Chasing The Rainbow 《2-8》

Eyes In The Night (Afterglow 3)

by詠月(SELENADE)










う〜ん…困ったなぁ
地図見てもいまどこにいるんだかわからないや。

昨日名雪ちゃんに教えてもらった通りに
登っているのに…

周囲をきょろきょろ見回しても
右を見上げれば急な斜面の土からはみ出す木の根
左を見下ろすとうっそうと茂る針葉樹の木々
そしてボクが今立っている小道の先も後も
かろうじて続いているのが見えるだけ…

うぐ…これ絶対にけもの道だよ…

ボク、道に迷ったちゃったみたい…













昨日の夕方、
ボクは一日ぶりで大きな木の前まで行った。

いつものように木に触れて
ボクが連れて行ってもらったのは
さわさわと枯れ草の音が聞こえるような
寒々とした夜の野原…

そこに幼い祐一君がいた。

祐一君は野原から見える遠くの街の明かりを見ていた。
草むらに隠れるように、膝を抱えて…












祐一君はしばし見上げては視線をおとし
星空と街の灯を繰り返し眺めていた。

『痛つっ…』

首を上げるとき、ときどき声が漏れるのは
多分まだ首の痛みが取れてないから。

でも随分よくなった、
それはボクからみても分った。

『大分ましになったな…
 これでやっと気にせずに寝返りがうてる』

なんて言いながら
片手を首に添えてゆっくりとさする、祐一君

『…っても布団があればの話か…はぁ〜〜』

思い切り白い息を吐いたその直後
ぶるぶると体を震わせる。

『っーー!! さむっ!!』

体をちぢこめて、肩に手を回して、
なんとか寒さに堪える祐一くん。

『ふ…この寒空の下で野宿…なんて…』

体の震えがどんどん大きくなっていく

『なんて…出来るわけねーだろが!! あぁっ!!』

とうとう寒さに我慢できなくなったみたい…

『ちきしょ―――――っ、名雪っ、
 こんなとこまで俺を追い詰めやがって、殺す気か俺を!!』

立ち上がって、
草むらをあちこち動き回る。

『どーしてだ、どーしてこんな羽目に
 陥らにゃならんのだぁぁぁぁぁぁ!!』

枯れた草を足でなぎ倒すかさかさとした乾いた音と共に
祐一君の叫び声があたり一面に響く。













家に帰ってから
ボクは名雪ちゃんに見てきた光景を説明した。
名雪ちゃんの話だと、ボクが見てきたのは
その前に見た光景の続き、
名雪ちゃんが商店街で祐一君を追いかけ回したその夜のこと。

