2001年9月11日、貴方は何処で何していましたか?きっと覚えている人って多いんじゃないかなぁ。そう、ニューヨークでテロが起こった日です。
 世界貿易センタービルに2機の旅客機が突っ込み、ワシントン D. Cのペンタゴンにも1機、さらに1機がハイジャックされた末に墜落、二千数百の人命が失われました。連日、旅客機がビルに突入するシーンが何度となく放送されたけれど、誰もが言ったように「ハリウッド映画のよう」だった、現実に起こったとは信じられなかった。と、そんな風にどこか他人事のように思えるのは、乗っ取った旅客機で自爆するって前代未聞のテロ手段もさる事ながら、『火の粉が降り掛かる』距離にいないからじゃなったのかな。物理的にも精神的にも影響を及ぼさない遠いと〜い距離。その距離が二千数百の人命のリアル感を失わせていると思う。私もこのテロ事件を知った時、まっ先に思ったのは「こりゃ大変だぁ、戦争になるぞ〜」ってことで、その時点で亡くなった多くの人々の死については思い至らなかった。私が特別人の死について鈍感であったワケじゃないと思うんです。実は9月11日は兄の御葬式でした。きわめて身近な人の死を体験していながら、二千数百の死というものには意外なほどにアッケラカンとしていられたのです。

 『人命は地球より重い』と言ったのは福田首相だったっけ?それって果たして本当でしょうかね?見ず知らずの人の死はそれほど重くはないでしょう。身近な人の死はとてつもなく重いけれど、存在さえ知らない人々の死は、やはり存在しないも同じじゃないですか。テロの首謀者ウサマ・ビンラディンをかくまった国アフガニスタンでは過去20年間に250万人の死者がでていたそうです。9.11テロの原因とまで言われるパレスチナ問題でも戦闘は激化するばかり。一体、国際社会は何をしていたのでしょう。もちろん何もしていなかったわけじゃないでしょうが、大した結果も出せなかったのでは?ポル・ポト派が虐殺の限りをつくしたカンボジアしかり、インドネシアの東ティモールしかり。所詮は他国の内政問題、もしくはただの事件くらいの他人事でしょう。

 

 『人に話を聞かせるには、そっと声をかけてもダメ』だからと言って、人殺しを容認するわけにはいかないが、まさにアメリカに対する直接テロによって世界は初めてアフガニスタンに本腰を入れたんじゃないの?バーミヤンの石仏が壊されるって大騒ぎはしたけど、アフガンで人権が侵されてる事には無関心だった。
  日本ではアフガニスタンの復興支援会議が終わった今、アフガニスタンのその後よりも『真紀子VS宗男』で盛り上がってる。再びキナ臭くなって来たアフガニスタンの情勢が伝えられる事も少なく、キューバに移送されたアルカイダ兵の人権問題に至っては無視されてるも同然。
 2002年2月18日アメリカ大統領ブッシュが来日。話題の中心は日本の構造改革と『悪の枢軸国発言』問題。9.11の首謀者ビンラディンの事には触れられた様子もなく、“テロとの戦い”ばかりが話題にされている。
 ビンラディンの捕獲、その生死さえ問わないと言い放ったあの勢いは何処にいったの?振り上げた拳のやり場が見当たらなくなって、次に見つけた手近な相手がサダム・フセインだったってことなのか。ウサマ・ビンラディンやサダム・フセインといった『テロリストの顔』を持った人物やその一味に向けられる“テロ撲滅”の大儀を受け入れる事は容易だけれど、現実の攻撃でこっぴどくやられるのは、『のっぺらぼう』のアフガン国民であり、イラク国民じゃないのか。
 アメリカは今回の報復で捉えたテロ犯人を軍事裁判にかけるそうですが、人権問題からE.U諸国で異論も出ています。また、テロ防止にもつながる武器輸出の規制に関してもアメリカは反対。そしてアメリカ国内では『“反”報復攻撃』を訴えようとした女子高生が停学、裁判所も学校側を指示しました。一体、アメリカの言う民主主義や自由とは何なのか?アメリカが自

国の利益を守ろうとするのは当然だろうが、その為に幾つの国で血が流されなけ ればならないのでしょう。

 私は旅行好きでいくつかの国に顔見知りの人達がいます。自分だけが友達と思っている人(笑)や、言葉をかわしただけの人がいるだけで、その国や国民に対して少なからず親近感が湧くものです。その国で何事か起これば「あの人達はどうしてるだろう?」と心配にもなります。得体の知れない
『のっぺらぼう』には、日本人、外国人に関係なく多分に警戒心が働くものです。そのうえ『悪の枢軸国』『テロ国家』と名指しされてしまえば、まるでその国の人びと全てが悪いかのように思えてしまう。しかし、顔を覚え、名前を知り、挨拶をかわすようになれば、そこには『のっぺらぼう』の化け物ではなく普通に暮す人間の顔が見えてくるはずです。何処の国のも悪い人もいれば、良い人もいるものですよ。それを悪い人だけを捉えて、『悪い国』と決めつけちゃマズいでしょう。殺しちゃっちゃぁマズいでしょう。私事で恐縮ですが『お金持ちの国、日本』そんな偏見の目で見られがちな日本人の私が、どれほど外国で困ったことか!「日本人にだって貧乏人もおるっちゅうねん!!」

 私はなにもここで『反戦』や『人類愛』なんてものを声高に叫ぶつもりじゃないんですよ。“テロ撲滅”という“正義”を振りかざした安易な戦争と、叩くだけ叩いておいて次には“人道的”と言う名の復興支援なんて言うものに違和感を持つんです。 遠い国のよく知りもしない人達が、何故死ななきゃならないのか?納得したいのです。そこに偏見や差別意識がなかったのか?納得したいのです。いつか何処かで『日本が報復攻撃に手を貸した』理由を聞かれた時の為にも。

 とここまで書いても尚、もしもよその国が日本に進攻でもして来た時はどうだろう?きっと理由なんて考えず私も戦うんでしょうね。だって身内を殺させるわけにはいかないし、もちろん自分もね。ただ、目の前に現れた敵が友人のイシューやフォアドだったら、私は殺せるだろうか?
あぁ、戦争なんて嫌だね。