2002.03.20.Wed
「わたし誰だか分かる?」 けたたましい着信音で携帯電話が鳴り、俺は、眉をひそめる事務員のオバサンを避けて外に出た。 呟くように「もしもし・・・」と応えた俺に、聞こえなかったのか 彼女がもう一度繰り返す。「わかる?」 生憎、女には縁の薄い生活を送っている。こんな真昼間、しかも永日に非通知で掛けてくる・・・そんな女に心当たりは1人しか居なかった。 「久しぶり。元気だった?」 「まあ、それなりに。えへへっ・・・」 「ああ、仕事中だから煙草一本分な」 何か言いにくそうに、けれど話し出そうとしていた彼女の言葉を遮って俺は言った。何しろその時の俺は、そんな彼女の様子なんかより、いじりかけの表計算ソフトや、そこに入れる関数に心を奪われてたし、何より丁度気持ちが乗ってきたところで・・・正直に言えば、少し煩わしかった。 陽子は負けん気の女だった。友人の紹介で初めて会った時は、まだ高校生で背がちっちゃくて化粧っけも凹凸も少なかった。だもんで俺もうっかり、「ガキじゃん」とか心の中で言ったしまったのだが、頭の中身が漏れていたらしく強か足を踏みつけられた。その凶器みたいな靴で。 俺が浪人でフラフラしてる時なんて、取ったばかりの免許で2時間も高速に乗って俺をさらいにくるようなヤツだった。 そんな彼女と俺が付き合っていたのはもう数年前の話で、そんな彼女だったから別れるときも、そりゃー一方的に切られたもんだ。 何しろ携帯のアドレスから着信履歴、着信メールまで、全ての痕跡を消して行ったもんだから、俺としても 「こりゃー相当嫌われてるわ」とか思ったりしたのだが、ナゼだかそれ以来、数ヶ月に1回、電話が掛かってくる不思議な関係だけが続いていた。よりを戻すとか、会ったりって話には一度もならないのだが。 前の電話はいつだっけ? 煙を吐き出しながら心の中で指折り数えてみると、やっぱり3ヶ月くらい前で、確か「卒業がヤバイ」か言ってた気がした。 「ってことは・・・」 「えっ、何?」 なんだか、どうでもいいような話を遮られて彼女が聞き返す。 「・・・卒業、決まったんだ?」 「あっ、うん。お陰さまで。 へへへっ、ギリギリよ、卒業旅行も行けなかった」 何がお陰さまなのかは知らないが、言うわりには残念がってない声で彼女は笑った。いつだって(車の中でも)ジーンズで胡坐かいて歯を見せて笑う女だった。 「ってことは、お前も社会人かよ? 勘弁してくれ」 「"俺も歳をとる訳だ" って? 」 「っ・・・。4つっか違わねぇだろう。勝手に人の台詞つくんなよ」言いかけた台詞を飲み込んで、変換する。4つも下のガキに言動読まれてちゃ、かっこつかない。 「・・・・卒業式だったんだ」 「はぁ?」 「今日ね、卒業式だったの。・・・・サボっちゃったけど・・・」 「はぁぁぁ〜!?」 「そろそろ終わるぐらいじゃない?まあ、夕方からの呑み会には行くつもりなんだけど」 相変わらず何考えてるか分からん女だ。 「で、久々に俺の声が聞きたくなったわけ?」 ちょっとだけ自惚れた振りをして聞いてみる。もちろんそれは、切り返されることを予測した台詞。彼女の前では、いつだってこんな男だった。 おどけて、自惚れてみせる。「惚れてんだろ?」「んな訳ないでしょ」みたいな感じで。 本当は、いつだってビクビクしていたんだけれど、そんな素振りをみせたことは無かったように思う。 それが、「会いに行くのもダルイ」とか「1日寝てるわ」とか、フラフラ浪人しながら、どうしようもないダメ男っぷりも見せてきた俺の、変なプライドっていうか拘りだった・・・気がする。忘れた。 っていうか、あの時期の俺とよく付き合ってたなぁ、と、今でも不思議だ。 「あははっ、全然!」乾いた声で笑って、冷たく否定された。 でも、それからたっぷり三呼吸くらい置いてから、「・・・かわんないね」と、少しだけ嬉しそうに彼女は呟いた。 「んーまあなっ、相変わらずバカやってるよ」無意識に2本目の煙草に火をつける タバコ一本分のつもりだったと気が付いたけど、構わずポケットの小銭を探り近くの自販機に向かう。