利他行動

2008.12.21

「情けは人の為ならず」
 20代になってはじめて
、このことわざが「情けは相手の為にならないから、情けをかけ過ぎるのは良くない」ではなく、「情けをかけるのは、相手ではなく自分の為なのである」という意味だと知った。
 そちらのほうがことわざとしては奥が深い。なるほどと納得したが、ことわざや格言にあるような心を持とうとすると、現実社会では矛盾に悩むことも多い。
 たとえば、相手を信頼しすぎると、物質的、精神的に騙されたり損をしたりすることがある。
 だからといって、1人の人間、たとえば犯罪を犯す人に良い心がまったくないとは思わないし、逆に聖人君子のような人が状況次第では犯罪を犯すこともありうると思っている。
 偽装工作や収賄、悪しき慣習などが露呈するにつけ、監視の目や法がなければ、人間は悪事に、つい足を踏み入れてしまう動物なのだという気がする。それに対抗してルールをつくっても、詐欺や飲酒運転、未成年者の喫煙などはなくならない。結果的に、ルールを守ろうと考えている人のみが、煩雑な手続きなどで不便さを被ることになる。

「サイエンスZERO」シリーズ・ヒトの謎に迫る(3)(NHK教育テレビ 12月21日)で、信頼について行なったテストを紹介していたが、「たいていの人は信じられる」かという問いに対して、アメリカ47%、日本では26%だった。「たいていの人は他人の役に立とうとしている」かという質問ではアメリカ47%、日本19%で、より差が開いていた。

 イメージとは逆だったので少し驚いた。日本のパーセンテージは、何十カ国の中で低いほうから数えたほうが早いのだそうだ。
 番組では、理由の最大のものとして、日本人は、同じ集団の中では評価を気にするため、騙されることはないだろうという前提で信頼関係を持つが、同じ集団以外に対しては信頼関係を持ちにくいのだと説明していた。
 日本人のみを被験者とした実験(利他行動の起源を調べた実験)では、誰も見ていなくても相手を知らなくても、気配りをして公平な行動をとろうとする人が約半数。そこに、条件を加える(相手を知らせる、あるいは本物の人間でなくても目(の絵)を置くなど)ことにより、無意識(潜在意識)に人の評価を気にしてパーセンテージが上がったが、それはそれで怖いと思った。
 また、日本人のみの別の実験では、人を信頼する度合いがもっとも高いレベルにあると答えた人は、相手の行動を予想する(相手を見抜く)的中率も高いという結果が出ていた。
 解説では、人を信頼していない人は危ないことを避けるため裏切られることも少ないが、そのぶん経験が少なく免疫がないため騙されやすくなるが、人を信頼している人は仮に失敗することがあっても、その教訓を生かしていくことができるからだとしていた。
 実験データは傾向を示すもので、すべてではないと思う。ただ、最初のアメリカ人と日本人の結果に照らし合わせてみると、日本人の多くは君子危うきに近寄らずで、結果的に騙されやすいのかもしれないと思った。
 おもしろいと思ったのは、番組では特に言っていなかったが、中途半端な信頼度の人のほうが、信頼度の低い人よりも見抜く力が低かったこと。
 
  

 誰かの欲、あるいは無責任さ、そういったことで、うまくいくはずのこともうまくいかないことがある。それを読みとれなかった自分の未熟さに悔しい思いをし、もう簡単には相手を信用しないとも考える。自分を犠牲にして相手のことを考えて取った行動が裏切られると、なおさら悔しい。
 人間には、相手の利益のために自分が損をしても行なう行動(利他行動)があるそうだ。つまり協力することによって、みんなにとって良い結果を導き、廻り巡って自分にも良い結果や評判を得ることができると考えるのだそうだ。
 ただし、自分が損をするだけの結果に終わることがわかっている時には、利他行動はとらないという。
 それはつまりーー? 複雑な心境である。
 

 FIFAクラブワールドカップジャパン2008を見ていて、同じ目的に対する思いの強さ、一番思いの強い人間に引っ張られてパワーアップする組織力、信頼関係、そういったものが、個人のレベル差以上に勝敗に大きく影響していることがサッカーは素人だが、よくわかった。
 相手を信頼することは本当に難しいと思う。極論すると、医者や、仕事の取引相手、友達に、自分の大切な物を預けることができるかどうかだともいえる。考えれば考えるほど迷いが生じてくる。人から聞いた評価に心が揺れることもある。
 最終的には、相手が信頼できるかどうかの判断ではなく、自分が信頼するかどうかという判断を信じるしかなくなる。つまり、信頼とは、自分の出した結論を信じるということなのである。
「騙された」「裏切られた」というのは、相手だけが悪いと言っている言葉で、自分に、未熟さや、相手にそういう気持ちを持たせるような行動、打算や欲がなかっただろうか、と考えてみることも大切なのではないだろうか。
 余談だが、人間の「心」は後天的につくられるものだけではなく、赤ちゃんの頃からすでに人間が持つ共通の「心(潜在意識)」が備わっているという考え方があるそうだ。
 赤ちゃんは、親や周りの大人を信頼している。それは生存のためにインプットされているものなのかもしれない。どうであろうと親はその信頼に応えようとする。相手が赤ちゃんでなくても、信頼を示してくれている相手を、最後の最後まで欺き通すことができる人間はほとんどいないと思うのである。 

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