思い出をあなたに≪第一章≫

by詠月(SELENADE)





――――― MULTITRACK SUGGESTION ―――――




 浩之さんはわたしのことを今でも想っていてくださるのかしら。

朝焼けの街中、マルチは突然不安を覚え、立ち止まった。

 ここであきらめたらダメ……あの子達のためにも。
 彼女達は命をかけてまでわたしを逃がしてくれたのだから。
 別れた今でもあの子達が側にいるように感じる、そしてわたしを励ましてくれる。

少しずつ……くじけそうだった気持ちが薄れていく。

「浩之さんは必ずわたしの帰りを待っててくれる」

自分にそう言い聞かせ、マルチは再び歩き始めた。





朝焼けが徐々に晴れていき、モノトーンだった街並みも少しずつ色を取り戻していく。
マルチの目に朝陽が飛び込んでくる、眩しさに思わず目が眩む。
その刹那、マルチの心に浩之の顔が浮かんだ、浴びる朝陽とうらはらの悲しげな表情を。
『……おい、いいのか? 本当に帰るのか?』思い出す、彼との最後の会話。

 あいたかった……

この半年間そればかりを考えていた。
「浩之さん……」思わず涙が出る。
涙を拭いてあたりを見回したそのとき、「あ!」マルチは声をあげた。
遠くの丘に坂道が見える、曲がりくねった細い坂道の両脇は木々に覆われて
所々から白亜の塀が覗いている、坂道を辿っていくと丘の上には学校。
すぐにわかった、それは紛れもない浩之との出逢いの場所。
「戻ってきたんだ、浩之さんの街に」





だいぶ陽ざしが厳しくなった頃に、マルチは商店街のアーケードをくぐった。
二年ぶり、マルチにとっては半年ぶりの懐かしい景色。
まだ開店前なのか、あいている店はまだあまりなかった。
店の準備に追われている八百屋を見つけたマルチは、店主らしきおじさんに声をかけた。
「あの、少々おたずねしたいことがあるのですが」
「はいはい、お!、これはべっぴんさんだねえ」
「ここの近所に藤田さんと言うお宅はございませんか?」
「藤田さんねぇ?、あぁ、たしか先月引っ越したんじゃあなかったっけ」
「え!」マルチの顔がこわばる、「そんな……」
そのとき店の奧から声がした、
「藤田さん?たしかマルチちゃんの所も藤田さんだったと思うけど」どうやら店主の奥さんらしい。
「へ?マルチちゃんの所も藤田さん……だっけ?」
「そうだよ、なにぼけてるんだよアンタはさ」

結局マルチはどちらの藤田さんの住所も教わり、地図まで描いてもらった。
もちろんマルチは〈引っ越していない方の藤田さん〉の家にまっさきに向かった。
地図の通り歩くに従って記憶が鮮やかになって行く、駅前のゲームセンター、公園、そしてその先、
地図が示しているのは間違いなく浩之の家。
マルチは公園までくると木陰のベンチに腰を下ろした。
木陰で涼を取りながら、セミの鳴き声に耳を傾けながら、マルチはひとり沈む。

 浩之さん……わたしとの約束を守ってくれたんですね、わたしの妹を買ってくれたんですね。
 でも、わたしはどうしたらいいのですか、わたしは……

マルチはずっと考え込んでいた、が、暫くして何かを決意したように立ち上がった。
燦々と輝く太陽は既にベンチの木陰を消してしまっていた。





マルチは浩之の家の前に立っていた。
何度か迷いながらも彼女は呼び鈴を押した。

ピンポーン

……返事がない、もう一度押してみる。

ピンポーン

……やはり返事はない。
何度か押してみるが、家の中で呼び鈴の音が響くだけだった。
「出かけてらっしゃるの……かしら?」
彼女は玄関先で浩之の帰りを待つことにした。

