信じる

2009.4.8

「信じる」ことは難しい。信じるためには相手も関係していると考えていたが、最終的には「自分の判断」でしかないのかもしれない。
 たとえば、100人中99人が信じなくても、自分だけ信じることもできる。逆もしかり。
 心配のあまり、親が子供の知らないところで手助けしてしまったことを知った息子が「僕のことを信用していない」と怒るドラマのシーンがあった。
 親の立場になると「伝わらないもどかしさ」を感じ、子供の立場では「悔しい」。そして、双方とも「悲しい」。
 両方が相手のことを思いやっての行動なのにと、せつなく感じた。
 信じていても、信用していても、「心配」や「不安」はわき起こる。
 結局、自分の感情でしか相手を見ることはできないものなのかもしれない。
 心配や不安な気持ちのときに、周りからあおり立てられると、ますます心は揺れ動く。
 でも、周りの人の声より、自分の理屈や感情より、相手の言葉が信じられるのなら「信じて」いるのだ。「信じたい」気持ちのほうが強いのだ。
 実際はどうであったとしても。

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