あゆちゃんと別れてから
名雪ちゃんがずっと追いかけてくるので
祐一君は街外れの丘の上まで逃げていったんだって。

祐一君の居たその丘は
「ものみの丘」だと名雪ちゃんは教えてくれた。

そして今日、朝遅くお家を出たボクは
名雪ちゃんに描いてもらった地図を片手に
その丘の上に向かったんだ。

昨日見たことが本当だったのか
確かめるために…












ひとしきり叫び終わった祐一くんは、
再び丘の上に腰を下ろしていた。

『…くたびれた、バカやったもんだ…』

祐一くんの表情は沈んで
さっきみたいな威勢はまったく無くなっていた。



『くそっ、…手が…』

目の前に両手を持ってきて開いたり閉じたりと動かす、
でもその手はかじかんでいるようでゆっくりとしか動いてくれない。

『はぁっ、はぁ〜〜〜〜〜っ』

何度も何度も両手に真っ白な息を吹きかけ、
両脇にその手を挟んでこすりあわせる祐一くん。

なんか可哀想…

なんとか暖めた両手を
ジャンパーの左右のポケットの中に
すばやく潜り込ませる。

『あ…!?』

驚いたような声
なにかあったのかな、ポケットの中に。

『そっか…そうだよな…』

祐一くんの表情が微笑む…

『…大丈夫だ…俺にはこれくらいの困難なんて…な』

だれかに言い聞かせるみたいな独り言だった。

右手が入ったジャンパーのポケットは
左手よりも膨らんでいて、まるで何かを握り締めているよう。

偶然中に入れてた食べ物でも見つけたのかもしれないと思ったけど、
祐一くんはポケットからそれを取り出しはしなかった。



突然草むらの中から音が聞こえてきた、
それは野原全体を取り囲むような風の音とは違って、
方向が分るはっきりとした音だった。

『な、なんだぁ…』

音のした場所に祐一君がすかさず向く
両手をポケットに入れたまま、
だから当然…

ドテッ!!

体をひねった側に向かってひっくり返えっちゃった。

『畜生っ…』

ポケットから両手を出して
なんとか四つんばいに這う、
首を上げて正面を見ると…

二つの光る点が、
ちょうど祐一くんの目線上の高さに浮かんでいた。

『どわあぁぁぁっ!!』

飛び退くように立ち上がり

『…来るな…来るなよ!』

光の点と逆の方向に後ずさっていく。

でも、その光る点は離れていかない…
距離をとって遠巻きから眺めているみたい。

『うわはっ…!』

後ずさりするうち
足を滑らせしりもちをついてしまう。

祐一君が動けなくなったのを知ったのか
その光る点は祐一君に向かってゆっくりと近づいていった。

『しっしっ! あっちいけ!』

被っていた野球帽を手にとって
思い切り腕を振り回す。

でも光の点は近づくことをやめない
祐一君に近づくほど速度を速めていく。

そしてとうとうその光る点は祐一君の体に飛び込んできた。

『うわぁぁ!!』

驚いて後ろに向かってのけぞった祐一君は
そのまま仰向けにひっくり返えった。



光る点は祐一君の上に乗っかっていた。

その正体は…

『きゅ〜ん…』

狐さんだった…

『あひっ!』


倒れている祐一君の顔を
ぺろぺろ舐めはじめる狐さん。

『や、やめれーーー!!』

祐一君はまだ光る点の正体に
気づいていないみたいだった。

『食わないでくれーーー!!』

『後生だーー』

『俺はおいしくないぞぉぉぉーー!』

いくら祐一君が声を張り上げても
狐さんは祐一君の顔を舐め続けてた。

でも…

『ひー、化け物っ!!』

その叫び声に狐さんは
びくんと体を一瞬振るわせると
うなり声を上げた…

『う―――っ』

祐一君の顔を舐めるのを止めた狐さんは
その代わり口を思い切り開いて…
そして…

ガブリッ!

『っ、うぎゃぁぁぁぁぁ――――!!』













先が明るくなってきたよ、
もしかしたら、ものみの丘かな…

期待を胸に膨らませ
半ば棒になったような足を
無理やり前に進めていく…



あれれ?…あの木
さっき見た木だよ…

間違うわけがない
その木の折れた枝
ボクがさっき滑り落ちそうになったとき
とっさに掴んで折っちゃったんだから。



また、同じところ…

やっぱり駄目だよ…
ぐるぐる同じところ回ってるよ…



はぁぁ…おなかすいたなぁ…
喉も渇いたし…

時刻はもうお昼を
過ぎたかもしれない。

しょうがない、
ここでお昼ご飯にしよう。

よいしょっと

ボクは近くの木に体重を預け
リュックを外し枝に引っ掛けて
とりあえず水筒を取り出す…

中に入ってるのは暖か〜いほうじ茶っ
カップ代わりの蓋に注ぐと香ばしい匂いが
ボクの鼻の奥をくすぐってくれる。

はぁぁ、生き返るよ〜。

リュックはいつもボクが背負ってるものじゃない。
ハイキング用のちゃんとしたもので、軽くてとーっても快適。
ボクのリュックだと水筒が入らないからって
秋子さんが用意してくれたんだ。