窓を開けはなった隣の家からラジオが聞こえる。
マルチはラジオの時報を何度か耳にした。
が、浩之が帰ってくる様子はない。
いつまでも待つつもりだった。
四回目の時報を聞いた頃だろうか、マルチは自分の体の異常に気がついた。

 バッテリーが切れかけてる、どうしていままで……

浩之に会えるという想いが、今までマルチから疲れという感覚を遠ざけてしまっていた。

 昨日の夜に充電ができてれば……

浩之の家に着くまでマルチは夜な夜な闇に乗じて住宅の庭先に忍び込み電気を失敬していた。
屋外コンセント目当てだった。
しかし、昨夜に限ってマルチは充電し損ねた。
ちょうど忍び込んだ家が犬を飼っていて追いかけ回されたからだった。

 予備電源の電池残量もほとんどない……
 早く充電しないと……でも……

困ったことに、昨夜のことでマルチは一つしかない電源コードも失なってしまっていた。
それは今のマルチにとっては生命線ともいえるほど大切な物だった。

 このままだとメモリー保護装置が働いて強制的に省電力モードになってしまう、
 そうなったら意識が途切れてしまう、
 もし、倒れてるわたしを見て、浩之さんが来栖川のサービスを呼んでしまえば……
 わたしは二度と浩之さんに会えなくなる。
 そんなのいやぁ!
 お願い浩之さん、早く帰ってきてください。





夕暮れの公園の中を浩之はマルチと歩いていた。
「大丈夫ですか、浩之さん?」
「ふぁぁあ、きつかったなぁ、でもやっと明日から休みだ、俺は自由だー!」
「いくら休日前でも無茶ですぅ、夜から今までずっと働きずめなんて、健康に悪いですぅ」
「しょうがないさ、交代が来ないんだから、それより急に呼び出してすまなかったな、マルチ」
「わたしは省電力モードで待機していただけですから、浩之さんこそなんでお家に帰られなかったのですか、
 お店の方はわたし一人でやれたのに」
「んー、マルチが来てくれたんで、明け方は俺寝れたしさ、それにマルチと一緒のほうが良いし」
「浩之さん、う……、うれしいですぅ!」

 あ、いや、おまえ一人じゃ、その、お客のほうが心配だから。

口から出かかったその台詞を浩之は飲み込んだ。

 やばいやばい、マルチは純粋だからなぁ、この前みたく落ち込んだら大変だしな。
 あかりだったら、んな軽口平気でたたけたんだがなぁ、むぅー。

浩之がそんな考えを巡らせているうち、二人は家の前までやってきた。
「ひ、浩之さん、浩之さん!玄関前に人が倒れてますぅ!」
「え?」思考モードから我に返った浩之が見たのは、
足を前に投げ出しドアにもたれている美少女だった。
彼女を見て、浩之はつぶやいた。
「セリオ!?」





 う……ん、あれぇ………、わたし……どうしたんだろう、たしか………

 わたしがまどろみから目覚めて最初にみたのは暗闇の中に光るオレンジ色の点。
 暫くするとその光は天井の豆球だということにわたしは気付いた。

 ……どこなんだろう、ここは。

 わたしは部屋のベッドで寝かされていた。
 体を右にひねると木製の椅子と机が目に飛び込んできた。

 ………どこかで見たような……懐かしいような………

「あ!」
 それが浩之さんとの一夜の夢を分かち合った部屋だと気付くのに時間はかからなかった。
 驚いたわたしはベッドから上体を起こす。
 目に入った自分の左手からは電源コードが伸び、その先はコンセントに接続されている。
 そのとき、部屋のドアから光が漏れて、その中から女の子が顔を覗かせた。
 彼女はわたしの顔を見るなり驚き、後ろを振り向いて、
「浩之さーん、お目覚めになりましたぁ!」と声をあげた。

 そう、彼女はわたしの妹の一人、浩之さんに選ばれた幸せなわたしのいもうと……

 少し開かれたドア越しに彼女がもう一度わたしの方を向いた。
 わたしがほほえむと、彼女は安心した表情で「いま、ご主人様が参りますから」と言って
 わたしにぺこりとお辞儀をした。
 階段をトントンと駆け上がってくる音が聞こえる、
 音が近づくに連れてわたしの胸の高鳴りも激しくなる。

