Chasing The Rainbow 《2-11》

Gift To You

by詠月(SELENADE)







ガチャ

「ただいま〜」

ボクが玄関に入るとすぐ
階段を降りてくるせわしない足音が聞こえてきた。
祐一君だね。

「よお、帰ったか、あゆ」

思った通り階段からひょっこりと顔を出してきた。

「ただいま、祐一君」

「喜べ、できたぞ!」

「えっ?…何のこと…?」

「はぁ?、なんだ、おい、
 外で記憶でも落っことしてきたのかよ、お前は」

「うぐぅ、そんなことないもん」

そんなこと言われても…
君が昔やらかした大冒険とか
ボクに話しかけてきたあの女の子のこととか
その他もろもろ、いろんなことで
頭がいっぱいなんだよ、ボク…

「やれやれ、
 せめてこの廊下の変わり様を見て
 気づいて欲しいもんだ」

祐一君の言葉に促され廊下をに目を向ける。

いつもなら雑誌が積まれていた壁際には
一冊の本も見当たらない…

「…あ、もしかしたらボクのお部屋が…」

「そうだよ、やっと分かったか」

「もしかして今までずっと片付けてたの?」

「いんや、片付けは、俺と一弥で早々に仕上げた。
 俺はその後は関わってない」

「そうなんだ…」

「その後の掃除は、名雪とあゆに任せといた。
 あの二人のことだから、上手くやっといてくれただろう」

あれ、一人足りないよ…

「あの…真琴ちゃんは?」

まさか、あの後、怒って帰っちゃった
なんてことないよね…

「ああ、居たぞ
 結構真面目に片付けにも掃除にも参加してたな、
 あれだけぐずってた割にはな」

うぐ、それってボクが祐一君におでんのこと訊いたときの…

「ごめんなさい、
 ボクがその…あんなこと言ったから」

「ん、まぁいいさ、
 あれは勝手にキレた真琴が悪いんだから」

そっけなく答える祐一君の声に、
逆に怒っているのかなって思ったけど
祐一君の表情を見る限りではそんな風には見えない。

「でも、ボク勝手に出てっちゃったし」

「まあ、お前に行くとこあったってことは
 予め聞いてたからな」

「でも、あの後どうなったの?」

「あぁ、あの場は名雪が上手いこと
 真琴を丸め込んでくれたんで
 あれ以上の被害は無かったな、俺には」

「そうだったんだ…」

名雪ちゃん、凄いやっ!

「まあ、そんなこんなでいろいろあったが
 とにかくようやく、お前の部屋も出来たし、上出来だろう」

「うん、ありがとう! 祐一君」

「まあな。
 でも、俺だけの力じゃないぞ」

「そうだ、みんなにお礼をいわなくちゃね。
 台所にいるかな?」

「秋子さんとあゆならな」

「じゃあ名雪ちゃんたちは二階なんだ」

「いや、名雪と真琴達は外だ」

「えっ?」

「掃除終わった後で、百花屋に行くと出てった。
 あゆの話によると名雪のおごりだそうだ、が…」

それきり祐一君の口から言葉が続かない

「どうしたの?」

「名雪の奴、そいつで真琴の
 ご機嫌取りをしたんじゃないかな…と。
 真琴と一弥の様子を見る限りだとそうとしか思えない」

元気いっぱいにこの玄関から
外に出て行く真琴ちゃんと
申し訳無さそうにしている一弥君が
一瞬、頭の隅に浮かんだ。

祐一君が見た様子って
そんな感じなんだろうね。

「それと…真琴が俺といてギクシャクするのも
 嫌ったんだろうなぁ」

なるほどね〜、流石名雪ちゃん。
先々のことまで考えてるよね。

「…後で払っといてやらなきゃな」

なんだかんだいっても
やっぱり名雪ちゃんのこと、
大切に思っているんだ、祐一君

「もっとも…名雪の分は場合によるがな」

な、なんなのぉ!?
それって、好きな人にすることぉ!?

