Chasing The Rainbow 《2-10》

Afterglow 4

by詠月(SELENADE)










ほの暗く冷え冷えしていた森の中を
突き抜けたそこは大きな木の前

木の枝の切れ切れから見える空は
もう夕暮れを示す茜色


その色に見とれて
思わず見上げていると、
なぜか鼻の奥がくすぐったくなってきて…

くしゅん!

うう〜、はぁ
さ、寒い、すっごく寒いよっ

セーター一枚で
坂道を駆け下ってきたんだから
あたりまえだよね…

冬にこんなことするなんて…ばっかだぁ、ボクも。



コートを着込んだのは、森の入り口に着いたとき
木の枝から落ちてきた雪の冷たさが
いつもと違うことに気づいたからだった。

慌てて着込んだけど、
でももうそのときまでに
ボクの体は冷え切ってしまっていた。



お昼なら、この木の上で
いっぱい日の光を浴びることができて、
暖かくて気持ちいいだろうね

…ふいにそんなことを思った…

一度だけしてみたことあったよね
でも…その後でボクは…

ふるふると頭を振って
落ち込みそうな気持ちを払い落とす。

さあ、今日も見せてもらわなくっちゃ













そこは、深い夕暮れ…

陽が落ちかけた道を幼い祐一君が歩いていた。
肩をすぼめ、両手をジャンパーのポケットに入れたまま、
寂しそうに、他に歩いている人のいない道を。



突然祐一君の足が止まる。

くるりと後ろを振り向き
暗がりの中の一点を見つめる…

その視線の先には金色ふわふわの…
あの丘にいた狐さんだ!


「なぁ…、もういい加減にしてくれよ…」

そんな祐一君の言葉にも
狐さんはぴくりとも動かない。


また前を向いて歩き出す祐一君。

それにあわせて動き出す狐さん。

祐一君の足が止まると狐さんの足も止まる。


少し歩いては後ろを振り向く
そして、狐さんにぼやき、また歩き出す、
そんなことを祐一君は何度も繰り返す。

「自分の住処に帰れってば、
 …お前とは一緒にいられないんだから」

それは意地悪だよ、
あれだけこの子に世話になっていて
それはないでしょ、祐一君

「お前がいると俺は帰れないんだよ」

それは…どうして?

「あそこのマンションじゃ動物は飼えない。
 分かってるだろ…」

あっ、それってもしかしたら、ボクんちの…

「管理人にどやされただろ、もう二度も」

うぐっ!?、それはまずいよ、とっても
あのおばさん、大の動物嫌いなんだから



ひとしきり続いたぼやきが終わって
しばらくまっすぐ道を歩いていた祐一君だったけど
突然きょろきょろ周囲を見回しはじめた。

「ところで何処歩いてるんだ、俺は…」

知らない道歩いてたの、祐一君!?

「やばいぞ! 日が暮れちまって
 目印が、丘が…どこだかわからん」

じゃ、じゃあどうしてこんな道を歩いてるのさ、そもそも…

「てめっ!、お前が付いてくるもんだから、
 人気(ひとけ)の無いこんな道歩くことになったんだぞ!!」

うぐぅ…そういうことなんだ…

「とほ…今日も戻れない…のか…」

うわぁ、あゆちゃん心配してるよぉ

「失敗したよなぁ…、
 あゆんとこの電話番号は覚えておくべきだった…」

ホントだよっ、どうして覚えててくれないのさっ!