 ドアが大きく開かれて、薄暗い部屋にふたつの影が飛び込んできた。
 パチッ、パチッ、と音が聞こえると同時に光の瞬きが起こって、部屋が明るくなった。
 わたしの目の前に”彼”が立っている、二度と会えないと思っていた最愛の人……浩之さんが……
「大丈夫?」

 優しい声、あの夜、この部屋で幾度も聞いた彼の声、
 ああ、このまま浩之さんの胸に飛び込めたら、どんなに幸せだろう。
 でも……それは叶わぬ夢……

「はい、大丈夫です、バッテリーが切れかかっただけですから」
「そう、でもどうしてあんな所に?」

 浩之さん……許して下さい……

 わたしは昼に公園で考えた言い訳をしゃべり始めた。

「あの、その……マスターが仕事の都合で外国に……私、マスターの知人のところでお世話になる
 はずだったのですけど、訪ねてみるとそちらも引越しされたらしくて……
 この辺の近くなのですが、そちらのお宅の名前が藤田様だったもので……」

 わたしは胸のポケットからさっき描いてもらった地図を出し、浩之さんに見せた。

「は、なるほど、それでウチに」
「はい……助けていただいて本当にありがとうございます、藤田様」
「君、家はどこなの?」
「ここ暫くは仕事の都合で都心のホテルを住まいにしていました、自宅は札幌なんです」
「そっか、遠いなぁ……あのさあ、マスターとは連絡とれないのかな?」
「はい、急な商談とのことで連絡先は聞かされておりません、それに政情が大変不安定な国ため
 電話や電力の供給すらままならないとのことで」
「それできみを連れて行けなかったってわけか」
「はい」
「うわー、かわいそうですぅ、ひとりぼっちだなんて」

 浩之さんの後ろでマルチが心配そうに言う。
 今のわたしにこの子の純粋さは眩しすぎる……

「ご主人様の出張ってどれくらい長いのですかぁ?」
「来月初めの……たしか土曜日に戻られると聞いております」
「丁度二週間……か、よし、マルチ」
「はい。」
「隣の部屋、掃除してあるよな」
「は、はい!」

 浩之さん………

「じゃあさ、ウチに泊まれよ、二週間ぐらいだったらいいぜ」
「そんな……ご迷惑では」
「いや、部屋は余ってるんだ、オヤジもお袋も滅多に戻ってこないしさ」
「でも……助けていただいたうえにこんなことまで、HMのこの私に……」
「この家じゃ、HMと人間とを分け隔てることはしないんだ、いや、俺がさせないさ、そんなこと」

 浩之さん………ありがとうございます………そして………ごめんなさい。

「そうだ、君の名前聞くの忘れてた!教えてくれないか」
「あ、失礼しました、私、来栖川製メイドロイド,HM−13セリオタイプ、
 マスターからいただいた名前は………ユニ………です」

 わたしはマルチという名をたったいま……捨てた。
 そう、今からわたしの名はユニ………マルチでない存在………

「俺の名前は浩之、藤田浩之だ、んで、こいつが」
「マルチですぅ、なかよくしましょうね、ユニさん」
「よろしくお願いいたします、浩之様、マルチ様」
「その<様>ってのは止めてくれないかなユニ、せめて<さん>付けぐらいにしといてくれよ」
「わかりました、浩之さん……」