『水筒なんていらないよ』、
なんてお家を出るときは思ってたんだけど
今にして思えば秋子さんの言葉に従っておいてよかったぁ。
ありがとう、秋子さん。

一息ついたところで水筒を戻し
こんどはお弁当を取り出す。

秋子さんが作ってくれたお弁当
本当は丘の上に着いたら
食べようとおもってたんだけど…



『いい景色でも見ながら食べてくださいね』



こういうところもいい景色なのかなぁ…

おにぎりでも落としたら
そのまま転がり落ちていきそうなくらいの
急な斜面が下に見える…

木を背にしてもたれかかりながら
腰をおろしてのお昼ご飯。

お行儀悪いけど
まわり中みんな傾いているから
こうするしかないんだ。













『うおおぉぉぉぉぉぉっ、いーかげんにせんかい!』

両腕で狐さんの脇をがしっとつかみ上げ
睨みつける。

『噛みつきやがって、このやろ!』

噛みつかれた祐一君は、狐さんを払いのけ
ようやく正体に気づいた。

噛まれたのは右のほっぺ、
幸い、噛みつきは甘かったらしく
あまり気にならないみたい

『おまけに顔、べったべたにしやがって』

それよりも祐一君の顔は狐さんがさんざん舐めたり
甘噛みしたりして、てりてりになっていた、
だから風が吹くと…

『どわぁぁ、かかっかかか顔がぁぁぁ!!』

一気に顔がかじかんで、
冷たさは痛さになって襲い掛かる。
今の祐一君にとっては噛まれたことより
そっちのほうが大問題だった…



狐さんを捕まえて一通りのお説教、
それが済むと祐一君は狐さんをその場に残して立ち去ろうとした、
けど狐さんは祐一君の後を付いてくる。

無視したり、走り回ったり、叫んだりして
必死に狐さんを追い払おうとするんだけど
狐さんは、なぜか祐一君になんどもなんども近づいていく。

時に甘えるように「きゅーん」と
時に憎むように「う―――」と吠えながら
でも決して祐一君の近くから離れようとはしなかった。



『くたびれた…ちきしょう…』

とうとう祐一君はあきらめて
その場にへたり込んじゃった。

『きゅーん』

狐さんも祐一君の正面に座る

『寒い…動かなくなるとすぐ冷えちまう、
 でも…腹減ったし…それに眠いし…うぅ…』

『きゅぃ〜ん』

甘えるような鳴き声
近づいても逃げない祐一君に安心したみたい。

『…んだよ、
 こんなくだらないことで体力消耗させやがってよぉ…』

『きゅ〜ん?』

『朝、死んでたら8割はてめえのせいだぞ…ああん!』

凄みながら狐さんに思いっきり顔を近づける。

『おい、わかってんのか? 申し訳ないと思ったら、
 風除けになりそうな板っ切れでも探してもってこいってんだ!』

むちゃくちゃ言ってるよね…

『う―――っ』

ガブリッ!

『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ―――!!』

あ〜ぁ、また噛まれちゃった…













ごちそうさまっ
さすがは秋子さんのお弁当
文句なしにおいしかった
今の状況を忘れさせてくれるくらい。


さて、これからどうしよう、
丘の上に登ることよりも
下まで無事に降りられるのかな…
そっちの方が心配だよ。

「おい…」

どっちの道伝いにいっても
下に降りてかないし、
かといって上に繋がる道もないし…

「おい、ってばよ!」

休めば何とかなるかなと思ってたけど
足の疲れもあまり取れなかったし…
もうちょっと休んでいこうかな…

「聞こえないのかよ!」

…ん…?
なんか声が聞こえたような…?

「おい、お前こんなところでなにやってるんだ?」

だれかいる!

