私のFENリスニング具体的体験シリーズ(33)

「私の英語遍歴

一つお願いがあります。
この連載をお読み下さる方は
是非、何らかのコメントを下さい

17.横文字は横文字、縦文字にしないで(3)

これに関連して戦時中、海軍兵学校の

校長をした井上成美中将が英語教育について、
その「教育漫語」の中で次ぎのように述べているが、
実に含蓄に富んでいる。
『井上成美』(井上成美伝記刊行会)から、
その一部を以下に引用しよう。

外国語教育ニ就テ
最近日本精神運動勃興シ拝外思想ヲ排斥スル思潮盛ナリ。
誠ニ結構ナル事ナルモ此等ノ運動ニ従事スル人物ノ
主張スル所概ネ浅薄軽卒ニシテ島国根性ヲ脱セズ、
外国語ヲモ眼ノ仇ノ如ク為ス者多ク
為ニ中等学校ニ於ケル英語熱ノ
誠ニ振ハザルモノアルハ遺憾ナリ。
本職ハ明言ス「此等浅薄ナル日本精神運動家ノ
外国語排斥ノ如キ似而非ナル愛国運動家ノ言ニ
雷同スベカラズ」ト。
(日本精神ハ此クノ如ク狭量ナル又左様ニ
簡単ナルモノニ非ズ、精神運動ヲ起サネバナラズト
感ジ居ル人コソ自身日本精神ニ欠クル有ルニ非ズヤ、
運動等セズトモ日本精神ハ日本人ノ血ノ中ニ厳然トシテ存ス)。
再言ス「外国語ハ海軍将校トシテ大切ナル学術ナリ」。ト。
英語ハ学問ニ非ズシテ技術ナリ。
(少クトモ兵学校教程ニ示ス英語ハ)言葉ハ
人種同士ノ符牒ニシテ規約ナリ。
其ノ使ヒ方ヲ知リ之ニ習熟スルコトガ其ノ技術ヲ習得スル所以ナルモ
本校教程ハ時数少ク之ヲ望ミ得ザルガ如シ。
然シ英語ニ対スル「センス」ハ充分ニ之ヲ育成シテ
卒業セシムル必要アリ、「センス」ハ音楽ヲ解スル為ノ
音楽ノ「センス」、美術ヲ鑑賞スル為ノ美術眼ニ比スベシ。
英語ノミナラズ外国語ヲ解スル力ヲ有スルコトハ
感覚ヲ一ツ余分ニ所有スル丈ノ利アリ。
少ナクトモ肉眼ニ加フルニ望遠鏡ナリ顕微鏡ナリヲ
以テスル丈ノ利アルヲ信ズ。

外国語ニ対スル「センス」養成ノ方策ハ
外国語ニ愈多ク親シム事ニ外ナラザルモ本校ノ如キ
時間少キ場合之ヲ望ムモ結局ハ虻蜂取ラズトナルベシ。
依ツテ本職ハ左ニ一案ヲ提ス。(極メテ大胆ナル表現ナルモ)
(一)兵学校ノ英語教育ハ文法ヲ基礎トシ骨幹トスベシ
(ニ)英語ハ頭ヨリ読ミ意味ノ分ルコトヲ目標トスベシ。
英文ヲ和訳セシムルハ英語ノ「センス」ヲ養フニ害アリ、
和訳ニ力ヲ入ルルハ英語ノ稽古ナルカ日本語ノ稽古ナルカ
分ラザルヤウニナルベシ。和訳ハ英語ヲ読ミ乍ラ英語ニテ
考フルコトヲ妨ゲ反対ニ英語ヲ読ミ乍ラ日本語ニテ考フル
コトヲ強フルヲ以テナリ
(三)常用語ハ徹底的ニ反復活用練習セシムベシ
(四)常用語ニ接シテハ其ノword familyヲ集メシメ
語変化ニ対スル「センス」ヲ養フベシ
(五)英文和訳ノ害アルガ如ク英語ノ単語ヲ無理ニ
日本語ニ置キ替エ訳スルハ百害アリテ一利ナシ。
英語ノ「service」ノ如キ語ヲ日本語ニ正確ニ訳シ得ザルハ
日本ノ「わび」トカ「さび」トカ云フ幽玄ナル語ヲ
英語ニ訳シ得ザルト同ジ

このような定見をもって井上校長は
兵学校の英語教育に力を入れたのである。
そこで、英語科が、全生徒に英英辞典を使わせたい
井上の要望にそい、5千冊の英英辞典を1度に、
かつ早急に調達するよう教務会議に提案した。
すると主計長がこれに対し消極的発言をしたので、
他の科の教官たちも同調し、あわや調達が保留に
なりそうなムードになった。その時、それまで黙って
聞いていた井上が言った。「おい、主計長!お金で
済むことではないか、君!」。こういうのを鶴の一声と
いうのだろうか。調達が決定したそうである。

今日も語学の必要性が叫ばれているが、このぐらいの
インパクトが全国的にあって欲しいものである。
朝の通勤時、私が通勤電車で見かける中学生や高校生は
昔と変わらず、昔ながらの単語帳を広げ、日本語の意味を隠しながら
上を向いて一生懸命に暗記している。この姿を見て、
今も昔も変わらない英語教育スタイルに慨嘆したくなるときがある。
井上もいっているように、英語は技術であって、学問ではないのだから、
車の運転と同じように考えて、教え、覚えるべきではないだろうか。
はじめは、だれでも、また何事も意識的に覚えざるを得ないが、
次第に無意識に、自動的に処理できるようになっていく、
そのような指導の仕方をすべきではないだろうか。

日本人は生来、本当に語学音痴なのだろうか。そうではないと思う。
教育の仕方が拙いのと絶対時間が不足しているからである。
札幌農学校(現北海道大学)の初代教頭として、1876年(明治9年)
に来日したBoys, be ambitious.のウイリアム・S・クラーク先生は、
妻あての書簡の中で当時の入学志願者の実力にふれ、
彼らがマサチューセッツ農学校に入学許可した学生の平均に
決してひけをとらないとその力に驚いている。
たしかに、この時代に高等教育を受けた
内村鑑三、新渡戸稲造、岡倉覚三など明治の先駆者たちは、
語学コンプレックスも持たず、外国人と対等につき合った。
それは、この時代にはまだ日本には日本自体の教育制度がなく、
日本に欧米の学校を誕生させるようなものだったからである。
10歳頃から20歳頃までの10年間、お雇い外国人教師について、
英語の教科書を使って、どの科目の授業も英語で受講すれば、
母国語以上に英語が上達しても不思議ではない。
1週24時間、純粋の英語漬けになっているのと、戦後このかた
精々週に英文和訳の英語を6時間程度やっているのではわけが違う。
今、21世紀入りを前にして、もう1度過去の歴史も振り返り、
確固とした英語教育理念を打ち立てるべきではないだろうか。

終わり

33回に亘り連載してきた「FENリスニング」は今回で終了しました。
次回から、一部読者の要望に応えて再度同シリーズを一から連載します。
同時にその要点を縮訳した私の英語版もお届けします

   以上につき、コメントくださる方