 浩之さん、浩之さん………ずっとあなたに伝えたかった言葉………でも言えなかった言葉………
 浩之さん、浩之さん………もっと何度も呼んでいいですか、浩之さん………





 ユニとの出逢いがあった次の日、
 バイト期間中の無理が俺の現実世界への帰還を容易ならざるものにしていた。
 俺は脈絡の無い大冒険に次ぐ大冒険にへとへとだった、
 ここまでムシがいい話が続けばいやでも夢だってわかる。
 すでに世界を3回も終末から救ってやったにも関わらず
 再び姫様(CAST:マルチ)を助ける孤独な戦いに俺は引きずり込まれた。
 ……もうヤダ、勘弁してくれ〜〜!
 で、経験値もろくに貯めず、俺は決戦の時に目覚めるはずのラスボス《眠りドラゴン》をたたき起こし、
 火吹きながら暴れまわる奴の口の中に飛び込んでいったのだ。(ゴメンな、マルチ姫)

「あっち――――――!」
 あまりの暑さに飛び起きちまった、昼前にクーラーのタイマーが切れたらしい。
 起きたのは昼過ぎ……(いや、太陽はもう遥か西か)……もとい夕方前だった。
「う――寝汗で体がベタベタだ、気持ちわり――」ここまで長く寝るとかえって疲れる。
 取りあえずシャワーを浴びて汗を流した。
 トランクス一枚、肩からはバスタオルというカッコで俺は居間に入った。
 そこにはソファーに座った下着姿のユニが―――ってなんでぇ?
「キャッ」思わず胸元を手で隠すユニ。
 ほええ、いいもん見せてもろた……じゃねーよ!
 俺は別のところを急いで手で隠した……。(男って……男って悲しいよね)
「ユニ、な、なんでそんなカッコで……」といいつつ思わずまじまじと見てしまう俺。
「あっ、あっ、申しわけございませ――ん」
 ユニの顔が真っ赤だ、セリオ型の恥じらいの姿なんて始めて見たぞ……下着姿もだけど。(らっきー)
 たしかユニはベッドに運んだときに俺のパジャマを着せてたんだよなあ。
(俺が着替えさせたんじゃないぞ!マルチが、だ!)
 見るとユニの横のソファーに俺の水色のパジャマがきれいに畳んである。

 ぱたぱたぱたぱた……マルチが階段を降りてくる足音。
 んぎゃっ、こ、こんなとこをマルチに見られたら……
 俺の体から一瞬にして冷や汗が吹き出す。(何のためにシャワー浴びたんだ俺は! はぁ〜〜)

「遅くなりまして、申し訳ございませーん、ユニさーん」
 そのセリフと共にマルチが居間に飛び込んできた。

 マルチはなにかを両手で抱えていた。よく見たら昨日ユニが倒れていたとき着てた服だった。
「いまからアイロン掛けますのでもうちょっとお待ちになってくださーい」

 マルチが俺に気づいた。
「あはは……マルチ、これには、その……」
「あ!浩之さん、おはようございまーす、よく眠れましたかぁ?」
 拍子抜けだった。

 ユニが服を着たのを見計らってから、俺は二人に説明を求めた。

 朝、ユニはマルチがピンクのパジャマを着ているのを見て、
 自分の着ている揃いのパジャマが俺のだと気づいたらしい。
 ユニはただちにパジャマを脱ぎマルチに謝ったちゅうことだ。
 ところがユニは換えの服を持ってきていなかった。(下着は数着持ってきたみたいだが)
 マルチは昨日のユニの服を洗ってしまっていた。
 マルチは服が乾くまで俺のパジャマを着るようユニに薦めたがユニは下着姿で今までいた。
「ユニ、換えの服はもって来てないのかい?」
「昨日、こちらを尋ねる前に犬に服を破られてしまいまして……」
「お体の方は大丈夫だったのですかぁ?」マルチが心配そうに聞く。
「はい、でも上下とも服がぼろぼろに……」
「じゃあ、今着ているのが」
「はい、換えのほうなんです」

