Chasing The Rainbow 《2-9》

Reason To Hold Off On

by詠月(SELENADE)










ものみの丘で対峙する美汐ちゃんと遥君
遥君は神妙そうな顔、対する美汐ちゃんは平然としていた、
お互いを見た限りでは…


美汐「――私も話に入れてくださいませんか…」

 遥「美汐! こんなとこまで一体何の!?」

美汐「いけませんか…?」

 遥「第一、ここまでどうやって?
   お前…人間じゃなかったのかよ?」



…一体…謎っていくつあるんだろう…
それともボクがうかがい知らないなにか特別なことが
この世にいっぱいあるだけなのかなぁ…

美汐「その言い草、誤解を招きますよ」

 遥「だってよ、ここは舞が……」

舞ちゃん…?
どうしてこんなところで舞ちゃんが出てくるの??


美汐「…納得してくれないと、
   どこまでもぼろを出しそうですね、遥は」

おもむろに森の方を向く美汐ちゃん

美汐「真琴、いいですよ」

丘と森との境界、その木の1つの後ろから
よく見た女の子がひょいと顔を覗かせる

真琴「あぅ、もう出てきていい?」

 遥「…なんだよ、おい、真琴かよ…」

美汐「はい、そういうことです」



遥君はあっさり納得したみたい、
…ボクにはさっぱり分らないけど…
というか、さっきの遥君の独白から
もうなにがなんだか…

 遥「初めから真琴を連れてくればいいだろ、
   紛らわしいことしやがって」

美汐「ちょっと近くで聞いてみようと思いまして…」

真琴「真琴の鈴でばれちゃうから、
   奥で待っててって美汐に言われたのよ」

真琴ちゃんの声は軽やかだった
まるでこの二人のやりとりを楽しんでいるみたい

 遥「おぃ美汐ぉ、どういうことだよ?
   俺はお前の恋人なんだろ?」

突然語気を荒げる遥君

美汐「何が言いたいんですか、遥?」

でも美汐ちゃんはぜんぜん動じてない

 遥「聞き耳立てるなんて信頼にもとる行為なんざ
   恋人のすることじゃないだろ、と言ってるんだ」

美汐「でも、私の陰口を叩いてました。
   信頼をまず裏切っていたのは遥の方ではないのですか?」

 遥「ぐっ…」

言葉に詰まる遥君、
勝負あったね…













草の上に広がるパステルカラーのシート
その上には美汐ちゃんと真琴ちゃんとボクと…
…えっと…何故か遥君は少し離れた野原に座って
ボクらを遠巻きに眺めてる

何度も、舌打ちとため息を繰り返しているその表情は
どこから見ても面白くなさそう…

ちょうどボクから見て美汐ちゃんの後ろに遥君はいる
もちろん美汐ちゃんはボクの方を向いているので
美汐ちゃんは遥君を背にしているということになるんだけど…

二人の顔が見えるボクには、かなり辛い状況…



美汐「さ、お食事にしましょう」

必要以上に声が優しく聞こえるのは
遥君のことを意識してのことなのか、
それとも、ボクがうがちすぎてるからなのかな…

シートの真ん中には、バスケット
美汐ちゃんがそれに手を掛ける

中に入っていたのは…

真琴「うわぁ、こんなにいっぱい!
   いっただっきまーす」

山のようなサンドイッチ…
ハムチーズサンド、卵サンド、ツナサンド、
野菜サンド、カツサンドに昔懐かしいハムカツサンドまである



真琴「まずはカツサンドからいってみようかな」

美汐「真琴、ちゃんと手を拭きましたか?」

真琴「え、もちろん拭いたよぉ、
   さっき渡してくれたこれで」

真琴ちゃんが指差したのは
さっき美汐ちゃんが手渡した濡れティッシュ

美汐「では、手を見せてください」

真琴「えー」

 遥「なぁ…」



美汐「やっぱり、こんないい加減な拭き方して、
   もう一枚あげますから、ちゃんと拭いてください」

真琴「あぅ〜」

美汐「大丈夫ですよ、サンドイッチは逃げていきません」

 遥「よぉ…」



真琴「これでいい?」

美汐「ええ、これならいいですね」

真琴「やったぁ、いっただきまーす!」

 遥「なぁってば、よぉっ!」



美汐「あゆさんは何にしますか?」

ボク「ボクは…その…」

美汐「ハムチーズサンドはいかがですか?」

有無を言わせない笑顔と一緒に
小さな紙ナプキンに包まれたサンドイッチが手渡される

とりあえず一つは食べるしかないみたい

真琴「あたしハムカツもらうね〜」

 遥「ああっ! それ、俺の…」



美汐「あゆさん、もっとどうですか、
   卵、ツナ、野菜、まだいろいろありますよ」

ボク「あの美汐ちゃん、その…ボクもうお腹がさ…」

美汐「何ですか?」(イントネーションやや硬め)