そういえば、付き合ってる時分は、ほとんど電話なんてしなかったように思う。「話したければ会おう」とかお互い積極的に時間をつくっていたからなんだが・・・積極的に作って月3・・・いかん、本当に付き合ってたのか疑問になってきた。 「懐かしいね」 と、ふいに、どこか遠くを見上げるように彼女が言った。 何故だか同じものを見ているような気がして、俺も目の前のビルを見上げて返した。 ちょうど出向先が彼女の家の近くだったのもあって、仕事が早く終わりそうな時は、連絡取っては職場まで来させたものだった。 何をするでもなく車でフラフラしながら、何でも無い話題で、いつまでも話していた。俺の地元まで戻って、メシ喰って、駅で別れる。 「懐かしいな」もう一度、今度は俺が繰り返す。 「そうだね」どこかで何かを眺めながら彼女も頷いた。 不意に、風が吹いた。隅田川から吹き付ける風は何処からか、桜の花びらを乗せて通り過ぎてゆく。 「桜、満開だな」 「うん。 入学式も卒業式も桜咲いてるなんて、ちょっと不思議・・・」と、彼女は続けた。「嬉しいけどね」 (サボったくせに・・・)と、思ったことは言わないでおく。 「ああ、そういえば・・・」と、確かコイツは入学式も似たようなことをしていた気がした。それはイベントごとに乏しい俺らの付き合いの中で、珍しく彼女がせがんだことだった。 「大学生なんだよ」 「だから? 今日から4年は大学生のはずだが・・・」 「そうじゃなくって・・・だから最初の日ぐらい」 せがまれて、泣き落とされて、結局送っていくことにしたのだが、道に迷ってサボらしちまったんだった。 あの時は、結局川辺で桜見ながらサンドイッチ喰って帰ったっけ・・・ 「思い出した?」 「まあな」 また、風が吹いた。舞い上がる花びらの向こうの人物に何故か見覚えがある気がして・・・小柄な影に目を凝らす。 女が歩いてくる。真っ青なジーンズに、柔らくかく馴染ませた生地の真っ白なシャツを、ざっくりと着て・・・間違うわけが無かった。 (ったく、卒業式だってのにどういうカッコだ?)なぜか父親モードで(笑) 何か喋ろうとしたけれど、何ていっていいのか、何て伝えたいのか・・・・言葉を失って立ち尽くす。 「・・・・」受話器からの応えは無い。 「・・・・なんで?」再度、俺の問いかけに 「・・・・何となく、懐かしい道を辿って見ただけ・・・・何で居るの?」 「見ての通り、出向中。あのあと色々あって、今は週一で来てる。」 そう言って、コーヒーを一口啜った。「なんか随分痩せたか?」何となく間が持たなくて思いついたままに言ってみる。ずいぶんと顎が尖った気がした。 「少し、ね。 そっちは太った?」 「でっけーお世話だ。気にしてるんだから、それには触れるな」少しオドケテ言ってみせる。 「一応、気にしてるんだ・・・」それっきり黙ってしまって。 道を挟んで、ほんの10m程の距離で僕らは向かい合っていた。道って言っても裏通りだから、車が遮ってるとかそんなことも無い、ごくごく普通の通りだったから、ちょっと走れば簡単に捕まえられそうなものだったけど、俺はそうしなかった。 「で、どうする?」俺が聞くと、彼女は少しだけ首を傾げて考えてから 「ん、やっぱ帰るよ」そういって俺を見返した。 「そっか・・・」 何が「そっか」なのか全然分からない。引き止めて、もう一度・・・そうやって言ってるもう1人の俺も確かに居て。 ・・・・でも、結局、俺はそうしなかった。何故別れたのかも、偶然の再会でまであったのに、結局何も話さずに帰ることも、彼女がそうする理由なんて、何一つ分からないまま、もう一度俺は頷いて。 「そっか」 懐かしくて愛しくて、何だか訳が分からない感情が胸に一杯の胸を張って、俺は彼女の視線を受け止めた。 3本目の煙草に火をつけて、川沿いの道を帰ってゆく彼女を、やけに苦い思いで見送りながら、そっとつぶやく。 「さようなら」、と・・・。
for Dear... ※ この作品は、もちろん、120%フィクションです。「日々是寧日」の裏バージョンの、妄想日記なのでお間違えのないよう。 |