「祐一君…ボクが言えた義理じゃないかもしれないけどさ、
 名雪ちゃんの分もちゃんと払ってあげてよ」

おもむろにボクの目の前にVサインを突き出す、祐一君

「えっ?」

「2杯!、イチゴサンデー2杯分までなら払う。
 名雪も分かってるはずだ」

「それ、どういうこと…かな?」

「俺達で決めたルールさ、
 これを越えた場合は名雪が身銭を切って支払う」













ボク「…なんてこと、祐一君言ってたんだけど…」

あゆ「それは酷いね〜、仮にも恋人同士だっていうのに」

ボク「ホントだよね」

お菓子盆からおせんべいを一つ摘み上げる。


祐一君と話終わったあと、ボクは台所に向かった。
もちろん、あゆちゃんにお礼を言うために。

すぐに切り上げるつもりだったんだけど、
祐一君が言ってた『イチゴサンデー2杯まで』の話
をつい口にしちゃったんだ。

それから、かれこれ二人でおせんべい5枚分の
おしゃべりをボクらは興じていた。



秋子「お茶はいかがですか、あゆちゃん」

その言葉はボクら二人に向けられたもの

ボク「ありがとう秋子さん」

あゆ「あ、ボクが入れますから」

秋子「いいえ、お構いなく」

秋子さんの入れてくれたほうじ茶の
香ばしい香りが鼻の奥を心地よくくすぐる

あゆ「あの、秋子さんはどう思いますか、祐一君の言葉」

秋子「仕方ありませんね、
   名雪が調子に乗ったのがそもそもの原因でしょうから」

こともなげにさらりと言う秋子さん。

秋子「一時期、祐一さん、
   名雪と喫茶店に行く度にこぼされてましたから」

あゆ「うん、それボクにも言ってました。
   祐一君、名雪ちゃんと百花屋に行くと
   お財布の心配しなくちゃならないからしんどいって」

ボク「でもぉ…あれほど気の回る名雪ちゃんが
   気づかないわけないと思うんだけどなぁ」

秋子「名雪も祐一さんに
   思いきり甘えたかったんでしょう」

あゆ「うん、そうそう、ボクもそう思います。
   元々名雪ちゃん、ボクなんかと違って
   凄くしっかりした性格だけど
   すこし無理しすぎているような気がしてたから、
   だから…」

