「規則」
あれば便利なもの。
少し遠回りしても、横断歩道のあるところを渡る、とか。ゴミは決められた通りに出す、とか。時間や事柄、取り決めた約束は守ること、とか。
決められた「規則」を守っていれば、人間として正しい行動をしているという安心感もある。

他人に危害を加えられる事柄が起きると、規則が新たに付け足される。
ATMで携帯電話が使用できない、自分のことを問い合わせているのに書類を揃えて対面でないと電話では答えてくれない、など。
タバコや携帯電話のように、片方で販売しているものを片方で禁止する規則は、矛盾があるため、何かと紛争の的にもなる。

完璧な規則はない。規則は、曲解したり、抜け道をみつけることもできるもの。なかには、不利益を被る者もできて、公平と言えない規則もある。
しかし、どうであれ、「みんながやっているから」破ってもいいというのはいいわけである。
規則には、些細なもの、重大なものという比較はない。どんなものも破れば「違反」である。

規則は、行動の中での最低限のルール。人が最低限、折り合っていくためのルール。
ならば、最低限のルールを守っているだけでは、正しい行動とはいえないだろう。
決められているから守るという考えを持つ限り、ふとした迷いで、決まりを破ってしまうのも不思議ではない。破ることが悪いのではない。なんのための規則なのかを理解していないことが問題なのである。

たとえば、ミスを報告することは個人の不利益にもつながる。しかし隠蔽されると会社の不利益になる。だとすれば報告しやすい状況をつくるほうが、全体の利益につながることになるという考え方もある。
規則をつくる側も、取り締まるだけでなく、なんのための規則なのかを考えてつくらなくてはいけないのだろう。
2009.3.8
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