本と人間

2007.3.21

 これまでの経験から、目的に合わせて本を選ぶことが案外うまい、と自分では思っている。だが、それでも、読み終わった後でガッカリすることも時々ある。ほとんどは小説だ。
 以前は、中古CDを適当に買っていたこともあったが、ジャケットを見るだけで視聴できなかったので、そちらは失敗する確率も高かった。
 途中で「失敗だったかな」と思いながらも、最後まであきらめずに本を読むと、期待はずれの場合は、最後の文の句点の後に広がる空白部分に、やり場のない怒りと溜まった疲労を埋め込みたくなる。
 それ以降、買うことがなくなった作家には、日本で必ず好きな作家にあげられる人もいる。たまたま最初に読んだ本が合わなかったのかもしれない。たくさん書いている人の本は、そのうち読む機会もあるかもしれないが、そうではない人の本はきっと読むことがないだろうと思うと、落ち着かない気になる。知らなければ嫌いになることもなかったのと同じで、読みたくない本をつくってしまうのは、「損」をしたような気持ちになるのだ。
 自分が本を選んでいるというのは傲慢な考え方で、本に選ばれているのかもしれない。年数を経て読んでみると、おもしろいと感じることもある。
 人間は、初対面の印象が一番強いといわれるが、本とは違って、それだけで評価が決まることはない。特に、内面を表すことがあまり上手ではない人や、反対に表現上手の人、いろいろな面が多い人は、最初の印象だけではつかみにくいことがあり、それがつかめるほど自分が成熟しているとは思わないし、また一人の人間がそれほどシンプルなはずはないと思っている。しかし、印象は挽回できないこともあるので、自分の思っているイメージと他人の持つイメージが違うことに悩んでいる人は、工夫することも必要かもしれない。
 20代の頃、初対面の相手に好きな本を聞かれて、明らかに値踏みされているとわかったので、好きな本の中でもわざと選んでタイトルを言ったことがある。有名な作家なので名前は聞いたことがあるようだったが、多くの人が読まないような本を選んだのが見事に当たったようで、それ以上の詮索はされなかった。いまだに覚えているのは、品のないことをしたと思ったせいだが、本を値踏みに使うのもどうかと思う。
 しかし、その人の好きな本を聞くことで、会話だけでは見つけることができなかった一面を発見できることもある。そのうえ、自分の「次に読みたい本」リストも増える。好みの中から選ぶより、新しい好みが増える楽しみは、本も人間も同じだ。本の場合は、やみくもに選ぶよりは、ガッカリする確率も低くなるようだ。
 個人に教えてもらうものには、偶然、書店で出会うことが少ないような本もある。ルビがふってあっても次に出てくると読めないくらい漢字だらけのものもあったが、昔、父が若い頃に買っていた本を見つけて読んだ時の記憶が蘇り懐かしかった。
 最近は、テレビ番組やインターネットなどで個人の意見に触れることも多くなり、そうなると、便利な反面、当然、作為を感じることも多くなって、つくづく難しいものだと思う。情報が多くなると、自由が多くなるのと同じで、自分の「責任」「判断」も増えてくる。
 それにしても、授業では出てこないような漢字でも、本で読んだものは覚えていることが多くて不思議だ。古い本は、当て字が使われているものもあっておもしろかった。漢字は、それ自体に意味があるので、作者がこだわって使い分けているのを見つけることも楽しかった。最近は、読みやすくするためか、ひらがなを多くしている本が増えて、そういう意味では少し寂しい気もする。
 漢字が書けなくなっているのは、キーボードのせいだけではなく、こういったことも影響しているのではないかと思う。テレビ番組の必要以上のテロップに慣れると、テロップがないと聞きとりにくいと感じるのも同様。以前、野球観戦に連れて行ってもらったときに、なぜか、いつも以上に試合の流れがわからない。不思議に思ったが、ふと、球場には解説の声がないということに気がついた。
 ラジオが主体だった頃は、画面がないので、状況を読み取ろうとする脳が活発に働いていたといわれている。一瞬で読み取る必要がある標識などは、もっと、わかりやすくして欲しいと思うが、すべてがそうなってしまうと、深く読み取ろうとする意識が働きにくくなって、人間関係にもそれが表れているのかもしれないとも思う。
 良い、悪いといわれる原因は、なぜか一つの物に集中しがちだが、そういうものはほとんどない。環境問題も、犯罪も、減らすことが良いといわれる栄養素や増え続けるアレルギーも、形として存在している物質が悪いのではなく、人間の意識が根本原因となっていることが多い。
 世の中には単純明快なものは少ない。子供には、「わかりやすく」ではなく、「わからない」と思うことを大事にする教育をしようとする流れもあるらしい。考える力がそこから生まれるからだ。それは、「わかった」つもりになっている大人にも同じことがいえるのかもしれない。

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