まったく関係ない話だが、何十年も前、小学生低学年の頃、いきなり野良犬に追いかけられたことがある。今でも、小型犬とじゃれていて、ふとした拍子に吠えられると怖くなる。
私は田舎道を歩いていた。ふと視線を右の脇道に振ると、50mくらい先から、うなり声とともに数匹の犬が向かってきたのだ。
思わず、逃げてしまった。考える余裕はなかった。

泣きそうになりながら必死に走ったが、ふと気づくと、襲いかからんばかりだった犬の声が聞こえなくなっている。
走りながらも振り返ると、10mくらい離れたところで男の人が犬を止めてくれているのが見えた。
お礼のことなど思いつきもしなかった。家に帰ってから足に痛さを感じた。走る途中、木材から突き出ていた釘が、薄い運動靴の底から足を突き刺していたことに気がついた。

     
大変信仰の厚い人が、不幸な出来事をきっかけに「神」に怒りと悲しみをぶつけるシーンを、映画などで見ることがある。こんなにいい人なのに、まだ試練を与えるのか、神は本当は「楽園」が嫌いなのかと同調する。
その人間に越えられない試練は与えられない、とも言うが、「買いかぶり」なのではないかと思うことがある。
力不足で、逃げるだけしか方法がない時もある。ただ、運命から逃げずに痛い思いをしたことより、逃げて自分の痛みを軽減させた時の方が、後で痛みが強くなる事だけは、確かかもしれない。
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