 日も暮れかかった頃、俺達三人はいっしょに駅前の商店街に出かけた。
 もちろんユニの服を買いに。
 当然ユニは辞退しようとしたんだが、洗濯の度に下着姿でいるわけにもいかないので
 申し分けなさそうに付いてきた。
 俺達はここいらで一番大きな婦人服店にはいった。
 ユニが試着しては俺に見せにくる。
「浩之さん、浩之さん、これ、似合いますか?」
「何でもいいよ、ユニが気に入れば」
「浩之さんが気に入られたものにしたいんです」
「ユニならなに着ても似合ってるよ」
「浩之さん、ちゃんと選んであげなくちゃだめですぅ」
「俺、女の子の服なんてよくわからんしなあ」
「どのような服がよろしいのでしょうか、浩之さん?」

 一時間ほどすぎた頃、ユニのファッションショーは終わった。
 マルチがかわいいといったやつを俺も誉めたのだ。
 ユニは新しい服を着てご機嫌だった。

 西の空は少しずつ赤みを帯びてきた。

「いっけなーい!」マルチが突然大声を上げた。
「すいませーん、浩之さーん、ユニさんの服に夢中で今日のお夕食のこと忘れてましたぁ!
 わたし、今から買ってきますね、浩之さんはユニさんと先におうちに帰っててくださぁい」
「私もいきます」とユニが言うよりも早くマルチは夕方の商店街の人込みに紛れ込んでいった。
「お、おい、マルチ!」
「マルチさーん!」
「はぁ、しょうがねーや、ユニ、帰ろう」
「でも、私なんかのために、マルチさんに迷惑が」
「いつもの事さ、あいつそそっかしいからよく忘れるんだ、気にすんなよ」
 俺達が家路をたどろうと商店街を歩いていると、
 俺の目に知った顔が二人、あかりと雅史だった。
 まだ俺達には気づいてないみたいだった。

 マルチが帰ってきてから俺とあの二人との間はかなりぎくしゃくしていた。
 雅史が俺の真意を確かめに来たこともあった。
 俺はその時、マルチとのことを全てあいつに話したんだ。あいつは分かってくれた。
 次の日、あかりが俺の目の前で泣いてこう言った。
『マルチちゃんには、あたしみたいな目に合わせちゃだめだよ………浩之ちゃん………』
 それ以来、あんなにウチに来てたあかりも夏休み前にはほとんど寄りつかなくなっていた。

 それだけに、ユニといっしょにいるトコをアイツらに見られるのは……まずいよなぁ。
 俺はユニの手を引っ張り、脇の路地に駆け込んだ。

 ここなら大丈夫、ふう、一安心だ。
 でも、なんかこの景色、いつか見たような?

 そうだ!

 ここは、あの二人と探検した近道じゃねーか!?
 何てこったい、思い出から逃げ出せたと思ったら、思い出に向かって飛び込んでた、つーのか。

「あのー、浩之さん、こちらの方でよろしいのですか?」
「え、ああ、そうなんだ、こっちの方が近道でさ、たしか公園に出られるんだ」

 俺はうろ覚えの記憶を頼りに歩きはじめた。
 途中、人間の通るところじゃないような道に不安を覚えた、が、行くしかない。
 目の前に公園が見えてきた、正解だった、俺の記憶もまんざらじゃない。
 と、思ったら、フェンスのこと忘れてた。
 高さ二メートルぐらいか、まあ、マルチじゃまず無理だろうけど、
 セリオ型は運動もなかなか出来るって話は源五郎さんからも聞いてるし、大丈夫だろ。
「あのー、ここからどうやって公園に入るのでしょうか?」
「こうするのさ」
 俺は荷物の紙袋(ユニの着てた服が入ってる)を肩にかけフェンスをよじ登りはじめた、
 そして飛び降り、着地……成功。
「ユニも早くおいで」
「は、はい〜」
 なんか怖がってるような。
 ユニはゆっくりとよじ登りはじめた、フェンスの頂まで上ったところで、ユニは俺の方を見た。
「こ、こわい、ですぅ〜〜」
 マルチみたいだ、こりゃヤバイかな?
「無理すんなよ、そのままゆっくり降りて来りゃいいんだから」
「はい……でも……あの……そのぅ……体が震えて……」
 そのセリフが終わると同時にユニの体のバランスが崩れた。
「ユニ!、あぶねー!」
 俺は思わずユニの真下に回り込んだ。
ドカ、ガシャン、ガシャン、ガシャン。
 フェンスが激しく揺れる。
 俺は落っこってきたユニの下敷きになった。





