「ルバイヤート」オマル・ハイヤーム
(「ルバイヤット」オーマー・カイヤム)について

2006.3.26

 思えばこの古ぼけた隊商の宿は
 その扉夜とかわり日と移りつつ、
 栄(はえ)を尽したスルタンを次から次へと迎えては送った。
 彼等の泊まったのはほんの一刻(ひととき)、独り黙って旅立った。

「ルバイヤット」第十六歌 オーマー・カイヤム/森亮訳(国書刊行会刊)より
 *李白(〜762年)の「天地は万物の逆旅(旅宿)にして、光陰(月日)は百代の過客(世の旅人)なり、浮き世(はかなきこの世)は夢のごとく、歓を為す(よろこびたのしむ)こといくばくぞや」と同じ思想が見られると注解に書かれている。

 この永遠の旅路を人はただ歩み去るばかり、
 帰ってきて謎をあかしてくれる人はない。
 気をつけてこのはたごやに忘れものをするな。
 出て行ったが最後二度と再び帰っては来れない。

「ルバイヤート」 オマル・ハイヤーム/小川亮作訳(岩波文庫刊)より

 オマル・ハイヤームに初めて触れたのは、1996年の夏。有栖川有栖氏の「孤島パズル」(創元推理文庫)の文中だった。
 さりげなく出てくるハイヤームの四行詩がストーリーと絡まって、良く合っていた。
 ルバイヤート(あるいはルバイヤット)とは、ペルシア語で四行詩の意味の「ルバイ」の複数形で、四行詩集のこと。しかし今では、オマル・ハイヤーム(英語式にはオーマー・カイヤム)の四行詩を指すことが多いらしい。もともとルバイは、ペルシア詩の重要な一形式で、複雑な韻律的規定があり、回教の思想などが詠み込まれている。
 思想そのものを深く理解して、なおかつ原詩の脚韻の踏み方をそのまま訳すことは難しいようで、なかでも韻を忠実に訳している次の詩はF・ローゼン氏が英訳したものを翻訳したもの。(国書刊行会「ルバイヤット」の解説より)

 五欲とつねに闘へど我なす術をしらぬなり。
 己の仕業くやめども我なす術をしらぬなり。
 我を見そなふ大神の逃し給ふと知りてだに、
 見極められし恥ぢらひに我なす術をしらぬなり。

 翻訳は、詩であれ文章であれ、原文が読めなかったり、背景がわかりにくい他国のものや、時代の違いを越えて、読めるようにしてくれるため、とても重宝だが、改めて思うのは、最初に手にした訳によって、印象がかなり変わるということだ。
 11世紀のペルシア(現在のイランのホラサン地方)の天文学者・数学者・哲学者であり、詩人であるオマル・ハイヤームの詠み遺した詩は、多くて300篇ほどと言われている。
 日本へ持ち込まれたのは、東大でラフカディオ・ハーンが講義したことと、明治32年に丸善発行の英詩の選集「The Victorian Lyre」に英訳第四版の101篇すべてを収めた上田敏氏(英文学者・ 翻訳家・評論家)による。
 私の手元にある「ルバイヤット」(森亮訳/国書刊行会)には75篇が掲載されている。これは手紙が、書簡文学史上の傑作として名高いエドワード・フィッツジェラルド氏(イギリスの翻訳家・詩人)が、1859年に匿名で英訳して自費出版した初版が元になっている。*1859年はダーウィンの「種の起源」が発表された年。ちなみに岩波文庫の「ルバイヤート」は1948年に初版。
 オマル・ハイヤーム(1040年頃に生まれたと推定)の生まれた頃、ペルシアはセルジュック・トルコ帝国の支配下にあり、1074年、7名の学者とともに、皇帝マリク・シャーから暦を改正することを命じられる。それが、ジャラーリー暦で、歴史家ギボンは「ユリウス暦を凌駕し、グレゴリオ暦の正確さに迫る」とし、ジョージー・サートン(科学史家)は著書「自然科学史序説」第一巻で「グレゴリオ暦以上に正確だろう」と評している。オマル・ハイヤームの科学系出版物で有名なのは「代数学」、またユークリッド幾何学の定義に関する論稿は、原稿のままライデン大学の図書館に蔵されているらしい。
「ルバイヤート」はオマル・ハイヤーム死後に、編纂されたものとされており、原本にはどうやら、他のペルシア詩人の詩も紛れ込んだりしているとされている。
 最後に、「ルバイヤート」は、多くの人に翻訳されており、国書刊行会のフィッツジェラルド氏の訳は、かなり自由奔放であると「ルバイヤット」(国書刊行会刊)に書かれていることを書き添えておく。

参考資料:国書刊行会刊「ルバイヤット」オーマー・カイヤム(森亮訳) 1986年発行

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