歩いてきた道を引き返す祐一君。

たしかにそうすれば
いつか知ってる道に出られるものね。

ところが…

「あれ…? 右だっけ、左だっけ、前から来たんだったっけ?」

自分が来た道も覚えていなかったんだ…

「なあ、おまえ知らないか、
 俺たちどっちから来たのか?」

「きゅーん?」

狐さんは祐一君の周りをくるくる回るだけ…

「お前、犬科だろがよ、この役立たず!!」

あ、そんなことこの子に言うと…

「はぁ、せめて雪道だったら
 こいつの足跡でわかるんだがああああああっ!!」(おもいっきり噛まれた)

噛付いたあとすぐさま後ろに飛びのく狐さん。

「このヤロっ!!」

狐さんに向かって突進する祐一君
でもそんなことでつかまるような狐さんじゃない
祐一君が飛び込んでくるのを見越してぎりぎりのところでかわす。

突然始まった夜の鬼ごっこ。
さっきまで慎重に歩いていたのがまるで嘘みたいに
祐一君と狐さんが、一本道を、三つ叉を、四つ辻を
右に左に走り抜けていく…
これ以上に迷子になることも、人目も
もうまったく気にしていないみたいに。



でもそれも長く続かない。
祐一君の走る速さがたちまち落ちていく…

ちょっと大きめの十字路。
そこでとうとう力尽きて
両手を膝について動かなくなった。

街灯の光がきらきらと祐一君の白い息を照らす。
聞こえるのはぜいぜいと息を切らす声だけ…
その声が人気の無い道にいつまでもこだまする。

疲れてるんだ…

昨日からお家に戻ってないんだから
考えて見れば当然のことだよね…

地面を向いたままの顔
その顔色は蒼ざめている。

可哀想に、もう限界だよ祐一君

やっぱりここは名雪ちゃん家にもどって
休んでほしいな…

今の祐一君を見たら
きっとあゆちゃんだって、
分かってくれるはずだから





「きゅーん」

だるそうに首を上げる祐一君

祐一君が向いてる正面、
十字路から少し先の場所に
狐さんはちょこんと座っている。

「きゅーん」

尻尾を振りながら
まるで『追いかけてきて』って
誘惑してるみたいに…

「…残念だが…」

さっきまでとは違う
ゆっくりとした喋り声。

「…もう追う力も…気力も…無い…ぞ」



その場にへたりこむ祐一君

そこに狐さんが
祐一君目掛けて飛び込んでくる…

抵抗に会う事も無く
祐一君のひざの上を占領する狐さん。

「もう…好きにすりゃいいだろ…」





狐さんの頭越しに
ぼんやりと正面の道を見つめる祐一君。

「…はて?」

その声をきっかけに
きょろきょろと辺りを見回し始める。

「まてよ…ここって…もしや…」

祐一君の声から明るさが戻る。

「そうだ、この道だ…間違いない!」

確信に満ちた声


やっと知ってる道に出られたんだ、
よかったぁ…



「よし、でかしたぞ狐!」

あ!その呼び方、まずいよっ、祐一君!

「うぅ〜〜」

思ったとおり
あっという間に狐さんは不機嫌になっちゃった。

危ないよ!!

でも祐一君はそんなことお構いなしに
ひしっと、狐さんを抱きしめ頭をなでる。

…すると

「きゅ〜ん」

あ〜よかったぁ!!













