り・ぱるす ≪前編≫

by詠月(SELENADE)





鼓動が聞こえるかい,

それは心の鼓動、求め合い、ふれあい……そして高め合う………

自分の鼓動すら失いかけているオレが聞き取れた唯一つの鼓動………七瀬………

でも、もう聞こえない………今のオレには七瀬の鼓動が………聞こえないんだ………


「七瀬、聞いてくれ………もうすぐオレは消えちまうんだ。
みんな、オレの事忘れて………オレの存在そのものが消されるんだ、この世界から………
だから………この世界にオレを繋ぎ止めておく絆が欲しかった………だから…………」
「そんな下らない言い訳するぐらいなら、なんであの時、止めてくれなかったのよ!」
「許してくれなんて言わないよ。
ただ、消える前に…………おまえがオレのこと忘れちまう前に伝えたかったんだ」
「消えりゃ良いじゃない…………消えてよ! 私の前から! 」


七瀬は走り去っていった…………泣きながら………

オレは彼女に謝ることすら出来なかった………
………ゴメンな………七瀬…………

永遠の盟約にしたがってオレは永遠の世界に旅立つ………違う………
オレは……七瀬を裏切った罰をうけるんだ。
追放さ、オレは追放されるんだ、この世界から………



永遠の世界………

それは誰の鼓動にも邪魔されない夢の世界、

それは自分の鼓動すら聞こえない世界………




――――― REPULSE ―――――



七瀬留美は恋をした。

といってもそれは夢での話……
ここ最近留美は同じような夢ばかり見ている。
自分がお姫様で、隣国の王子様に見初められるという、
思春期の女の子にいかにもありがちな夢を………



「……運命の出会いだったのよ」
「きゃははは、何よそれ?」

留美の話が終わるのを待ってたかのように、広瀬は笑い出した。
ただでさえゆっくり歩いていた二人だったが笑いが更に歩みを遅らせた。

「笑わないでよ! 真希ぃ!」
「いや〜、これが笑わずにいられますか」
「私は笑い話をしたつもりはないけど」
「でもねえ、夢に出てきた王子様が運命の人ていうのはいくらなんでも……」

広瀬は笑いを必死にこらえしばらく肩を震わせていた。

「それで……ほんっとにその王子様が、現れるって信じてるわけ、この世界にいるって?」

少々不服そうな顔だったが留美はうなずいた。

「夢なんかじゃなくって、絶対会ったことがあるんだ」
「いつ、どこで?」
「多分、ここに引っ越して来てから………」
「じゃ、顔ぐらい覚えてるでしょ? 七瀬が来てから一年ちょいなんだからさ」
「ん〜〜、思い出せない」
「七瀬ぇ、夢で見たんでしょ! 彼の顔を」
「見たわよ……でも、起きたら、忘れちゃったのよ!」
「駄目じゃん、それじゃ」



「じゃ、また明日」
「ばあい」

広瀬と別れて、足取りがとたんに駆け足に変わる。
一直線に家に向かう留美。
その足が突然止まる……

あれ? だれだろ

留美の家の前に男が立っている、二階の留美の部屋をじっと眺めながら………

冬にしてはちょっと薄着

足音に気づいたのか、男は留美の方を向いた。

見覚えの無い顔、でもちょっとかっこいい……かな

だが、男は旧知の仲のように手を振って近づいてきた。

「戻ってきたぞ! 七瀬!」

私のことを知ってるんだ……こいつ

「制服変えたのか?……前の方が似合ってたのに」
「……あの、どちらさまですか?」
「え? おいおい、変なジョークは止めてくれよ七瀬」

冗談なんて言ってない!

「感動の再会だぜ、こういうときは、目に涙を溜めて『お帰りなさい、折原』ぐらい言ってくれなくちゃ」

おりはら? 知らないよ……

「ははん、まだあのこと気にしてるのか? 勘弁してくれよ 」

なんのことよお〜?

「好きだったから……おまえのこと本当に失いたくなかったから……」

ちょ、ちょっとお!そんなこと急に言われても……(ぽっ)

「約束守らなかったのは謝るよ、でも学校でおまえを求めXXXXX(以下検閲削除シマス)」

え?…………(留美ちゃん・ふりーず)

あああああああっ!!
近所の人も見てるのにぃぃぃぃなんてこと言うんだ、この男わ!!

男の視界から突然留美が消えた……


ズガン!


「あがあ!」

鞄の角が男の頭にクリーンヒット!

頭を抱えもんどりうつ男の横を留美は駆け抜け家の中に滑りこんで行った。

「ななせぇ〜!」

男の叫び声を留美はドア越しに聞いた。
悪夢であって欲しいと願う留美であった。





翌日の朝
留美は用心のため、いつもより早く家を出た。

しばらく警戒しながら歩いていた留美だったが、
家の付近に男がいないことを確認してすっかり安心してしまった。

あぁ〜ねむ
頭に血が上って、ろくに眠れもしなかったわ。
おかげで王子様にも逢えなかったし………はあ………
近所に変な噂でも立ったらどうしてくれるのよ、まったくあの変態男!


大通りに出てから、しばらくして、留美は横断歩道を渡る広瀬を見つけた。
追いかけようとしたが、距離からいって間に合いそうにない。
渡りきろうとする広瀬を目で追っていたその時、昨日の男が留美の視界に入った。

出たあぁぁ!