「ボクのこと!?」

「そうだよ、お前だよ!」

周りをきょろきょろ見回すけどだれもいない

「あの…どこにいるの?」

「上だよ、ほらこっち!」

パンパン!!(手を叩く音)

音の聞こえてきた方向に向くと

斜面と空の切れ間から
男の人の顔が覗いていた。
ちょっと怖そうな顔、
でもどこかで見たような…

「なんだ、あゆじゃないか!」

…そうだ、ボクのパーティに来てくれてたよ、
遥君だ! 美汐ちゃんと一緒にいた。

「ちょっとまってろ、今そっちまでいくからな」













『…おどろいたな…』

夜でもわかるんだ、
祐一君があっけにとられているって。

…だって見てたボクだって信じられないんだから。

『言葉…わかるのか…?』

そうだね、そうとしか思えないよ…

祐一君の目の前には大きな毛布をくわえてる狐さん。
狐さんは毛布を引きずりながらここまで持ってきていた。

『どっから持ってきたんだよ?、こいつを』

巣穴からだよ、この狐さんの…
祐一君はずっと寝転んで星空眺めてただけだから知らないだろうけど

『きゅ〜ん』

毛布の上で祐一君に声を掛ける狐さん。



『悪ぃ、ちょいと退いてくれないか』

祐一君が望んだ通りに狐さんが毛布から離れる。

近づいて毛布を手に取って広げてみる祐一君。

『うはっ、土ぼこりいっぱいだな』

ばさばさと毛布を振うと、
こびり付いていた砂や草がほこりのように舞い上がった。

一通り毛布の汚れを振い落とし
祐一君はマントのように毛布を羽織る。

『助かった、これでなんとかしのげそうだ』

『きゅーん』

『お、ありがとよ
 …ほら、来な…』

しゃがみこんで
狐さんを手招き。

狐さんは喜び勇んで
祐一君の広げる毛布の中に飛び込んでいった。

狐さんをひしっと抱きかかえる祐一君。

『きゅぃ〜ん』

いいな、こういうのって
お互い分かり合えたなんてさ。

『いやー、こういうときは
 アンカはやっぱり必須だよな』

えっ?

『おほぉ〜、ぬくいっ!!
 ははは、こいつはいいや!!』

…そろばんずく…かぁ、
ちょっとひどいよ、祐一君
そんなこと言ってると…

『う―――っ』

ほ〜ら、やっぱり。

ガブリッ!

『ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ―――!!』

…やれやれ、
どうして一言多いんだろう。













「ほら着いたぞ、ここに来たかったんだろ」

「うわぁ…」

そこは周囲に木がほとんど無い開けた場所
枯れ草のじゅうたんが
ゆるやかな斜面に敷き詰められた野原
その向こうに見える街…

祐一君が見ていた街の灯はこの街からのなんだろう。

「さ、ここまでくれば問題なし、
 手ぇ離してもいいぞ」

「ふう…」

遥君の手を離すとほぼ同時にボクはその場に腰を下ろす。

耳元で枯れ草がかさかさと音を立てる。

「そうとうへばってたんだな」

ボクを見下ろしてにっと笑う遥君。

「うん…ずっと歩きづめだったからね…」

深呼吸を一回
丘の上の冷たく澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。

「はぁ、…でもそれより
 こんな近くだなんて思いもしなかったから、
 気が抜けちゃって…」

「この辺は迷いやすいからな…ははは」

「そうなのかなぁ」

「それにつけても…
 一体なんでこんな僻地に来たんだ?」

「遥君こそどうしてここにいるの?」

「あ、俺? 俺は…アレだよ、
 その、定期巡回っていうかなんていうか…」

「ていきじゅんかい?…
 それって見回りのこと?」

「そうだな、そんなもんだ」

「何の?」

「へっ?」

「だって、見回りでしょ、
 だったらなにか見回りする理由があるはずだよね?」

『ちっ』と舌打ちをする遥君
まるで『まずかったかな』って言ってるみたい。

「…悪ガキどもが…狐達に悪さしないようにだよ…
 この辺の狐は…人間の怖さを知らねえから…」

ぼそっとした声で答える
無理に答えさせちゃって悪いことしちゃったかな…

「さ、こんどはあゆの番だぞ、教えてくれ」

「うん。実は祐一君が、ここに来たことあって
 それで、そのときの話聞いていたら、
 一度行ってみたいなって思ってさ」

「はん? 祐一が?」

きょとんとした顔の遥君。

しばらくの沈黙の後で。

「ふむ……なあ、その祐一ってのは…」

遥君が自分の胸の辺りに手をかざした。

「これくらいの背丈だったころのか」

あれ? どうして知ってるの?

「うん…そうだよ、まだ祐一君が子供のころ…
 どうしてだかは知らないけど、
 ここに迷い込んで、夜を過ごして…」

「あ、やっぱりそれか!!」













『…ん、む』


陽の光で、祐一君が目を覚ます。

『きゅーん』

毛布の中で声がした
祐一君がもそもそ動いたから
狐さんも起きちゃったみたい。



ボクの印象では
狐さんと一緒に祐一君が眠ってから
ほんの少ししか経っていないはずだった。
でも気づいたときにはなぜかもう朝、
月の入りも明けの明星も夜明け前の薄暗い空も飛ばして…
TVドラマのシーンの切り替わりみたいに
突然真夜中から朝に…

まるでボクまで寝ていたみたい…
祐一君達と一緒に…



とはいえ…ここは大きな木が見せてくれてる世界
時間の流れが普通とは違ってても不思議じゃないかもしれない。



『ふぁぁ、よく寝たなぁ』

『きゅーん』

毛布の間から顔を出して
祐一君を見上げる、狐さん。

『一晩しのげたからな、礼を言うぞ、狐』

『う―――』

え? もしや…

『は?』

ガブリッ!

『な、なしてじゃぁぁぁぁぁぁぁ!』

それはボクにもわからない
どうしてなんだろう…
別に昨日の夜みたいに祐一君が
怒らせること言ったわけじゃないのに…

『なあおまえ、なんでそう俺に噛み付くんだよ…、
 なんか気に入らないことがあったのか、ん、狐よぉ?』

ガブリッ!

『…っあぁぁぁぁっ!!』



それから数回ほど噛み付かれてから、
祐一君はようやく狐さんが噛み付く原因に気づいた。

『…名前か? もしかしたら「狐」じゃ駄目なのか?』

ガブッ!!

『うをぉぉぉ!!、やっぱり図星ぃぃぃっ……』













「違う、そっちじゃない」

「え、でも…たしかこのあたりだっ…」

いけないけない!
ボクは直接見てないことになってるんだった。

「…このあたりだって祐一君から聞いてたけど…」

なんとか上手く言葉を繋げられた、かな…?

「この辺には似たような巣穴は沢山ある、
 似てるが、これは違う奴のだ」

きっぱりと言い切った遥君に
ちょっと驚くボク。

「ほら、こっちだ」

遥君、どうしたんだろう…
ボクは狐さんが毛布を持ってきた巣穴の場所を
教えてあげようとしただけなのに…

「なにやっんだよ、ほら来いよ、あゆ」

遥君がボクの手を引っ張る。

連れて行かれた場所にも似たような巣穴があった。
ほとんど同じ景色、見ただけではさっきの場所との違いはよく判らない…
そこは祐一君が座っていた場所からさほど離れていなかった。

