数学者の「少なくとも一方の面は」という慎重さには笑ってしまう。だが、天文学者の例えは少しかわいそうな気がする。とても潔い発想だと思うし、それが興味につながり発見を生むとしても。
科学者の論文に、断定形が少ないのを不思議に思うことがあった。普通、「科学的にも証明されている」という言葉は「紛れもない真実」という意味で使う。
しかし、あるとき、気づいた。それは「現時点では、おそらくそうだろうという真実」を表しているにすぎないことを。
それ以上に驚いたのは、数学者にとっては、矛盾の一切ない完璧さが成り立たない限り、結論がまったく出ていないのと同じだということである。
これらは、特別な存在、数学者、天文学者などの基本的な姿勢を表したものだが、案外、周りにいる人にもあてはまることに気づく。
数学者のような会話をする人と話していると、慎重で具体的過ぎて、結局、聞いている方は何が結論なのかわからなくなってしまいそうだし、天文学者のようなタイプと話をしていると、話はおもしろいが、思い込みが強すぎる。物理学者のような会話が一番無難に思えるが、無難すぎて結論が出てこない。
結局、すべてに万能なものはないのだろう。
2007.9.25
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