決断だらけの毎日。決断力のある人はともかくとして、「決断力がない」と思っている人も、良く考えてみると、本当は毎日、決断の連続である。そうしないと生活に支障が出ているはずだからだ。
たとえば、朝。何を食べるか。口紅や香水やネクタイはどれにするか。
そんなことは決断には入らない、あるものを選んでいるだけだから、というかもしれないが、その決断も、決断のうちなのである。
「決断力がない」というのは、当てはまるもののうちのどれかを選択できない、つまり他のものを捨てられないか、あるいは、決めるまでの時間が長いだけである。
確かに、決断力がある方が物事がスムーズに動くこともある。
だが、こんな人もいる。
「決断は早いけれど、その決断が長続きしない」。
一人の人間の考え方は、その人のすべてに共通することが多い。つまり、選択したものも、すぐに捨てられる。決めるまでの時間が短いので、そのことに対しての愛着もない、ということなのだろう。
「決断力がある」人すべてがそうであるとは言わない。なかには、決断が早く、行動も早く、仮に結果が思うような方向にならなかった時にも自分以外に責任転嫁することもなく、次へ向かって進める、立ち直りが早い人もいる。
「決断力が(少)ない」人は、そのことで、チャンスを逃すこともあるだろう。しかし物事は表裏一体。
選択することを渋って、そのまま見ぬふりをすることや、自分の決断に対して責任を放棄してしまったり、他に転嫁することに比べたら、「決断力の無さ」は、悩むことではない。
お酒が好きな人に言わせると、「まず、飲もう」と言う。そうしなければ、前へ進めない、と。
正直なところでは、飲み過ぎた翌朝の不快感や、解決しないことがわかっていてそうしてしまったことへの嫌悪感が増しているらしい。体や精神が壊れるほどのお酒や、迷惑をかけるほどの酒乱はやめたほうが良いと思うが、繰り返される小さな後悔だけなら、ある意味、心地良いだけで済む。
いろいろなしがらみで、結論が出しにくいこともある。そんな時には、まず自分が好きなことをしてみる。音楽が好きな人にとっては音楽。お酒を飲むのが好きな人にはお酒。同じことなのである。
もったいないと思うのは、目的を見失ったうえに、お酒を飲んだことに対する後悔だけしていることである。
それでは、お酒もかわいそうだ。
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