洗いすぎ注意(2)

2008.4.24

 NHKの「ためしてガッテン」で、「本来、耳の穴の入り口から1cmくらいのところにしかない耳あかを、間違った耳掃除で奥に押し込んでいる」と言っていた。気をつけなくてはいけないのは、通常の耳掃除でも、耳の奥の皮膚は薄いため、傷つけたり、炎症の原因になってしまうことがあるということ。多少の耳あかがあっても、その湿度が耳を保護するためには良いらしいのである。
 耳掃除の仕方は、みんな、特には教わらなかったはずだ。奥に押し込んでしまったかもしれない耳あかは、専門の人に掃除してもらうしかないのだろうか。

 学校で習った歯磨きの仕方は、知らないうちに変わっていた。歯磨きという言葉がいけないのである。「歯」を磨く、というより、「歯間磨き」や「歯茎磨き」と言ったほうが、正しいイメージで捉えられていたのかもしれない。耳掃除も「耳の入り口掃除」。これなら、一生懸命、耳の奥まで掃除しようという気にもならなかったはずだ。
 余談だが、変えるという意味で「改正」という言葉を使う。アンケートで、「この改正について、賛成か反対か」と聞かれると、答えを出すのに難しい場合があるように思う。正しく改める(変える)という意味では賛成だが、定義されているように変えることには反対の人は、「反対」になるのだろうか。アンケートといわれるもの自体が厳密なものではないのだから、しょうがないのかもしれないが、2つの答えから選択するのは難しいこともある。

 話を戻して、「歯磨き剤は、歯を磨く目的のためには不要である」という意見を聞いて、なるほどと思ったことがある。
 最近では、歯茎に良い成分が入っている歯磨き剤もあり、一概には言えないが、その理由は、歯磨き剤の”爽やかさ”が、逆に、短い時間で十分に歯を磨いたと勘違いする状態をつくりだし、磨くこと自体をおろそかにするから、である。また、ゴシゴシ、無用に擦る間違えた磨き方などで、歯の表面や歯茎を、配合されている研磨剤で傷つけることもあるらしい。

 歯磨き剤も種類が多くなり、選ぶのに困るくらいである。味の違う30種類の小さな歯磨き剤がセットになっていて、気分次第で、今日はチョコレート味! ! などと、1日ごとに使い分けられるものもあるようだ。

「選ぶこと」が非常に多くなった。まさに、「生きることは、選択の積み重ね」なのだ。
 職業の種類も増えて、生活スタイルも決まり切ったものだけでなくなったのは良いことだと思う。昔の20代のイメージからは想像できない、車に興味を持たず、貯金を趣味とする人も増えているそうだ。しかし、これは先行きの見えない不安定さによるものが大きな原因らしい。いつも、時代は生き方に大きな影響を及ぼす。若者をターゲットにする企業は、いままでの概念をガラリと変えなくてはいけなくなっているらしい。

 商品パンフレットを見ても、カウンターでコーヒーを頼むのにも、オプション追加からサイズに至るまで、様々な選択ができるようになった。組み合わせの多さを考えるとセミオーダーに近い。基本のものしかなくて不便なことが多かった頃を考えると、とても便利になった。
 しかし、常にYES or NOの枝分かれテストを解いているようで、疲れてしまうと感じるのは、年のせいだろうか。
 選択肢が多くなったのは、結論がどうなるかを考えることで、想像力を働かせることができるという良い点もある。と思うのだが、もしかしたら、結局は既成の中からチョイスしているだけで、選択肢が増えたことによるストレス反応だけが増しているだけ、なのかもしれない。

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