…心は非常に敏感なレンズであり、ほとんど自動的に開閉するからだ。その開きかげんや閉じかげんも微妙だ。自動露出計をセットされているかのように、相手次第で、またその場の空気次第で、無意識に変わる。それはしばしば自覚を越えた微妙な働きであり、会話もその微妙さにしたがって変わる。
『会話を楽しむ』
加島祥造著/岩波新書 より
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…どんな書き振りの文だって、書き手の意図なんか読み手には全く判らんのだよ」
そう云うものだろうか。そう云われればそんな気もする。
「凡ては読む者の推測に過ぎない。その推測こそが読書を娯楽として成り立たせているのだ。公文書や約款なんかが恐ろしく諄(くど)い書き方をするのは、文意の解釈に幅があってはいけないからだ。それでも穴はいくらでもあるんだよ。一方で小説は幅があってなんぼだからね」
作者の意図など十割通じないよと中善寺(ちゅうぜんじ)は強い口調で云った。
『邪魅の雫』
京極夏彦著/講談社 より
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大量に残っているクロッキーは、まるで子供の悪戯描きだ。辛うじて人間の形には見えるが、いま其処に居る実菜(みな)では決してなかった。
人は表面だけのものではないのだ。形状(フォルム)や質感(ディテール)だけを追い求めても、人を写したことにはならないのかもしれない。
そう思うと何も描けなくなった。
或るものを観た通りに描くことしか出来なかった私には、為す術がなかった。
『邪魅の雫』
京極夏彦著/講談社 より
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「兄貴も気をつけたほうがいい。まっすぐに行こうと思えば思うほど、道を逸れるものだからね。生きていくのと一緒だよ。まっすぐに生きていこうと思えば、どこかで折れてしまう。かといって、曲がれ曲がれ、と思っていると本当に曲がる」
「カーブしか投げられないピッチャーみたいだなあ」
「フォークしか投げられない投手よりはましだけど」
「落ちていくだけってことか」
『重力ピエロ 』
伊坂幸太郎著/新潮文庫 より
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一八七四年(明治七年)六月、鹿児島に私学校ができたときに、校長になった篠原国幹は「先生、学校の規則は、いけんし申そうかい(いかがしましょうか)」と西郷隆盛に尋ねたそうである。すると西郷は言った。「おはん(貴君)が規則になりやれ(なりたまえ)」まことに短い言葉だった。「校長よ、君、規則たれ」とは、なんと痛烈な含蓄をもった言葉であろうか。
『代議士秘書は見た! 』
松尾正夫著/文芸社 より
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地獄の鬼になるくらいなら、畜生のほうがいい。人を陥れたり、殺したり、盗んだりする輩ばかりを畜生と呼ぶわけではない。他人の不幸を喜ぶ、その心根を持つ者はなべて同じだ。鬼も、畜生も、どちらにせよ逃げ道はない。それでも、鬼だけはごめんだ。
『神無き月 十番目の夜』
飯嶋和一著/小学館文庫 より
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知識は、確かに年月と共に堆積し、年輪を生む。年長者の方が、通常は知識が豊富であるのはこのためだ。が、それはまた、体積の重みでその形が壊れたり歪んだり、年輪が薄れてはっきりしなくなる危うさも秘めているのである。
『メロス・レヴェル』
黒武洋著/幻冬舎文庫 より
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数学者という人たちは、完全な証明がされないうちはどんな主張も認めないことで知られている。イアン・スチュアートは『現代数学の考え方』のなかで、数学者たちのそんな評判を伝える小話を紹介している。
天文学者と物理学者と数学者(とされている)がスコットランドで休暇を過ごしていたときのこと、列車の窓からふと原っぱを眺めると、一頭の黒い羊が目にとまった。天文学者がこう言った。「これはおもしろい。スコットランドの羊は黒いのだ」物理学者がこう応じた。「何を言うか。スコットランドの羊のなかには黒いものがいるということじゃないか」数学者は天を仰ぐと、歌うようにこう言った。「スコットランドには少なくとも一つの原っぱが存在し、その原っぱには少なくとも一頭の羊が含まれ、その羊の少なくとも一方の面は黒いと言うことさ」
『フェルマーの最終定理』
サイモン・シン著/青木薫訳/
新潮社 より
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「狂った人間に、あんな真似ができると思うか?」梶間は言った。
闇のような瞳が一瞬だけ揺れたように見えた。
たしかに、狂っていたら、できないだろう。
そのとおりだ。
正常な奴の方が、ずっと恐ろしく、悲惨で、そして、冷たい。

『λに歯がない』
森博嗣著/講談社 より
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だからといって彼が、嘘を吐いたり、おべっかを使っている、というわけではない。褒めているときは本当に褒めているのだ。ただ、マイナス的な要素を言わないだけだ。思っていることを違うふうに言うのは嘘になるが、口に出さないことは嘘にはならない。
ようするに、芝野が腹でなにを考えているのか読めないことがーー本心を口に出さないところが、いまひとつ彼を信用できない一番の理由だ。
『鬼子』
新堂冬樹著/幻冬舎 より