う〜…聞いてないふりしてるよね、美汐ちゃん
これは…『もう一つくらいは食べてくださいね』ってことなんだろうね…

ボク「あは、ううん、なんでもない…じゃあその野菜サンド…」

美汐「うれしいですね、私の自信作なんです
   はい、どうぞ」

真琴「ねえ、あたし卵サンドもう一つ」

 遥「おいよぉ!」



ボク「もうボクはいいよ、美汐ちゃん
   ボクここ来る前にお昼終わらせてたからさ」

美汐「では、暖かいお茶もありますよ、いかがですか?」

あゆ「ありがとう、
   でもボクも水筒も持ってきてるから」

美汐「そうですか…」

真琴「あたし、お茶欲しい!」

 遥「俺が悪かったって言ってるだろぉぉぉぉっ!!」



美汐ちゃんがようやく遥君の方を向いた。

 遥「ひっ……!!」

遥君の顔が一瞬引きつる

ボクの真後ろを向いているから
当然美汐ちゃんがどんな顔しているのか分らないんだけど…
…分らなくてよかったぁ

美汐「嘘つきなさい、今はじめて言ったんじゃないですか」

 遥「う……ゴメン、俺が悪かった」

美汐「もうすこし丁寧に、誠意を込めてください」

 遥「くっ…私が悪うございました」

美汐「それだけですか?」

 遥「…もう二度と陰口叩きませんから、許してください…」

美汐「…わかればいいんです…」



怖い、怖いよ美汐ちゃん…













 遥「……ひもじい」

シートの上に寝転がりながら遥君が呟いた

真琴「残しといてもらっただけありがたいって思えない? 遥」

がばっと起き上がって身を乗り出して
前のめりに真琴ちゃんの顔に近づく

 遥「…お前が残したんじゃないだろ!
   あゆが残してくれたんだろが、まったく
   目ぼしいもん、次から次へと食らいやがって…」

美汐「遥が先に謝っていれば食べれました…自業自得です」

真琴「そうそう、全部遥のせいだよねー」

たちまち二人に挟まれた遥君が
ちらっとボクの方を向く

その目が訴えているものは…

タノムアユ、ミシオヲドウニカシテクレ

ごめんなさい…ボクにはとても無理だよ…

見つめる遥君の顔から目を逸らす

 遥「はは、はぁ…孤立無援かぁ…」

吹き抜ける冷たい風に乗って
遥君のむなしい笑い声が丘の上に響いた。



ボク「あの、ボク、そろそろおいとまを」

遥君に尋ねたいことは山とあった、
でも、この状況じゃどうしようもないから…

美汐「そうですか…、わかりました」

ボク「うん、夕方にまた行くところがあるから
  一度お家に戻っておこうかなって」

真琴「あ、戻るんだ、
   じゃああたしも付いてっていい?」

ボク「うん、一緒に行こ」

 遥「んじゃ、俺らもそろそろ」

美汐「いけません」

 遥「なんでだよ、もういい時間だろ、
   いつもなら降りてるころだぞ」

美汐「遥、目的を思い出してください
   私たちの…」

 遥「わかってる、だから降りて一度飯かっ食らって
   それからまた来ようって言ってるんだ」

美汐「私、今日はとっても疲れています…」

 遥「そんな…そりゃお前の都合だろうがよ」

美汐「疲れた原因を考えてください…」

 遥「なんだそれ?」

美汐「いつもなら、分かれ道まで迎えに来てくれましたよね…」

 遥「うっ…!」

美汐「おかげで、下りて真琴を探し回ることになりました」

 遥「…すまん、そのぉ、話し込んでいたもんで…」

消え入るような声で遥君が喋る



美汐「では真琴、くれぐれも手を握りわすれないように、
   あゆさんが迷ったら大変ですからね」

真琴「大丈夫だったら、心配性なんだから、美汐は」

くるりとボクに向きなおす真琴ちゃん

真琴「それじゃ、あゆ、手を出して」

美汐ちゃん、大げさだなあ、
別に手なんか握らなくても迷わないと思うんだけど…

真琴「早くっ、あゆ」

でもまあ真琴ちゃんも
手を出して待ってくれてることだから

真琴ちゃんの手をボクは握った。

チリン

かすかに鳴る真琴ちゃんの鈴の音



美汐「特にここを出てからの下りは滑りやすいので
   足元に気をつけてください、
   二人して落ちたらそれこそ手が離れてしまいますから」

そ…それこそ手を離してないと危ないよ
なにもそこまでして手を握り続けなくったって…

ボク「あの、美汐ちゃん」

美汐「何でしょう?」

ボク「手を繋いでる方が滑った時にかえって危ないんじゃないかな、
   そこだけ二人別々で降りたほうが安全だと思うんだけど」

真琴「あゆ、美汐の言うとおりにして」

いつに無いほど真琴ちゃんの声は真面目…

やれやれ、しょうがないや
とにかく、二人して足元に気をつけて進むしかないね













チリーン

チリーン

リズム良く鳴っているのは
真琴ちゃんの鈴音…
鳴らしているのはボクら



「大丈夫かなぁ、遥君」

なにげにボクの口から出た言葉は
丘にいるあの二人のこと。

鈴の音のリズムが乱れる

「うん?」

ボクのほうを向いて訊ねる真琴ちゃん



今ボクらが歩いているのはなだらかな下り、
道幅もすこしは広がって、先が見渡せる。

それまで急な下りに出くわすたび
二人して声を掛け合っていた以外、
ボクらは会話らしい会話はしていなかった。
だから思い出したようなボクの言葉に
真琴ちゃんは驚いたんだろうね。

