青磁

2007.12.20

 ランチタイムを、いつものように同僚と過ごす気にもなれず、オフィスを出て足早にエレベーターに乗る。
 外に出て、冷たい風に、コートを忘れてしまったことに気づいた。人とクリスマスの飾りで、いつも以上に通りはにぎやかだが、水中を見ているようにボヤけて見える。
 ふと頬を何かが流れた。「街中を泣きながら歩くなんて、まるでドラマみたい」なんて考えている自分に、まだ少しは心のゆとりがあるのかもと安心して、頬をぬぐう。
 しばらくして、また伝う。思わず上を向く。いつの間にか、空を厚い雲が覆っていた。
 涙ではなく、雨だ。
 近くの店先の小さなひさしに入る。本降りになりそう。でも傘を売っていそうな店が見あたらない。そういえば、財布も持っていない。
 つくづくついていない。こんなときに雨に降られるなんて。すべてに見放されたようだ。
 そんな気持ちを肯定するように、雨足は次第に強くなってくる。
 走って帰る気にもなれず、振り返ってお店のウインドウ越しに中を覗くと、たくさんの器が並んでいた。
 私にはあまり縁のなさそうなお店だけど仕方ない。ガラスドアを押して中に入る。誰もいない。
 この店に入ったのは失敗だったかもしれない。どの器も「私が一番」という自信にあふれているようで、見るのが辛い。
 ふと目がとまる。淡い水色が今にも目の前から消えてしまいそうに儚い器。そのうえ、触れただけで壊れてしまいそうなほど、一面にヒビが入っている。
「カンニュウと言います」
 驚いて振り返ると、60代か70代くらいの年配の男の人が立っていた。このお店のご主人なのだろう。
 カンニュウって聞こえたけれど、何のことなのかわからないまま、頷く。すると興味があると思われたのか、説明が続けられた。
「窯から出して熱が冷めていくときに、素地と釉薬の収縮率の違いが生まれて、不思議な音を立てながら表面にヒビが入っていきます。初めは、偶然できてしまったヒビでしたが、それを失敗とは思わずに、もっと美しくつくろうと、いろいろな工夫が凝らされてきました。しかし、やはり、人間の計算通りにつくることはできません。いろいろな条件が重なり合うことで想像を超えた美しさが生まれるのです」
 カンニュウというのは、器のヒビのことらしい。まるで私の心と同じ。温度差でひびわれてしまった器。ひびわれるときの不思議な音は悲鳴。そんなことをボンヤリ考えていた。
「人間も同じなのかもしれませんね」
 えっ? 振り返ると、ウインドウのほうを指しながら、
「あの色を追い求めたのが、その青磁です。見失ったように思うのは一時で、必ず、空はそこにあります。雨のあとの空は、特別、美しいものです」
 雲の切れ間から、わずかに青磁の色がのぞき始めていた。
青磁は中国でつくられた陶磁器で、起源は紀元前14世紀頃とされている。後漢〜西晋時代に浙江省の越州窯、そして、青磁が最盛期を迎える北宗時代後半から南宗時代には、浙江省の龍泉窯や南宗官窯、江南省の汝窯など、多くの名窯が生まれた。
植物の灰を溶いた液体に長石という石の粉を混ぜたもの=釉薬(うわぐすり)を、1300℃もの高温で熱することによりガラス質に変化して、独特の色つやが出る。
釉薬や素地(きじ)に含まれる、わずかな鉄、そして、青磁の釉薬に含まれる酸素を燃焼させるために、窯の中の酸素を限りなく少なくすることが、青磁の独特の色をつくりだす大切なポイントになる。同時に、空気が釉薬に閉じこめられてできる小さな泡に光があたって乱反射することで、ますます美しい青が生まれる。
ひとくちに青磁といっても、薄い水色のものから濃い緑色など様々な色がある。たとえば「汝窯(じょよう)の青」は、空や海、宇宙に通じる色とされており、「雨過天晴 雲破処[うかてんせい くもやぶるるところ]」(雨が過ぎ去った後の空の色)と表される。
日本では、17世紀頃に肥前(長崎県、佐賀県)で青磁がつくられ始め、色絵を組み合わせた青磁染付など、日本独自のものもつくられた。

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