「まあしかし、間違ってたとはいえ、よく聞いた話だけで
 巣穴の場所までわかるもんだよな、感心するぜあゆ」

うぐぅ!
遥君、図星だよ

「地図でも書いてもらったのか、祐一に?」

うん、そうだね、そういうことにしちゃおう!
…とボクが口を開けた矢先。

「…しかし、あの祐一がそこまでマメだとも思えん」

「うっ…ぐぅ」

『うん』を『うぐぅ』にするのが精一杯だったよ

「こんな丘でのことなんて大方忘れてるんじゃないのか?」

ボクの方を向いてにやっと笑う
全てを見透かした刑事さんみたいな不敵な笑い。

なんとか誤魔化さなきゃ。

「それは…印象的だったからだよ、この丘での一夜が」

「ふむ……なるほどねぇ
 こんな丘の上で一夜を過ごすのは確かに珍しいかな、
 ましてや、狐が毛布を恵んでくれたなんてほとんどありえん体験だしな」

よぉし!なんとか乗り切ったよ
じゃあ、今度はボクの反撃!

ボクは思い切って質問してみた
遥君こそどうして正確な巣穴の場所知っているのかってね。

「さて、どうしてだと思う?」

え…?
どうしてって言われても…

「だから今それを訊いてるんじゃない」

「しょうがねえな、じゃ三択だ。
 1、俺がそのときこの場で祐一たちに出っくわしていたから!
 2、超能力で読み取ったから!
 3、たまたまこの場所に来てた祐一から聞かされたから!
 さあ、このうちのどれだ!!」

そんなの…一つしかないよ

「3だよね…」

「はははっ!」(高笑い)

「…でも、そう…でしょ…」

「ご想像のままに」

「そんなのずるいよー!
 ボクちゃんと答えたのに!」

「まあまてって、それよりあいつらの話だ。
 続きを聞かせてくれよ。答えはそれから」


すっかり遥君のペースにはまりちゃったみたい…ボク。













『じゃあ、「ほ」始まりはどうだ?』

『う―――』

ぐ―――

『「ほしみ」とか、「ほたる」とか、あと「ほなみ」とか
 なかなかかわいい名前があるぞ、ん?』

『う―――』

ぐ―――

『…駄目かよ…畜生め』

『う―――!』

ぐ―――

『おわっ! そうガチガチ歯鳴らすな、まったく』

ぐ―――

『くそっ、腹減ってるってのに、畜生』

『う―――!』

『お前じゃないって、腹の虫に言ったんだ。
 俺はな…昨日の昼から何にも食ってないんだぞ』

ぐ―――



自分のお腹の虫と、狐さんのうなり声に困らされながらも
祐一君は狐さんの名前当てを続けていた。



『どんな名前で呼んでやれば気が済むんだよ、ほんとお前はよ!
 俺はもう限界ギリギリ!すぐにでも山下りて飯にありつきたいんだよ!!』

『うぅ―――っ!』(怒)

ぐ―――

『あーはいはい、わかりましたよ、はぁ…
 じゃ次は「ま」だ! 「ま」から始まる名前!』

狐さんが突然、耳をよせた

『お、反応あり…か?』

『きゅいーん』(嬉)

『ほほぉ…そうか…』

狐さんの喜びようから
どうやら狐さんの名前が「ま」から始まることは
間違いなさそうだった。

『よぉし、これで決まりだ!
 お前にぴったりの名前、わかったぜ!!』

えっ?、たったそれだけでそんなこと判るの?
祐一君、凄いな

『お前の名前は…』

構えたような狐さんの顔は
期待に満ちているように見えた。

『お前の名前は、「真希(まき)」だ!』

ガクッ

がっくりと首をうなだれる狐さん
まちがいなくショック受けてるよね…

期待させてただけに、立ち直った後が怖いよ
あてずっぽうなんだったら言わなけりゃいいのに…

そんなボクの想いも、狐さんの表情も無視して
祐一君は突っ走る。

『そして上の名前は「篠田(しのだ)」』

『「篠田真希」…「しのだまき」
 …「信太巻きぃ!」なんてなー!、わははははははは〜!!』

ガブッ!!
ガブッ!!
ガブッ!!

…うぐっ、残酷ぅっっ!!