「ああ、遥のこと?」

「うん、美汐ちゃん、随分ご機嫌斜めだったから」

「気にしなくていいよ、
 二人ぼっちになれば、美汐、コロっと態度変えちゃうから」

「そうなのかなぁ…美汐ちゃんのあの剣幕だととても…」

「そんなことないってば」

「ちょっと信じられないんだけどなぁ」

「二人ぼっちになれば、変るよ、美汐も
 あたし何度か見てるもの」

「それ変だよ、
 だって、二人ぼっちだったんでしょ、
 真琴ちゃんがそこにいたら違うじゃない」

「それは…、たまたまあたしがあの丘に行ったときに…
 あぅ…なに言わせんのよ!」

チリーン

思い切り、握った手を引っ張られる

「な、急にどうしたの真琴ちゃん?」

「うーっ、…とにかく二人ぼっちだと随分ちがうの
 まるでデートしてるカップルみたいに仲がいいのよ」

「ふ〜ん」

「まあもっとも…、あの二人別にデートする為に
 わざわざあの丘まで行ってるわけじゃないんだけど」

「じゃあ、どうして?」

「様子見よ、あの子たちの…」

「あの子たちって
 ちっちゃな子でも遊びに来るの?
 あんな丘のところまで?」

「あぅ…、ううん
 来ないよ…来れないよ、あそこには」

そうだよね、
ボクだって迷子になって大変だったんだから

「…あの子たちっていうのはね、
 狐たちのことだよ、あの丘の…」













わき道から道幅の広い山道に出たところで
真琴ちゃんが握っていた手の力をふっと弱めた。

「はい、ここまで来たらもう手を離しても大丈夫だよ、あゆ」

二人して足が止まる

「もういいんだ」

ずっと握られていた手が、振り解かれる

「まあね、この分かれ道までくればもう大丈夫、
 引き返そうとしなければだけど」

手を離すことと、さっきの丘に行くことが
さも関係があるように、真琴ちゃんは言う
まるで手を離したら最後、
決してあの丘にたどり着けないかのように

そういえば、上りのときも
遥君と手を繋いで丘までいったんだっけ…

…でも、そんなことって…

「さ、もうすこしでこの山から出られるから、行こう、あゆ」

真琴ちゃんが再び歩き始める。

「ねえ、真琴ちゃん」

もう、訊かなくちゃいられないよ。

「こんなおまじないみたいなこと、なんでするのかな」



最初、真琴ちゃんは
ボクの言葉を無視して歩いていた。

真琴ちゃんはすぐ顔に出ちゃう
顔色を見れば、一目瞭然、
近づいてきたボクから目をそらし口元をへの字にまげて
訊かないでほしそうな弱った顔

真琴ちゃん、ボクより正直みたい。
だったら…

ボクは食い下がった、
何度も何度も繰り返し、真琴ちゃんに訴えた。


「と、ところでさ、あゆ、
 あの二人のことなんだけど…」

