白状しますと、ぼくは子供の頃、かけ算にもつまずいてしまうような馬鹿な子でした。 しかも人から教わることが大キライな質で、さぞ親も困ったことでしょうね。「本を読みなさい。」と言われれば、『世界の七不思議』や『私はUFOを見た!?』なんて本ばかりパラパラと見ていました。
 それでも中学生になる頃には、なんとか人並みの成績を取れるようになっていました。そして読む本のレベルはアップしてはいたものの、アインシュタインの相対性理論をフィリップ・K・デックのSF小説のように読み、 デカルトもランボーの詩集のように読んでいました。 もちろん内容は1/10も理解出来ないんだけど、ぼくの好奇心を満たすには充分でした。



 今でも本棚の片隅にある『相対性理論の世界』を読んだ時などは、光にも速度があって夜空に輝く星の光は何千年、何万年も昔のもだと知って、「人はタイムマシーンがなくても、過去を見ることができるんだぁ」と痛く感動したもんです、ハイ。
 
 「勉強なんて何の役にも立たない。」って言う人いますよね。 それは「実生活の役に立たない」とか「お金を稼ぐのに役に立たない」と言うことでしょ? でも、人は役立つことだけしてちゃ死んじゃうよ。 たまには娯楽に興じて、着飾りって、美食を貪り喰って、少しは芸術も愛して、やたらと感動を求めているほうがズッ〜と人間的だし、みんなそうしてるよネ。


  人生、『役に立たない無駄なこと』がイチバン楽しい。 相対性理論はどのくらい役に立って、どのくらい稼いだんだろう? アインシュタインがB・ゲイツみたいに大金持ちだったって話も聞かないなぁ。 でも、アノ突飛な理屈がなきゃ、『スタートレック』もイマイチだったかも。
 
一体いつまで勉強や学問、知識や教養を換金できる物のままにしておくんだろう? せっかく豊かな国に生まれたんだから、難しいことはコンピュータにでもまかせて、 ささいな答えに捕われず、そのエッセンスを楽しめばいいじゃない。