向かった先は
絶対に名雪ちゃん家だと思ってたんだ。
ボクんちの近くにこんな道は無かったはずだから…
ところが…

「なんだよ、ここは」

どう見たってそこは、
名雪ちゃん家じゃない…

それどころか
近くに家らしきものも見当たらない。

目の前にあるのは
象さんでも出入りできそうなくらいの大きな門。

大きな長方形のプラスチックで出来た扉が
じゃばら繋ぎに合わせられて
左右からその入り口をぴったりと閉ざしている。

そこは一言で言って
工事現場みたいな場所…
ううん、何処をどう見ても工事現場だよね。

祐一君の顔からは
落胆の表情がありありと見て取れた。

「きゅ〜ん」

心配そうに祐一君を見上げる狐さん

「まだ、諦めてなんていないからな」

扉に手をかけて門を開こうとする祐一君、
でも扉は揺れるだけでぜんぜん開かない。

内側から鍵がかかってるみたい。

「くそっ、ここからじゃ駄目だ」

道沿いにこの工事現場の周りを歩き始める。

門の脇からは工事用のフェンスが立ち並んでいた。

まばらな街灯にぼんやりと
青白く照らし出されるフェンスは
ちょっと不気味…

「この高さなら…なんとかなるか」

祐一君はおもむろに
フェンスのによじ登り
工事現場の中に飛び降りた。

程なく狐さんも金網を這い上がり
祐一君に続く

まさかこの中で一晩過ごす気なのかなぁ…
気がかりだよ













工事現場の中に入ると何か見つけたのか、
祐一君はフェンス沿いに歩き始めた。

祐一君が見つけたのは
金網越しの街灯にぼんやりと照らし出された建物だった。
プレハブの建物、工事現場でよく見かけるものだね。

建物からは一切明かりが点いてないし、
人の気配も全然しない…

祐一君は躊躇することなく
そこのドアに手を掛ける。

数秒後

「開かないぞ…ちくしょう…」

それは、あたりまえだよ

「くそ、鍵なんてかけやがって…」

それ泥棒さんの台詞だよ、
やだなあ…祐一君たら

諦めて、狐さんと一緒に
名雪ちゃん家に帰った方がいいよ

「よしっ! こうなったら、
 窓という窓を片っ端から調べてやる!」

もう! まったくぅ…













ガタガタッ!

窓枠を握っていた手がゆっくりと離れる

「……はぁ……」

「…やっぱり駄目か、最後だったんだけどなぁ…」

祐一君、とうとう建物を一周しちゃったよ…

「…手が…痺れるぞ…畜生」

祐一君の両手は真っ赤

こんな季節にあれだけの数の窓枠を
素手で握ればそうもなるよね。



しばらくかじかんだ両手を揉んだり、ポケットに入れたり、
わきの下に挟んだりしていた祐一君だったけど
突然狐さんに向かってその両手を伸ばした。

「…来な…」

不自然な笑顔
狐さんに向かって差し出された両手はさっきと変らず…真っ赤
…とすると…

「どうした…おい、
 スキンシップだぞ、ほら」

それは…絶対に本心じゃないよね、祐一君

「その上で、ほんの少し、
 ほんの少しぬくませてくれるだけでいいんだ、なっ」

……やっぱりね……

「うぅぅ〜」

不機嫌な唸り声

祐一君が迫ると狐さんがにじり下がる
いつもの逆…

「おい…何逃げるんだよ。
 さっきまであれだけ俺にちょっかい出してたくせに、なあ」



ヒュン!

足音だけの静寂が突然破られる…

「何の音だ?」

狐さんはすぐさま後ろを向き
耳をひときわ立たせて
ピクリとピクリと左右に動かしている。
まるで音の方向を探るように…

ガツッ!!

硬い物同士が打ちあうような音

音は工事現場の奥から聞こえてきた。

その方向に向かって駆け出す狐さん。

「ちょっとまて、おい!」

「お、俺の手をぬくめてからにしてくれーーー!!」













「いったい何処にいったんだ、あいつは…」

狐さんは工事現場の奥に向かっていった、
そこは暗闇の中。

地面はところどころ雪に覆われているみたいだけれど
よくは見えない。

祐一君は何度かつまずきかけて、
狐さんを見逃してしまっていた。

「くそぉ…こうなりゃ急がば回れだ」

突然、足を止める祐一君

よく見ると両目を閉じている。

そっか…暗闇に目を慣らしているんだ。





待っている間にボクも少しずつ目が慣れていったみたい。
暗闇だけだった景色に僅かばかりの光の濃淡が浮き上がっていく。

「…これでいいか」

祐一君が再び目を開けた。

もしボクが慣れたのと同じくらい
祐一君の目が慣れているとすれば
見えているのは同じもののはず…

祐一君が向いている真正面は
雪がところどころに残った大きな広場のような場所。
遠くの光を反射してなんとか見渡せるけど、
その奥までははっきりとは見えない。

祐一君が右手を向く…
光が列をなして見える。
その光がフェンスの長い影を浮き出していた。
あれは街灯の光、
さっき祐一君達が歩いてきた道沿いのなんだろうね。
フェンスの金網から漏れた光は
目が闇になれた今、まぶしくすら感じる。

