勢の人たちの横を、電車を降りて歩いている時に聞こえてきたアナウンス。何かひっかかると思ったら、「飛び込み乗車はおやめください」と連呼していた。なんだか、あらぬ想像をしてしまった。
 先日の朝のこと。電車が入ってくるアナウンスが聞こえてきたので、階段を駆け上がったら、息が苦しくなってしまった。運動不足を後悔しながら、ガラ空きだったので、とりあえず近くの優先席に座った。
 と同時に、ホームの反対側に電車が入ってきて、こちらの電車に乗り換える人が乗り込み、次々とシートが埋まっていく。実は、もう少し落ち着くまで座っていたかったのだが、ふと60歳代くらいのステッキを持った男性が見えた。その人が近づいてくるのを待って、席を立つ。すると、こちらが照れるくらいに深々とお辞儀をして座った。
「当然のことなのに」と思いながら頭を下げた時には、呼吸は落ち着いていたが、恥ずかしくてドキドキしてしまった。それも、次の駅が終点なので、一駅分なのである。
 3分もしないうちに、駅に電車が滑り込み、先に開く側のドアの方に向き直った時、目の端にチラリと、先ほどの男性が見えた。少し、腰を浮かし気味にしながら、こちらを見ている。雰囲気から、またお礼を言われそうな気配を感じた。
 困ってしまう。そんなに何度もお礼を言われることはしていない。困ってしまう。最近、ついおざなりに、頭をペコッと下げて、お礼をしたつもりになっている自分が、恥ずかしくなった。

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