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「そういった、何故そうしたのか、という理由に立ち入ると、最初から数々の可能性が否定されてしまうことになるんじゃないかな」山吹が言う。「そうじゃなくて、物理的にどんな方法が現実にありうるのか、をまず問うべきだよ。理由というのは人間の気持ちの問題であって、そんな心理まで考慮していたら、結局は論理に曖昧性を持ち込むだけで、目標が霞んじゃうと思う」
『τになるまで待って』
森博嗣著/講談社 より
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一方、謎が解消するという概念もまた、単なる思い込み、あるいは推論による納得、それとも、最適な解釈による妥協でしかない。自分の中で、何かが歩み寄った結果だ。(中略)自分が掴んだ、と思える真実とは、自分が作り上げた都合の良い真実である。
『φは壊れたね』
森博嗣著/講談社 より
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知と愛とは同一の精神作用である。それで物を知るにはこれを愛せねばならず、物を愛するのはこれを知らねばならぬ。
『善の研究』
西田幾多郎著/岩波書店 より
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進化は常に追い詰められた状態で起こるんだ。絶滅の危機に瀕したギリギリの状態で。それに、生み出された新しい形質が、最初から種の保存に有利だとは限らない。
『DZ(ディーズィー)』
小笠原慧著/角川書店 より
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脳内から飛び立とうとする理性を引き戻した。
『銀行籠城』
新堂冬樹著/幻冬舎 より
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最初のうちは良かったが、途中から道なのか、ただの地面なのか分からないような状態になった。
『戦争廃墟』
写真・文 石本馨/ミリオン出版 より
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手がかりは調理法なしの材料のようなものだーー正しい方法で全部を混ぜあわせれば食事にありつけるが、調理法がわからなければ途方にくれ、空腹のままキッチンに長いあいだいることになる。
『PLUM ISLAND』
ネルソン・デミル著・
上田公子訳/文藝春秋 より
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「確かに、ずっと黙っていられるってことはすごい贅沢なことだと最近思うよ。常に我々は誰かを説得しなきゃならないし、説明しなきゃならないし、笑顔を振りまいて敵意がないってことを示してなきゃならない。仕事してれば電話には出なきゃいけないし、二言目には説明しろって言われる。家でもしょっちゅう、何考えてるのとかどういうことなのとか説明を求められるしね」
『黒と茶の幻想』
恩田陸著/講談社 より
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「え、ほんまに極楽てあるのかいな」
「おまっせ、人間は何でも理屈で判断したがりますやろ。そやから神仏の世界がみえしませへんのや」
「ほんなら、どないしたら見えるのや」
「そうでんなあ、直感するほかに、見える方法はないやろと思いまっせ。たしかにあると感じる経験を、一生のうちに持てる人と、持てない人がおます」
『最後の相場師』
津本陽著/角川書店 より
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「だって、愛している人の自己犠牲を目の前にしたら、見せられる方は……綺麗にいえば胸が痛む、もっといえば、感動するより負担になるんじゃありませんか。男にしたって女にしたって、愛してる片方が、夢をあきらめて、その代わり自分べったりになってくれたとしたら、そんなの我慢出来ない筈ですよね。ちょっと待てよ、といいたくなりますよね。……だって自分だけを愛してくれるから、その人に魅かれるわけじゃないでしょう。……その人が、自分以外の何を、どのように愛するのか、……それを知るからこそ、相手を愛せるのでしょう?」
『ターン』
北村薫著/新潮社 より
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酒は楽しいときに呑めといったのは親父だった。大学のゼミの教授からは仕事や勉強が一段落したときに呑めと教わった。競馬新聞の編集をしている髭面の叔父さんは「まず呑め。呑めばほとんどの問題は解決する」と宣う。俺は迷わず叔父さんの意見を採用した。
『俺はどしゃぶり』
須藤靖貴著/新潮社 より
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「正確な位置を確認したくて、ここにいるわけじゃない」犀川が淡々と言う。「普通の生活で、町を歩いていても同じこと」
位置を確認するために存在しているのではない。
価値を確認するために生きているのではない。
『有限と微少のパン』
森博嗣著/講談社文庫 より
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運命なんて犬と同じだ。逃げる者に襲いかかってくる。
この地上に楽園なんてない。自然は真空を嫌うけれど、
神は楽園が憎いのだ。幸福と安楽へは不幸と苦悩が沁み込むが、その運動は不可逆的だ。
それが神が決めた第二のエントロピーの法則なのだ。
『双頭の悪魔』
有栖川有栖著/創元推理文庫 より
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大人になること。正しさの基準を外の世界にではなく、自分自身の中心に据えること。
『うつくしい子ども』
石田衣良著/文芸春秋 より
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