 空がとっても……赤い……きれいだなあ……

 俺達は公園の外れにある池のそばのベンチにいる、
 正確に言うと俺はベンチで仰向けになってのびてるんだが……
 買い物帰りのマルチに見られても困るんでここにしたんだ。

「申し訳ございません……浩之さん」横を向くとユニが中腰で俺を覗き込んでる。
「気にするなって、無茶なことさせた俺が悪いんだから、それよりユニの方は?」
「大丈夫です、ただ、せっかく買っていただいた服が汚れて……」
「そんなのまた洗えばすむことさ」
「人を助けるべきHMが逆に迷惑を掛けてしまうなんて……私はHM失格ですね……」
 ユニは思いっきり落ち込んでる。
「そんな風に自分を責めるなよ、ユニ」俺はユニの頭を撫でた……無意識に。
 失敗で落ち込んでるマルチを慰めるためによくやってるせいだろう……癖になってるな俺の方も。
「あっ!」ユニの顔が恍惚の表情を浮かべる。ほとんどマルチと同じ反応……
 れれ? マルチだけじゃなくこれってどんなHMにも効くのかね?
 撫でてるうち、ユニが少しずつふらついてきた。
 いけね、無理な姿勢だってこと忘れてたわ。
 俺は撫でるのを止めた。

「よっこらしょっと」ベンチで横になってた自分の上体を起こす。
「もう大丈夫だぜ、ユニ」
「あ、もう少しお休みされた方がよろしいのでは?」ユニも正気を取りもどしたみたいだ。
「なんのこれしき、てなもんよ」
 まだ、少し体が痛かったが、ユニを安心させてやりたかった。

 俺は立ち上がって、木製の手すりに両肘をつき池を眺めた。
 池の水面は夕焼けに輝いていた。
 全てがオレンジ色に染まった世界。
 横を向くとユニも俺と同じように池を眺めている。
 幻想的なこの景色がそうさせているのか、
 ユニの物悲しそうな横顔のそのあまりの美しさに俺は暫し見入ってしまった。
 突然ユニが俺の方を向く。
「あの、私の顔に何か付いてますか?」
「いや、見とれちゃったんだよ、ユニに」
 ユニはうつむいた、恥ずかしがってる顔もまたイイ。
「マルチさんに悪いです」
「え、どうしてさ?」
「浩之さん、マルチさんのこと愛してらっしゃるのでしょう?」
 ばれてる?俺とマルチのこと!?
「どうして? マルチがなんか言ったの?」
「いいえ、なんとなくそう思ったものですから」

 俺はわざとらしく話題を替えた。

「おっと、もうそろそろ時間だ。マルチが待ってるかも知れん、帰ろうぜ」
「えっ? あ……はい」

 さっきの会話をはぐらかされたからなのか、ユニはほんの少し落胆した表情を見せた。
 ちょっぴり気まずい。

 マルチは先に家に帰っていた。
 あかり達のことを話題にしたくなかったので俺は公園で時間をつぶしたと言ってごまかした。
 ユニも何とか話を合わせてくれたので助かった。
 マルチより融通が聞くんだなあ、ユニって………あれ?