『うぅ……だってしょうがねえだろ、腹減ってて…寒くて…
 こんなとき…思いっきり熱々のおでんほおばりたくなったってよぉ―――っ!!」













「…しのだまき…なんだそりゃ?」

「いやだから、祐一君、そのとき信太巻きが食べたかったんだよ、多分」

「それって、食べ物なのか?」

「おでんだねの一種だよ、
 油揚げでごぼうとかお肉とかを巻いてあるやつ」

「はぁっ、そういやあいつ…おでん大っ嫌いだったもんな。
 なるほど、合点がいった」

「それ祐一君のこと?」

「あ? あーいやいや、祐一じゃない
 …しかし…笑える話だな、そりゃ」

なんか否定してるみたいだけど…
祐一君じゃなければ誰の事だって言うの。

「どう考えても祐一君のことだよね、それ」

「ま、そう思うんだったら、
 訊いてみたらどうだ、本人にさ」

さっきから灰色の答えばっかり
もうこれ以上はぐらかされっぱなしじゃしんどいよ。

ボクは自分が祐一君から聞いたのはここまでだって遥君に伝えて、
さっきの三択の答えを教えてくれるようお願いした。

答えは当然ボクの予想どうりだろうけどとにかく
一つ一つはっきりさせていこうと思ったから。

遥君はあっさりと答えを教えてくれた。
その答えは信じられないことに…1、つまり正解は…
『遥君が祐一君たちの一幕を見ていたから』!?

「ああ、覚えてるからな、あのときのことは鮮明にな」

…何それぇ!?

「俺、草むらの影に隠れて一部始終見てたからな」

回りをきょろきょろ見渡してみる
この草むらに人が隠れられるとは思えない
草むらはそれくらい低かった。
それはもちろん昨日ボクが見た光景だって同じこと。

「もっとも…あいつらがなにやってるのかまでは
 よく判ってなかったがな」

合点がいかないボクのことはおかまいなしで
遥君は続ける。

「しかし、あんた凄いな、超能力者かい?
舞ほどじゃないが、なかなか大したもんだ」

「え、なんでボクが…そんな…?」

もしかしたら、ばれてる…(汗)

「ははは、嘘ついたって駄目だぜ
 祐一はそのへんのこと一切合切忘れてるんだからなあ」

「うぐぅ!!」

「一度訊いたことあったんだ…祐一にな、
 が、まるっきり忘れてやがる、まったくおめでたい奴」



遥君が祐一君達の一部始終を見てたという信じられない話、
加えて、ボクの嘘がばれていたこと…

もうボクの頭はまっしろ…



『ま、なんにせよありがとうよ、
 昔の思い出が鮮明に蘇るっていいもんだな』

『…そうだなあ、羨ましかったなあの光景は…
 二人で毛布にくるまって寝れるなんてなあ』

『あんなもの見せつけられるから
 オレも迷わされたんだよな…』



金縛りみたいになっちゃったボクは
軽くあいづちを打つだけで精一杯。


遥君はそんなボクの様子に気をとられることなく
遠くに見える街を向きながらゆっくりと喋り続ける
遠い昔を懐かしんでいるように…



『あゆや名雪とかだったら、
 オレももうちょい幸せだったかもしれないんだが…』

『それがなんの因果か……あのキツい……はあ〜ぁ……』

「――なにがキツいんですか…?」

とつぜん横から聞き覚えのある声。

「そりゃもちろん、あの、おばさんくっさい、みし……うぇ?」

ボクのほうを突然向く遥君。

その顔は『今喋ったの、あゆ?』って訊いてるみたい。

もちろんボクじゃないから首を横にふる。

すーっと遥君の顔から血の気が引いていく。

ようやく後ろに立ってる美汐ちゃんに気づいたみたい。

「――そんなにおばさんくさいですか、私…?」

「んぎゃあぁぁぁ――――――っ!!」














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