唐突に真琴ちゃんは美汐ちゃんと遥君の話をし始めた。

二人の馴れ初めが実はあの丘で
美汐ちゃんの手作りサンドイッチを
遥君が勝手に食べちゃったことから始まったってことを。

そしてそれ以来、美汐ちゃんのサンドイッチに
遥君、目が無いってことを。

うん、なるほどね〜、面白い話だよ

「それで美汐ったら、遥とケンカするたび
 サンドイッチストライキするんだって、
 流石にこれを繰り出されると遥の奴、
 もう平謝りなんだって、あはは〜」

でも、どうにかして話題を逸らそうとしてるのが
ありあり分るよ、真琴ちゃん。



ボクはひとしきり、
真琴ちゃんが話し終えるのを待って
再度、質問を蒸し返した。

真琴ちゃんは、困ったようなそぶりをしばらく見せていた。
でも坂道が終わって木々だけが生い茂る森の小道に変りかけたころ…

「あぅ…、ホントは秘密にしなくちゃいけないんだけど…
 …美汐にないしょにしてくれるなら、教えてあげるよ」

もちろんとボクは答えた。



人よけの魔法…
それがこの丘の周囲一帯に張り巡らされているんだ、
と真琴ちゃんは語った。

普通の人は、その中に入ることが出来なくて
丘を訪れようとしても、必ず迷ってしまう、
入ったり出たりできるのは丘の上の狐さんたちだけ。

信じられないとボクが言うと
真琴ちゃんは、『じゃあ、あゆはあの丘まで自力でたどり着いた?』
と逆に訊ねてきた。

一瞬、言葉に詰った。
そう、だって確かにボクは自力であの丘まで行けなかったんだから。
でもすぐに言い返した、
だったらどうして遥君や美汐ちゃんや真琴ちゃんは大丈夫なのかって。

真琴ちゃんの答えは明快だった。
この丘を狐さんたちみたいに自由に出入りすることが出来る
限られた人がいて、それが真琴ちゃんと遥君だと。
そして彼等と手をにぎった人もまたこの丘に出入りすることが出来る。
美汐ちゃんは、真琴ちゃんの手を握ってこの丘まで来たんだって、
遥君がボクにしてくれたみたいに。

真琴ちゃんが続ける
もう一人、この丘に自由に出入りすることが出来る人がいる、
その人がこの丘に魔法をかけた張本人だと…

その魔法使いさんは
いったいなにを考えてそんな意地悪なことをしたんだろう。
そう真琴ちゃんに告げると
その人は決して悪い人じゃないと
真琴ちゃんはボクに訴えた。

『あの丘の子たちを悲惨な運命から守るために、
 どうしても必要だったの…』

丘にいる狐さんたちを守るには
人から狐さんたちを遠ざける必要があって、
だから魔法使いさんが人払いの魔法をかけたんだって。

『あたしやみんなのことを考えて、こうしてくれたんだ…
 凄くいい人だよ、まるで女神様みたい…』

その人は…だれ?

『多分、あゆはまだ会った事、無いはずだよ』

どんな人なの?

