「もう、恋はしたくないけれど、愛することは忘れずにいたい」と誰かが言っていた。恋は、嫉妬したり、不安になったり、自分の醜いところを見なくてはいけないけれど、愛はそれをすべて超えて、愛する人が幸せでいられるなら、それが幸せだと思えるからだ、と。
「恋」と「愛」の違いは、言葉の上からいうと、人類愛や、宗教上の愛、師弟、親子、兄弟など、「愛」は広く使われることである。対して、恋は、一人の相手のすべてを知りたいと思い、自分を一番に扱ってくれて常に注目してくれていなければ気が済まないという感情をも湧き起こさせる強いものだ。まるで、生まれてきた妹か弟に母親を奪われたような不安定な子供の精神状態に似ていて、素直でかわいい感情、といえなくもない。
しかし、それを愛情をはかるバロメーターだと思ってしまうと、大きな勘違い。勘違いが「恋」だともいえるのだが。
かといって、自己犠牲は、生半可な気持ちではできない崇高なものだが、強要していなくても何かの犠牲になっている相手を見て、辛く思わなければ、その関係はまやかしである。逆に、自分がいつも犠牲を強いられていると感じていては、いずれ崩壊する。
愛は、何も、許すことでも与えることでもない。もちろん、相手を人前で立てることでもなく、プレゼントを忘れずに買って帰ることでもない。
たぶん、究極のシチュエーションでも相手のことを信じることができて、相容れない考え方も認めることができるかどうかなのだと思う。そこには、相手が自分をどう思っているかは関係ない。自分がそう思えればいいのである。
このシンプルな感情が最も難しい。
難しいからこそ、夫婦は長く連れ添うのかもしれない。ほんの何十年では、まだまだその境地に達することができないから。
2006.5.5
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