そして左手、
右手ほどじゃないけど遠くに光が見える。
その弱い光が闇の中に形を浮かび上がらせている。
そこは一面雪のように白い場所
雪を四角く寄せ集めたようなそこには
切り株ようなものが突き出している…
手前から奥に向かって何本も…何本も…

なんだろう、いったい…

「基礎工事完了ってところだな…」

そっか、あそこは
なにかの建物の土台なんだ。

祐一君はそこに向かって歩き出す。





鈍く白く輝いていた場所はコンクリートの土台。

飛び出たコンクリートが縁を成し
周囲と中を区画分けするように張り巡らされている。
おそらくこの縁が建物の壁になる場所なんだろうね。

その縁のところどころにさっきの切り株が見える。
一つずつ青いビニールシートで包まれているそれは
どうやら柱になる部分みたい。

縁の内に入った祐一君が
ビニールシートの一つに手を伸ばす。

「ご丁寧にこんなもの被せてるとはね…」

シートのくぼみには雪がこびり付いて
氷のように固まっていた。


カサカサッ

突然聞こえたのは
何かをこすりつけたような音

祐一君の肩が一瞬だけすくむ

…そして

「キューン」

狐さんだ!

「…全く、手掛けさせやがってよ」

音はこの土台の奥の方から、
縁に沿って祐一君は真っ直ぐ歩いていく





縁の終わりが見えてきたとき、
ボクらの目に不思議な光景が飛び込んできた。

それは突き当たりの縁に腰掛けた女の子。
全身黒っぽい服装だったから、
遠くから分からなかったんだ。



そして女の子の側には狐さん、
狐さんは曲がり角の縁に隠れるようにいて
ムシャムシャと音を立てて何かを食べているみたい。

よく見てみるとコンクリートむき出しの床には
お弁当が撒き散らされていた。

「うわっ…あちゃぁ〜」

それを見て思わず頭に手をやる祐一君。

声に気づいたのか、
狐さんは顔を上げ、祐一君に向かって声をあげた。

「きゅ〜ん」

「…このバカッ」(小声)



女の子の方に向きなおす祐一君

「すまん、こいつに弁当食われちまったんだな、あんた」

女の子の顔ははっきりとは見えないけど
祐一君をじっと見つめているようだった。

「弁償したいところなんだが、今、手持ちが無くてな」



「……何を言っている?」

ようやく女の子が口を開いてくれた。

「いや、だってこいつ
 勝手にあんたの弁当食い散らかしたんだろ?」

「……いいや」

今まで食べ物に夢中だった狐さんが
何故か突然祐一君の方を見上げる。
でもその視線の先は僅かに祐一君から外れている。

「違うのか? じゃあ、
 もしかしてあんたが恵んだのか、こいつに?」

「……それも、違う」

女の子は立ち上がった、
手に何かを持って。

祐一「お、おい!!」

手に持っていたのは…木刀…

祐一君に向かって
木刀を構える女の子。

「……犯人は……」

そう言うと女の子は猛ダッシュで、
祐一君に突っ込んでくる

女の子は祐一君の脇をすり抜け、木刀を一振りした。

ガツッ!!