『その人は一言で言うと…ミステリアス。
 鋭い目つきの中に優しさと情熱を秘めてて…
 人知も及ばぬ不思議な力を用いて
 一途に、ただ一途に人を救い続ける、そんな人』

優しい人なんだ

『でもね、表向きはすんごく無愛想、
 そういうところで、いつも損してる…』

れれ、
秋子さんみたいな人想像してたけど、
違うんだ

『そもそも立ち回りが下手っていうか、考えていないっていうか
 自分の言いたい事だけ言って、やりたいことだけやって、
 さっといなくなるし』

一本気な人なのかな…
怖そうな男の人?

『ここのところ前にも増して人を避けてるみたいで…
 あたしともあまり話してくれないんだ』

人助けが好き、だけど人嫌いって
一体どんな人なんだろう

『…あぅー、本当に舞ったらさ』

まい!?

魔法使いさんて…
あの舞ちゃんのこと!?













「「ただいまー」」

二人で声を合わせて
玄関のドアノブに手を掛けようとした、その時

突然ドアが開いた、それも勢いよく。

「危ないっ!!」「わわっ!?」

思わず身をそらすと
ボクらの鼻先をかすめるように
ドアが開け放てられる。

「あぅーっ!、なによぉ!!」「うぐぅ!、怖いよっ」

玄関に立っていたのは祐一くん、
紐で結んだ本の束を両手にぶら下げて。

祐一「なんだお前ら、
   そんなとこつっ立ってると危ないぞ」

祐一くんはボクらを見るなり
両手の本の束をドアの脇に置いた。

真琴「危ないじゃない、祐一
   こんな勢いよくドア開けるなんてさ」

祐一「いや、そりゃそうだろ、
   両手ふさがってたんだから
   足で蹴り開けるしかないだろ」

ボク「祐一くん、ボクら外で声出してたんだけど」

祐一「すまんな、ぎりぎり手を持ち上げて
   どうにかノブ回したところだったんで
   足に勢いがかかって止めようがなかった」

真琴「まったく、まだ片付けやってんだ、トロいわねー」

祐一「うるせ、真琴!
   暇人に言われる筋合いはねーぞ、
   だいたいお前のせいで…」

急に言葉が途切れる
代わりににやりと笑う祐一くん

真琴「何?…な、何なのよぉ」

真琴ちゃんも察しているみたい。

祐一「そうだなぁ…
   もう一人くらいいても良いよな、ごみ捨て係に」

真琴「えー!!、なんでそうなるのよ!!
   別に今日あたし、片付けに来たわけじゃないし」

祐一「ラストスパートなんだって、手伝えよ」

ボク「祐一くん、ボクが手伝うから」

真琴「ほら、あゆもああ言ってることだしさ」

祐一「いや、あゆ、もうあと一人いれば十分なんだ
   だから、お前は別にいらん、家ん中入ってろ」

真琴「ヤだよ、あたし、絶対イヤ」

祐一「あらかたマンガ持ってっちまったじゃないか、お前。
   報酬の対価分の労働はしてもらうぞ」

真琴「なんでー!? どうしてよぉ?
   祐一この前、廊下にに積んであったマンガ本の山
   片付けといてくれって、あたしに頼んだじゃない」

あ、その日って
真琴ちゃんが何回もマンガを持って帰っていった日のことかな

祐一「ああ、たしかに片付けてくれとは言ったさ、
   だがあの時、持って帰っていいとは言ってないぞ」

なんか意地悪っぽいなぁ、祐一君

真琴「なにそれぇ、だってあれだけマンガ置いてあればさ…
   あたしが持っていくくらいわかるでしょ」

祐一「いいや、ぜんぜんわからん。予想だにしなかった。
   後で一弥からことの顛末を聞かされて、そりゃ驚いたのなんのって」

うーん、祐一くんの言葉が
嘘っぽく聞こえるのはどうしてだろ…

真琴「でもさぁ、それだって労働よぉ」

祐一「好きなもの持って帰っただけだろが。
   どこが労働なんだよ、真琴ぉ〜」

真琴「あ、あぅ〜」(がっくし)