 ベッドに寝っ転がりながら、おれは考えていた。

 街中で見かけるセリオ型とずいぶん違うよな、ユニって、
 マルチみたいに感情を持ってるみたいだし……ていうことは源五郎さんが関わってるんだ。
 源五郎さん、まだ感情オプションのこと諦めてないって言ってたよな。
 もしかしたらセリオチームと組んで彼女を作った?
 で、会社に内緒だからまともな試験ができねー、
 でっち上げのシチュエーションで俺の家にころがり込ませて試験する。
 うーむ、あのおやぢならやりかねない、マルチのときだって2年間騙され続けた様なものだし。
『君が本当にマルチを愛し続けることが出来るか、確かめてたのさ。』って、そりゃねーぜ源五郎さん。

 でも、ユニってそこまでひどい嘘つくような子には見えないしな、
 さっきだって俺に気を回してくれただけだろうし……いい子だよなあ。

 こんど源五郎さんに聞いてみりゃ分かるか、
 でも、もし本当にあのおやぢの仕業だったら……ただじゃすまさねーぞ。
 ふぁ〜〜〜あ

 だんだんと眠気が俺に押し寄せてきた。

 明日はサークルか…………………もう寝よ。

……………………………………今夜は、へんな夢を見ませんように……………………………………

…………………………………………………………………………………………………………………

…………………………………………………………………………………………………………………

…………………………………………………………………………………………………………………

…………………………………………………………………………………………………………………

…………………………………………………………………………………………………………………

…………………………………瑠璃子さん!、ぐ、ぐ (注:寝言)…………………………………………

…………………………………………………………………………………………………………………

…………太田さん、やめてくれ、そんなことして何になるんだ! (注:なんの夢だろう?)………………

…………………………………………………………………………………………………………………

…………………………………………………………………………………………………………………

………………………うああああああああああああ (注:どうやら悪夢らしい)……………………………

…………………………………………………………………………………………………………………





「ピッ」タイマーからのシグナルを感知してわたしの意識が徐々にはっきりしていきます。
 ソファーベッドの上でわたしは目覚めました、ここは一階の居間です。
 外れた左手首の根元から電源用アタッチメントをぬいて、左手を接続します。
 試験のときは充電のたびデータを取らなければいけなかったけど、
 今はそんなことすることもありませんし、何よりコンセントから直接充電出来る様に
 なったのが一番うれしいです。
 これで浩之さんと一緒にどこへでも行けるようになったのですから。

 セミさんの声を聞きながらまた一日が始まります。

 浩之さんは今日、大学のサークルに行かれる、起こしにいかなくちゃ。

 部屋に入ると、ベッドの上からずり落ちかけてる浩之さんがいました、
 このままだと頭から落ちてしまいます。
 わたしは側に寄って囁きます「浩之さん、浩之さん、あぶないです、起きてください」
 起きる様子は全くありません。
 浩之さんをなんとかベッドの上に戻そうとわたしは浩之さんの上半身に腕を回して持ち上げました。
 突然、浩之さんがわたしを抱きしめました。
「ひ、浩之さん、だめですぅ、朝のうちからこんなぁ」
 わたしの足元がふらつきます。
「う……ん?」どうやら寝ぼけていらっしゃるようです。
「起きてください〜浩之さ〜ん、わたし支えきれませ〜〜ん!」
 もう限界……です。
どってーん!
「ああ!ごめんなさーい、浩之さーん!」
「あ、あ…た…ま…が……で……でんぱ、電波なのか?、ど、どうして……」
「あわわわ、浩之さ〜〜ん、しっかりしてくださーい、死んじゃいやですぅ!!」





「それでさ、俺、彼女達を守るため戦うんだ」
 浩之さんはさきほど見られた夢のことを話されています。
「わぁ、かっこいいですぅ、浩之さん」
「ええ、本当に」
 わたしとユニさんは夢中でお話を聞いています。
「おっと、もうこんな時間か、早く出なくっちゃ」
「ええー!そんなぁ、もっと聞きたいですぅ」
「ああ、続きは帰ってきてからな」