秋子「自分を受け止めてくれる人が出来て、
   隠しに隠していた気持ちがあらわになった、そんなところですね」

あゆ「凄く輝いてたもの、あの時の名雪ちゃん。
   でも最近は…どうしてなんだろう…」

秋子「名雪が祐一さんと少し距離を置くようになってきたんです」

秋子さんがボクに説明するように言ってくれた。

あゆ「そのことについてはボク、少し心配なんだけど」

秋子「でも、若い頃はいろいろありますから、
   時間が経てばまた元に戻るかもしれませんよ」

秋子さんはそれだけ言うと
にこっと笑ってキッチンの奥に戻っていった。

ボク「秋子さん、大人だよね〜」

あゆ「うん、ボクらは冷静じゃいられないよね」

そうだよね、あゆちゃんは
祐一君のこと好きだったんだから…
心中おだやかじゃないよね、やっぱり。





あゆ「ところで、あゆちゃん、
   お部屋はまだ見てないんでしょ?」

ボク「うん、まだだよ」

あゆ「お夕飯までもうすこし時間があるから行ってきなよ。
   見違えるようになったから」

ボク「そうだね、うん、分かったよ」

あゆ「じゃ、お部屋で待ってて、
   お夕飯が出来たら呼びに行くからね」

ボク「ありがとう、あゆちゃん」


あゆちゃんは背もたれに
掛けていたエプロンを手に取り
キッチンカウンターの中へと、
ボクは、リュックとオーバーを抱えて
奥の部屋へ向かった。













ボクがお部屋に入ると、
そこはすっかり様変わりしていた。

見違えるほど綺麗になったお部屋は
窓から見える景色が違うことを除けば
祐一君のお部屋とほとんど変らない。

名雪ちゃん、あゆちゃんのお部屋と
違うように見えるのは、このお部屋の内装がまっさらだから、
男の子はあまりそんなことに凝らないものね。

お部屋の真ん中には
折りたたみのテーブルと座布団、
テーブルの上には目覚まし時計が置かれていた。

その脇には布団、毛布、枕それにパジャマが
折り重ねられていた。

みんなが気を利かせてくれたんだ…
ありがとう。

部屋の隅には空の本棚。
こんなものまで用意してくれたんだ
と、思う間も無くボクの目は
その横に置いてあったものに奪われた。

それは緑色もこもこのおたまじゃくしの
あのけろぴーちゃん。

何故かダンボール箱の
上にちょこんと乗っている。

どうしてここにいるんだろうと
けろぴーちゃんを持ち上げると
メモがはらりと床に落ちた。

拾い上げて読んでみると
そこにはこう書いてあった。

『もらってください』

けろぴーちゃんを持ち上げて
露になった古いダンボール箱の上面には
名雪ちゃんの名前が書いてあった…













今日のお夕飯はボクとあゆちゃん、
祐一君に秋子さんの四人だけ。
名雪ちゃんは、佐祐理さんのところで食べるって
電話があったんだって。

食事中、話題になったのは祐一君、
もちろんボクのお部屋の片付けをしてくれたことについて。

ボクの感謝の言葉、秋子さんのねぎらいの言葉に
『大したこと無いですよ』と上機嫌で答える祐一君。

そんな中あゆちゃんだけが
ボクと一緒に寝れないことを
『ちょっと寂しいよ』と漏らしていた。

そうだよね、今日から一人で寝るんだよね…ボク
ここ一週間、ずっと二人でおやすみしてたから
ボクもやっぱり少し寂しいよ。

そんなボク達に秋子さんは
今度はあゆちゃんがボクのお部屋に泊まればと提案、
一もにも無くあゆちゃんとボクは賛成した。





四人だけの夕食も終わり
お風呂にも入ってボクは自分のお部屋に戻った。

早速敷いた布団の上で
右に左にゴロゴロと転がる。

自分のお部屋だっていうのに
あまり落ち着かない。

それはもちろんボクが
このお部屋に引越したばかりだから…
ううん、それだけじゃなくて…

ものみの丘での祐一君のことを遥君が知ってたこととか、
真琴ちゃんから聞いた舞ちゃんのお話も気になるし…

舞ちゃんといえば…祐一君、舞ちゃんのお家に泊めてもらったんだよね、
これも凄く気になるよ。

それと…

手に持っていたけろぴーちゃんに語りかける。

「あとは、キミのご主人さまのことだよ」


ごろりと体を回転させて
首を伸ばしてダンボール箱を見つめる。

寝転がりながら見てるから
箱の横に男の子物のシールが
びっしり貼り付けられているのがよく見える。

「これってやっぱりあのときの箱だよね…」

始めにこのお部屋の後片付けをしたとき
祐一君が見つけたダンボール箱に間違いなかった。

何度と無く祐一君と名雪ちゃんの間で
話題になったダンボール箱、
そんなものをどうしてボクに…

とにかく、名雪ちゃんが帰ってきたら
訊ねなきゃ。













名雪ちゃんが帰ってきたのは
枕元に置いた目覚まし時計で
午後8時をすこし過ぎたころだった。

ボクは名雪ちゃんがお風呂を上がるのを待って
部屋を訪ねた、けろぴーちゃんを携えて。



コンコン

「どうぞ、あゆちゃん」

ガチャ

ドアを開けて開口一番

「なんでボクだって分かったの?」

名雪ちゃんは
しばらくきょとんとしてから

「それは…だって祐一なら足音でわかるし
 おかあさんなら、ノックと同時にわたしの名前を呼ぶし…」

「うんうん」

「そうなると残りは2人で…
 どっちも同じあゆちゃんじゃない」

名雪ちゃんの顔から微笑みがこぼれる。
綺麗な洗い髪に似合う素敵な笑顔だった。

「あ…そっか、そうだよね」