あーぁ、祐一くんに押し切られちゃった。

祐一君の言ってることも
そうとう虫がいい話なんだけど
流石にあれだけあったマンガを
譲ってもらったとなると、真琴ちゃん、言い返せないんだろうね。



真琴「とりあえずここの2つ、捨ててくるわよ」

祐一「おう、任せたっ」

祐一くんが持って出てきた本の束のうちの一つを
真琴ちゃんは持って門を出ていった。

ボクと祐一君は真琴ちゃんを見届けると家の中へ



祐一「いやぁ、やっぱ家の中は暖かくっていいよな」

ボク「……」

祐一「どうした、あゆ、靴脱がないと上がれないぞ」

ボク「ね、ボクも本捨ててくるよ
   外にもう一つ置いてきたでしょ、あれ」

祐一「戻ってくればまた真琴が捨てに行ってくれるさ」

ボク「駄目だよそれじゃ、
   元々これってボクの部屋の為の掃除なんだし」

祐一「それは気にしなくていいって。
   だいたいあゆ、お前これからまた出てくんだろ」

ボク「あれ?…ねえ、なんで祐一くんボクの予定を…」

祐一「ああ、いや実は名雪からな、
   お前が夕方出て行くから邪魔はしないでくれって頼まれたんだよ」

ボク「そんな、悪いよ。
   ボク予定変えるよ、明日出ればいいことだし」

祐一「んにゃ、代わりに名雪が入ったから、
   人数的にはもういらん。それに部屋の片付けももう終わる」

ボク「だったら真琴ちゃんと交代するよ」

祐一「駄目駄目、あいつを甘やかしちゃ駄目だって、
   対価はしっかり払ったんだからその分ちゃーんと働かせんと」













真琴「あぅ、もう無いの〜?」

一弥「ご苦労さま、まこちゃん、
   さっき結んどいた分は全部終わったよ
   しばらく休んでて、ほら、おやつもあるからさ」

真琴「あぅ、くたびれた〜、
   腕がちぎれるかと思っちゃったわよぉ」

一弥「ゴメンね、てっきり祐一さんが運ぶんだってばかり思ってて
   大きめにまとめちゃったんだ」

真琴「かずや〜、酷い、う〜」

一弥「ボクの半分あげるから、勘弁してよ」

真琴「え!? それホント!!」



玄関ですったもんだがあってからもう一時間、
片付けチームも手を休めて、
台所で秋子さん手製のアップルパイに舌鼓

もちろんボクも戴いちゃってる
…なんにもしてないんでちょっと心苦しいけど

『ボクお腹いっぱいだからいりません』
なあんて断ろうと思ったんだけど
いざ目の前に持ってこられると
どうしても手が伸びちゃうんだよね〜



帰ってきてから、
ボクはいろんなことを考えていた。

まずは、舞ちゃんのこと。
  
  不思議な力を持っている魔法使いさん…
  真琴ちゃんから話を聞いたときは半信半疑だったけど、
  でも舞ちゃんと最初に会ったときのことを考えると
  そうなのかもしれないって思えちゃう。
  
  わざわざボクに会いに来て忠告してくれた…
  その理由はなんだかよく分らなかったけど、
  でも、優しい人なんだろうね、やっぱり
  なんとなく…真琴ちゃんが『女神様みたい』っていうのも
  分るような気がするよ