という音と共に、木刀が何も無い空中で受け止められる。

その直後、祐一君が不自然に倒れた、
まるで見えないなにかに押し倒されたみたいに。

そして、静寂…

声を出す間も無いくらいの短い時間での出来事に
なにがあったんだかよく分からない顔をしている祐一君。
見ていたボクも同じだった。



「……怪我は無いか?」

倒れた祐一君に手を差し伸べる女の子

「あ、ああ」

ふらつきながら、立ち上がる祐一君

側で狐さんが心配そうに見ている。

「…なあ、今のって?」

「……私のお弁当を散らかした犯人……」

「動物かなんかか? 姿は見えなかったが…」

「……違う」

「それじゃ、何なんだ?」

「……魔物……」

その言葉に祐一君はなんとも複雑な表情を見せた。
でもそれは一瞬だけ。

「…なにやら因縁深そうだな、そいつとは」

「……そうかもしれない」

「で、まだ近くにいるのか(魔物は)」

「……いや」

首を横に振る女の子

「……気配がしない、
 おそらく今晩はもう出てこない」

「そうか、そいつは良かった」



「きゅーん、きゅーん」

祐一君の足元にまとわりつく狐さん。
まるで祐一君のこと心配しているみたいだよ。

「ふん、まったくお前のせいで散々だぞ」

「……そんなこといっては駄目、
 この子、お腹が空いていただけなんだから」

しゃがみこみ、狐さんの
背をやさしくなでる女の子。

「きゅーん」

なでたのが心地よかったのか、
狐さんは女の子にじゃれついた。

「……ふふっ」

「おーおぅ、甘えやがってよ」

「……あなたはこの子の飼い主?」

「まさか、
 勝手に付いて来ただけだ」

「……そうなの」

「気に入ったんだったら、くれてやるぞ」

「ううぅ〜」

「……この子、あなたと別れたくないって」

「あぁ、それで難儀してる」













「それじゃ、俺達はこれで」

「ほら、行くぞ」

狐さんを急かす。

「……どこへ行くの?」

「ちょっくら隣の建物までだ」

左手の親指をひねり立てて方向を示す。

立ち並ぶ工事用のフェンス、
その網越しに大きな建物らしきものが見える。

「……高校生だったの?」

「そんな風に見えるか、俺が?」

「……私と同い年か、それくらいにしか見えない」

「まあそうだろうな」



祐一君がフェンスに向かって歩き出す。
狐さんと女の子も祐一君の後を追う。

追ってくるなんて
祐一君に興味でもあるのかなこの子…

「……あそこに何の用があるの?」

「寝る場所が欲しい、それだけだ」

「……どういうこと?」

祐一君はそれ以上答えなかった。
やっぱり説明しずらいもんね



フェンスの向こうからの光が祐一君達を照らし出す。
さっきの街灯ほど明るくは無いけど
それでも、何も無いよりはましかもしれない。

二人がフェンスに近づくにしたがって
光は明るくなる。
それにつれて女の子の着ていた服がはっきり見えてきた。

黒のセーター、赤いチェックのスカート
それに黒のストッキング、黒い靴
そして首にはスカートと同じ柄のマフラー

女の子の長い黒髪とマッチしてて
すっごくおしゃれ

光が女の子の顔を照らす。

……!!

つややかな長い黒髪、
かわいい顔に不釣合いなほど真剣な目つき
ボクはこの子を知ってる…

舞ちゃんだ…間違いない。

こんなところで祐一君と
出会ってたなんて驚きだよ。













ガシッ!

両手で工事用のフェンスをわし掴みする祐一君

「一体…」

愕然としたような声。

そして空ろな視線。

その視線はフェンスの先に向けられていた。

工事用フェンスの金網越しに見えるのは
今の祐一君の背丈の3倍はありそうな高い金網…
その向こうに祐一君の目当ての建物がそびえている。

「なんでフェンスを二つも立てる必要があるんだ
 しかもよりによってあんな高く!」

その答えはすぐに舞ちゃんの口から語られた。

「……道が通っているのだからあたりまえ」

「何…だってぇ!?」

このフェンスに挟まれた隙間、地面はむき出しの土で、
しかも幅も車一台が通れるかどうかもあやしい広さだけど、
左右には街灯らしき光が照っているし、
道だって言われればそうかもしれないね。

