砂糖と塩

2007.3.20

 sweet talkという言葉に、ロマンチックな連想をしてはいけない。「おべっか」や「お世辞」という意味で、honeyed wordsやflattery[甘言]と同じような意味で使われる。
 目の前の甘い砂糖に魅了されて、これで終わりにしようと思いながらも、つい、もう一つだけと手が伸びて、気がつくと、箱は空っぽ。「しまった」と思っても、もう遅い。運動で消費できれば問題ないが、そう簡単にはいかないこともある。
 甘い物も過ぎれば病気を引きおこすように、甘言につられて、乗せられて、それが命取りになることもある。愛する女性の言葉と「しおらしい」姿にほだされて、後で軽く後悔をすることも。
 ところで「しおらしい」の語源は、塩が手に入りにくかった時代に、出陣する武士が持っている塩の包みが欲しいのだが、そのことが分かってしまわないかと恥ずかしそうに言い寄ってくる女性の姿を見て、「(欲しいのは)塩らしい」と武士が思ったところからだそうだ。わかったところで、男たる者、そんなことは、ついどうでもいいと思ってしまう場合もあるが。
 甘言の対語は、苦言[candid advice,bitter pill]。
 candid adviceは直訳すると「素直な忠告」。甘言には喜んで騙されても、苦言を喜んで素直に受け入れる人はなかなかいない。bitter pillの直訳は「苦い薬」。苦い薬も、やはり、たくさん飲みたいと思う人はいないようだ。
 苦言は「呈する」と言う。呈するとは「差し出す」、他に「贈る」という意味がある。贈られた苦言(塩)は、素直に受け取る心構えが肝要だ。いつまでたっても、「青菜に塩」(青菜に塩をふると水分が出て縮んでしまうように、急に元気がなくなりしょげてしまうこと)でも困るのだ。
 しかし、「可愛い子には灸をすえ憎い子には砂糖をやれ」は言うは易く行うは難しで、そのうえ、「愛されていないから意地悪をされる」とか、「愛されているからおいしい思いができる」と思われて逆効果にもなりかねない。
 徳川家康に因んだ「一番うまくて、まずいもの」という言葉がある。ある時、阿茶の局(あちゃのつぼね)に「この世で一番うまい物は何か」と聞いたところ、「塩です」と答えた。塩の味付け次第で素材は一層おいしくなるが、いくらおいしい塩でも、多すぎるとまずくなるという意味である。そのうえで、上に立つ者の塩加減で、家臣の心を掌握して能力を引き出せるか、逆効果になるかが決まるという意味も込められている。家康はとても感銘を受けて、それ以降、教訓としたそうだ。
「包丁10年、塩10年」。包丁も塩も上手に使いこなせるようになるには10年かかるといわれているそうで、それほど微妙なのが塩加減。「うまいまずいは塩加減」なのである。
 同様に、砂糖の誘惑に打ち勝つことも、案外難しい。
 しかし、「甘言を弄する」(甘い言葉をもてあそぶ)方も、あまり、いい気になっていると、逆に毒を浴びることもあるだろう。
 そのうえ、「瓜に砂糖肥え」で、瓜にいくら砂糖を与えて肥料にしても、メロンにはならない。方法を間違えていては、結果につながるわけもないのである。

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