 浩之さんは、お昼過ぎに出て行かれました、頭に出来たこぶをさすりながら。

 お洗濯物を取り込み、アイロンも掛け終わり、
 わたしたちは居間で浩之さんの今日のお夕食のことについて話し合っていました。
「申し訳ございません、マルチさん、私、サテライトサービスに加入していないんです」
「あ!そうだったのですかぁ、こちらこそ申し訳有りません、無理なお願いしてしまいまして」
 わたしはユニさんのサテライトサービスでお料理を教えてもらおうとお願いしていたのです。
「私自身もあまり料理したことがなくて……マスターに焦げたスパゲッティを
 食べさせてしまったことがあるんです」
 それってわたしが作ったミートせんべいみたいなものでしょうか?
「実はわたしも似たような失敗をしたことがあるんですぅ」
「そうなんですか?」
「はい〜、それも一度ぐらいじゃなく何度も、だからお料理が上手になりたくて………」
「マルチさん、一緒に作りましょう、浩之さんに喜んでもらえるようなお料理を作りましょう」
「はい、ありがとうございますぅ」
 わたしとユニさんは一緒に買い物に出ました、浩之さんにおいしいと言ってもらうために。

 いつもの商店街に向かう途中、それまでわたしに浩之さんの好物や苦手について尋ねていたユニさんが
 突然話題を変えました。
「マルチさん、浩之さんを愛していますか?」今までに無い真剣な表情です。
「え?、あ……はい」
「マスターとしてではなく恋人として?」
「も、もちろんですぅ」
「……そうですよね、では、浩之さんはマルチさんをどう思っていらっしゃるのでしょうか?」
「わ、わたしは信じています、浩之さんを」





 お家に戻ったわたしたちは早速お夕食を作りはじめました。
 でもわたしはお料理に集中出来ず、失敗を繰り返すばかり。

 先ほどのユニさんの質問がわたしの頭から離れないのです。
 何故ユニさんはあのような質問をしたのでしょう。
 ユニさんはわたしから浩之さんを………考えたくありません、そんなこと。

 わたしが足を引っ張りながらもユニさんのおかげで何とか料理は完成しました。

 二人でお夕食の支度をしてるとき、電話がかかって来ました。
 浩之さんからです。
「あ、マルチか、いや、先輩に誘われちゃってな、ちょいとばかし遅くなるからさ、夕飯は……」
「あの、お夕食もう作っちゃったんですけどぉ……」
「お、いつもよりずいぶん早いなあ……ん、わかった、何とか腹空かせて帰ってくるよ」





ピンポーン。
 浩之さんが帰ってきました、茹で蛸さんみたいに真っ赤っ赤な顔をして。
「いったいどうしたんですかぁ!」
「みずぅ、みずもってきてくで、まるち〜い」
「お酒を飲まれたのですね、それもすきっ腹に」
「浩之さ〜ん、まだ未成年なのにお酒なんてだめですぅ」
「飲んでねえ、飲んでねえよ、酒なんか」

 わたしは水を汲むため台所に向かいました。
 コップを蛇口に近づけたとき、玄関からユニさんの声が聞こえてきました。

「聞きたいことがあったのですが、その様子では無理みたいですね」
「そんなこと無いぞ、俺は酔ってなんかいないって」
「……では質問に答えていただけますか?」
「おう、いいぞ、なんでもこ〜い」
「マルチさんを愛していますか、恋人として?」
 一瞬の沈黙、蛇口から出る水の音以外聞こえません。
「んなこと、あたりめえじゃねえか、ははは、愛してるよマルチを……恋人として
 ………周りのやつらが何言おうとな……二年間、ずっと、俺は待ってたんだぜマルチの帰りを」
「………その言葉が聞きたかったんです、浩之さん、ありがとうございます」

「浩之さん………ふぇっ、ふえ〜ん」
 声を出すまいと思っているのに、泣き声を止めることが出来ません。
 汲んでいたコップの水はとっくに溢れかえっています。


 冷め切ったお夕食なのに浩之さんはおいしそうに食べてくださいました。
 食べおわった浩之さんは居間の絨毯に寝転んですぐ眠ってしまいました。
 このままじゃ風邪ひきますよ、お布団掛けておきますね。
 おやすみなさい、わたしの浩之さん。


 ああ!お話の続きを聞き忘れてました!!





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