  …舞ちゃんとはあの一回きりしか会ってない
  もう一度会って話したいな…

もう一つは、遥君が話してくれてたこと。
  
  遥君が祐一君と狐さんとのやり取りを横で見ていたって話、
  どう考えても、横で見ていたなんて思えないよ…
  あの丘に住んでる狐さんじゃあるまいし。
  
  あのとき祐一くんがあの丘でのことを全部忘れているって
  遥君言ってたけど…それって本当なのかなぁ

この二つのことは
アップルパイをほおばっている今でも
ボクの頭の中でぐるぐると巡っていた。


祐一「あゆ、何ぼーっとしてるんだ?」

ボク「え? 何、何?」

祐一「何ぼけっとしてるんだと訊いている」

ボク「考え事だよ…
   どうにもこうにも分らないことが多くてさ」

祐一「ほう、どんなことだ?」

ボク「どんなことって…その…」

祐一「知ってることなら答えてやっても良いぞ」

そうだ!
とりあえず舞ちゃんのことは置いておいて
遥君が言ったことだけでも確かめよう
丁度、祐一君もそう言ってくれてることだし…

でも、ものみの丘でのこと、
祐一君に尋ねるにはどうしたらいいだろう

そういえば、たしか遥君…

『そういやあいつ…おでん大っ嫌いだったもんな』

そうだ、うん
本当に祐一君がものみの丘でのことを忘れていたなら
あの狐さんに噛付かれまくった思い出だって消えてるから
おでん嫌いになるはずなんてないんだ。

だから、こう訊けばいいんだ。

ボク「あのさ、祐一くん」

祐一「お、早速質問か?」

ボク「うん、お願い」

祐一「んで、何だ?」

ボク「おでんは嫌い?」

祐一「はぁ?」

ちらっと一弥君や真琴ちゃんのいる方を向く祐一君

祐一「今晩おでんなのか?」

何事かと思ったけど
直前ちょっと真琴ちゃんの鈴の音らしい音が
微かに聞こえたから気になっただけなんだろう

祐一「…絶対にそれはないだろ」

ボク「じゃあ、嫌いなんだね、おでん」

祐一「いんや、俺はどちらかといえば好きだぞ」

あれ?
質問があいまいだったのかな?

もしかしたらおでんは好き
でも、そのうちの一品がどうしょうもなく嫌いだとか?

ボク「じゃあ、信太巻きは嫌いかな?」

祐一「はい? しのだまき?
   どこのアイドルだ、それは? 新人か?」


チリーン…チリーン…チリーン!

ドゴッ!!

真琴「祐一っ!! あああああんたはっ!!」

祐一「お…おぉぉぉぉ痛ってぇっ、
   なっ…なんだよおいっ、突然どつきやがって!」

驚いちゃった、
突然、真琴ちゃんが祐一くんをぶったものだから

祐一「お前、聴いていたんだったら分るだろう
   俺は質問されたほうなんだぞっ」

真琴「わかってるわ、でもそんなこと
   前もって仕込んでおけばどうってことないじゃない」

祐一「なんだそりゃ!?
   俺がそんなことするとでも思ってるのかよ」

真琴「じゃ、祐一じゃなけりゃ誰が知ってるっていうのよ!」

祐一「いや、お前がおでん嫌いってのはもう周知の事実だし
   …まあもっとも、何故そうなったんだかは誰も知らんが」

真琴「『誰も知らん』ですって、
   あれだけあたしのこと侮辱しておいて
   白々しいこと言わないでよぉっ!」

祐一「はぃ? 侮辱ってなんだ?
   さっぱり話が見えないぞ」

うぐぅ、どうしよう…
ボクの一言が元でこんなことになるなんて…
どうしたらいいんだろう


突然、袖をひっぱられる

名雪「あゆちゃん」

ボク「あ、名雪ちゃん」

名雪「ここはわたしがなんとかする、
   あゆちゃんは外に行ったほうがいいよ」

ボク「でも…ボクのせいで」

名雪「このままだとこじれちゃうよ、
   あのことはわたしも知ってるから、任せといて」

ボク「あのこと?」

名雪ちゃんがボクの耳元で囁く

名雪「信太巻きのこと」

ボク「え?…あっ」

名雪「早く行って、今日もいい夕焼けになりそうだから」

ボク「う、うん、わかったよ」

名雪「はい、これ」

そういって名雪ちゃんは
ボクのリュックを渡してくれた。

そういえば朝出てくとき、
台所に置いてったんだ。

名雪「あゆちゃんにはこれがなくちゃ、ね」

ボク「ありがとう名雪ちゃん。
   ボク、夕ご飯までには帰ってくるから」

名雪「行ってらっしゃい」

台所を抜け出し、玄関へ
そこでブーツをとりあえずつっかけて
矢のように家から飛び出す。
心の中で祐一くんにごめんなさいと言いながら…

祐一「おい、あゆ、ちょっとまて!
   お前には説明責任がぁ〜〜」

開け放ったドアの後ろから
祐一くんの声が聞こえた。














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