「聞いてないぞ…、そんな話」

「……校門から入るほうがいい」

「校門ったって、閉まってるんだろ」

「……この時間だと、間違いなく」

「このフェンス越えて、また校門越えて…かよ」

フェンスから両手が離れ、
両腕が力なくだらりと垂れる。

よっぽどショックだったんだね…

「駄目だ…最後の希望も消えた…」

「……なら、自分の家に帰ればいい」

そうそう、舞ちゃんの言うとおりにしたほうがいいよ

「俺は…お尋ね者なんだよ」

舞ちゃんの方を向こうともせず答える

「……悪いことでも…したの?」

暗闇の中で舞ちゃんの声が厳しく響く

「しとらん!」

「本当?」

「本当だ…」

「私は……嘘をつく人は嫌い」

「俺だってそうさ」

「……でも、お尋ね者なんでしょ?」

「あぁ、悲しいかな追われる身だ」

「……悪いことをしたから
 逃げているんじゃないの?」

「俺は俺の筋を通したいだけだ。
 別に悪いことして逃げてるわけじゃない」

舞ちゃんはじっと祐一君の言葉に耳を傾けている。

「…ただ、このまま世話になってる家に帰れば、
 実家に戻らされることになっちまう…」

「……実家?」

一瞬、びくんと舞ちゃんの肩が震えた。

「しばらくここには来られなくなる…
 そんなことになったら…くそっ!」



「……わかった、私の家に来て」

「へっ?」

「わかった、と言った」

「いや、その後」

「私の家に泊まればいい」

「こいつ(狐を指して)と一緒なんだぞ…」

「かまわない」

「本気かよ、おい」

「さっき、『私は嘘が嫌い』といったはず」

「ああ、そうか、
 そうだったな、すまん、でも…なあ…」

「何をためらっているの?」

「いや…ありがたいけど…
 なんでまたそんな…見ず知らずの俺なんかを?」

「……泊まりたくないの?」

「そんなことないぞ、
 そりゃもう地獄に仏ってなもんで」

「……付いて来て。
 向こうにフェンスの留め金が緩んでる場所があって、
 そこからなら簡単に出れるから」

「…よろしく頼む」













うぐっ、それ、ちょっとまって!!

ゴチーン!!

あ痛ぁ〜っ!!

おでこになにか硬いものがぶつかって、すっごく痛いよぉ!

何にぶつかったんだろうと、目を開くと
そこは宵の森の中…

ボクのおでことぶつかったのは大きな木だった。

なんてタイミングで戻ってくるのさ〜



見えていたのは過ぎ去った昔の事で、
変えられるわけなんか無い。

それは分っているはずなんだけど、
あんまりな展開についついむきになっちゃった…



祐一君、あの後舞ちゃんのお家に泊まったのかなぁ。

でも、舞ちゃんのお家にも
お母さん、お父さんがいるはずから
心配しなくて大丈夫だよね…多分…

……

…やっぱり心配っ!
ボクがあゆちゃんだったらやっぱり
イヤだもん。

そりゃ…また一晩外で明かすよりは
よっぽど安全だってことは判ってるけど…



『心配はいらないよ』

え!?

「誰っ!?」

振り返ると、向かいの木の枝の分かれ目、
丁度三つ又の枝の付け根に幼い女の子が座っていた。
暗くて顔は見えないけどすぐに誰だか分かった。

半袖のワンピース、頭の上に付けた白い…ウサギさんの耳…
その姿…この前、ここで見かけた女の子!!

「そんなところにいると危ないよ」

女の子がいる場所は
ボクの背の二倍くらいの高さ

「降りようよ、ほら、高くて怖いなら
 ボクが降ろしてあげるから」

さくさくと残雪を踏みしめ
女の子に向かって進んでいく

「お家まで送っていってあげるからさ」

『おねえちゃんこそ、こんなところで
 くよくよ考えないで早く帰ったほうがいいよ』

「君を降ろしたら帰るよ、だから…」

ボクの言葉を女の子が遮る

『祐一が心配なんでしょ?、
 あの子のお家に泊めてもらうから』

ボクが今見せてもらった光景をどうして
この子が知ってるの…!?

『……心配はいらないよ』

もしかして、ボクの心の中が読めるの、この子?

『……祐一は、あの子のこと大嫌いになるから』



「君は誰?」

『いずれ、わかるよ』

その言葉を残して、
女の子は木の後ろ側に飛び降りた。

「危ない!」

ボクはすぐに木の陰に回り込んだ。

でも…女の子の姿はどこにも見当たらなかった。














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