「もちろん、あゆちゃんがそろそろ来る頃だと思ってたから
 っていうのが一番の理由だけどね」

そうだった…
ここ数日毎晩のようにボクは
名雪ちゃんのお部屋にお邪魔してる。

もちろんそれはあの大きな木に見せてもらった光景について
いろいろとお話を聞かせてもらう為なんだけど…

でも今日はその話をする為じゃなくて…

「今日はその子のことだよね」

胸元で抱えてるけろぴーちゃんに
目をやる名雪ちゃん。

「う、うん、あのさ…」

「とにかく、お部屋の中に入って」

促されるまま名雪ちゃんの部屋に入る。

たくさんのぬいぐるみさん達がボクと
けろぴーちゃんを向かい入れてくれる。




ボクは名雪ちゃんと向かい合いに
テーブルに座った。

「いつもならここで
 けろぴーを渡してるんだよね」

座った早々名雪ちゃんの先制の一言

しまった、先越されちゃったぁ…

「その、けろぴーちゃんのことなんだけど…」

「あゆちゃん、けろぴーのことが好きでしょ?」

「えっ!? う、うん」

何も言い返せないよ。
たしかにボクは名雪ちゃんの部屋を訪れる度
けろぴーちゃん、抱きかかえっぱなしだったから…

「けろぴーもあゆちゃんのことが好きなんだよ、
 だからあゆちゃんのお部屋に連れて行ってあげたんだ。
 大切にしてあげてね」

うぐ、駄目だぁ…
ボク自身、けろぴーちゃんに夢中になってたんだから
断りきれないよ…

けろぴーちゃんから話題を変えないと…

「…じゃあ、なんでダンボール箱まで?
 名雪ちゃんの大切なものなんでしょ、
 祐一君にここまで運ばせたくらいなんだから」

「あ…あれは…そう、
 …大切な物だよ、とっても大切な物…」

さっきとはうって変わって神妙な声。

「だったらなおのこと、もらえないよ」

「ううん、大切な物だからもらって欲しいの、あゆちゃんに」

「でも、どうしてそんな大切な物をボクなんかに?」

「…あの箱の前の持ち主にとって
 一番受け取って欲しい人だからだよ、あゆちゃんが」

「えぇっ?、名雪ちゃんのじゃないの?、あの箱って」

「ううん、違うよ」

「じゃあ、祐一君のなんだ」

一瞬の躊躇の後で
首を横に振る名雪ちゃん。

「ちがうよ…祐一のじゃないよ」

なんで躊躇したのかちょっと気になるよ
もう少し質問してみようかな

「でも、あのダンボール箱、
 元々祐一君のお部屋にあった物だって
 祐一君から直接ボク聞いたんだけど…」

「箱は…そうだね、祐一の部屋にあったものだよ、
 でも、中身は違うよ」

「それじゃ他の人のなんだ」

こくりと頷く

祐一君じゃないとしたら、後はもう…

「あゆちゃんのなの?」

「ううん、前にここに居候していた人がいたの、
 …その人の思い出が詰った箱だよ」

前に? このお家に祐一君、あゆちゃん以外の人が!?
初耳だよ、そんな人がいたなんて!

「困るよっ、そんな大切なものボクになんて」

「…きっと、その人は、
 あゆちゃんに受け取ってもらいたいはず…だよ」

そんなわけないよ、絶対に…

「…でもぉ…名雪ちゃんが引き取ったんでしょ、
 だったらやっぱり名雪ちゃんが…」

「わたしは管理を任されただけだよ
 …その人が家を離れるときにね」

「ほら、やっぱり」

「…捨ててくれって
 言われてたんだけどね」

「えっ!?」

「言われた通りにしなくてよかったよ…本当に」

何故かボクの顔を見て微笑んだ…

なんか名雪ちゃんの中でお話が終わっちゃったみたい。
質問し辛くなっちゃったよ…

結局ダンボール箱の話はそこで終わって
話題はボクが今日大きな木に見せてもらった光景について
の話へと移っていった。













このお家に来てから
一人で寝る初めての夜…

いつもなら、消灯した後でも
名雪ちゃん、あゆちゃんと
話しながらいつの間にか寝ていたけど
今日からそれも無くなっちゃった…

泊まりに来るって言っていた
あゆちゃんは今日は来なかった。
名雪ちゃんを出し抜くようなことは
したくないって…あゆちゃんらしいな…

ちょっと寂しいかなって思ったけど、
ボクの布団の中にはけろぴーちゃんがいる。

ぎゅっと抱きしめると、とっても落ち着く…
名雪ちゃんに感謝だね。



うつらうつらしながら、
ボクは名雪ちゃんの部屋でその後、
話していたことを思い起こしていた。

今日大きな木に見せてもらった光景について
名雪ちゃんと話したとき、ボクはある心配をしていた。

それは、祐一君が舞ちゃんのところに泊まることについて。

祐一君の恋人である名雪ちゃんには
あまり面白い話じゃないから
…って思ってあえてその話題については
ボクぼかしてたんだけど…

『あの後、祐一、
 何日か、舞さんのお家でお世話になったみたい』

名雪ちゃんは淡々とあの二人のその後について語った。
まるで他人事みたいに…

もっとも…祐一君、その前にボクんち…じゃなくてあゆちゃんちに
何日か泊まってたけど、その話をするときだって
名雪ちゃんは平気で話してたっけ…

どちらにせよあれは7年前の話だものね…

「…7年かぁ…」

ボクにはみんなが経験しているはずの
7年間の思い出が…ない…

だから7年前はボクにとっては昨日と同じ。
ボクがムキになっちゃうのも無理はないのかもしれない…

でもその7年の間に
みんなに何があったんだろう…











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