物陰(自販機)に隠れる留美
幸運にも男は留美に気づいてない。


男は横断歩道の向かいにいた。
そこでずっと立ち止まっているのだ、留美が渡ってくる方向を向きながら………

もしかして……私を待ってるんじゃ……
ううっ、よりによってとんでもないヤツに付きまとわれちゃったな。
こりゃ公園回りしかないかなあ、はう〜。

男が早くいなくならないかと遠巻きに見ているうち、留美は男の妙な振る舞いに気づいた。

それはベージュのセーターが横断歩道を渡る度に起こった。
横断歩道を渡りきったセーターが止まっている男とすれ違う度、男は後ろを振り向く、
まるでセーターの背中を見送るように………
留美が着ているのと同じベージュのセーターに………

不思議な行動を繰り返す………男………
横断歩道に向き直す男が見せる悲しげなまなざし………
そこに昨日留美の前で見せた能天気さは微塵もなかった………

理解できないその行動を留美は何故だか眺めていた………


その当然の結果として留美の遅刻は確定した。



あいつ何やってたんだろう………
何でウチの生徒ばかり振り返って見てたんだろう………
どうしてあんなに悲しそうにしていたんだろう………




2時50分、一日の授業が終わった。
留美は帰り支度をとっくに整えていた。

そ〜っと、そ〜ぅっと

「逃げるなぁ!」

見透かされたような広瀬の叫び、留美の心臓は止まりそうになった。

しかし広瀬の視線の先は留美では無い。
留美の前で不気味に匍匐前進する二つの物体、広瀬はそれを睨み付けていた。

「おおっと、見つかったであります、隊長殿」
「大丈夫だ、同志南くん、私を信じて行くんだ」
「住井!南! あんたらぁあああ!」

その間隙を縫って広瀬の背後から数人の男達が一目散にダッシュ、反対側の扉から逃げていった。
気づいて振り返る広瀬
その機に乗じて逃げ出す囮部隊、
広瀬の完敗であった。

「くぅううううううう!」教室に広瀬の憤怒の声が響く

留美はおずおずと広瀬の後ろから声を掛ける。

「……真希、今日は勘弁してもらえないかな?」
「なに、用事でもあるの?」
「まあ、そんなとこかな」
「う〜、男どもはみんな逃げ出すし……七瀬だけがたよりだったのに」
「ゴメンね……力になれなくて」
「あ、気にしないで七瀬、あいつらが逃げなきゃ済むことだったんだから」
「でも、よく気づいたね、あの二人に」
「ガセつかまされたわ、あの二人が逃げるって教えられたから……まさか掃除当番の男全員とは」
「真希も住井君にはかなわないかあ……」
「悔しい〜ぃ!」

荒ぶる大魔神からの了解を取りつけ留美は教室を後にした。


とりあえず、あいつに会ってみようかな。


会ったら話を聞こうと留美は考えていた。



男は朝と同じ場所にいた。
近づくと男の方も留美に気づいた。

昨日のように軽薄でもなく、今朝のような哀愁もなく………
男の目からは苛立ちが見て取れた。

「ななせ! お前、どこ行ってたんだよ!」

のっけから喧嘩腰………

最初、我慢していた留美だったが、
あまりに強引な男の態度に徐々に冷静さを失っていった。

「本当に忘れたのかよ、オレの事!」
「だからぁ! 初めっから知らないってアンタなんかっ!」
「そうか……思い出させてやるぞ……俺が必ず………」
「アンタねえ!」
「アンタじゃない……浩平……折原浩平だ………おまえの恋人だよ!!」

そう言うと男は留美に背を向けた。

くっそー、やっぱり只のストーカーだったのね!
今朝も……私を待ち伏せしてただけだったんだ……心配して損したわ!
一瞬でも王子様かもなんて思った自分が恥ずかしい!

一方、男は歩きながら小声で呟いていた。

「戻ってこれた、やっと戻ってこれたのに……誰もオレのこと覚えていない……畜生………どうしてだよ」

そう、浩平は戻ってきた、彼の事を誰も……留美すら覚えていないこの世界に………





留美は今夜もまた王子様の夢を見る………

夢の中の王子様はいつだってやさしい………

しかし、目覚める度、愛する王子様の顔も、声も忘れてしまう………

「はぁ」けだるい自分のため息が、留美にこの世界に戻ってきたことを自覚させる。





久しぶりに広瀬と帰路を共にする留美。

「ねえ、七瀬、 最近付き合い悪いんじゃない?」
「…………」
「ここ最近一人でさっさと帰っちゃうしさ」
「…………」
「七瀬!」
「は? えっ?」
「何ぼけぼけしてんのよ?」
「ぼけてなんかいないわよ、思い煩ってるの!」
「……また『乙女の成せる技』?」明らかに嫌そうな広瀬の声
「ちがーう、本当に悩んでるの!………変な男につけまわされてるのよ」
「へぇ〜〜」
「可哀相にねえ……」
「ありがと真希……」
「いや、その男がさ」
「をい!!」
「それ、私じゃないよ」
「え?」

とっさ後ろを振り向く留美……
そこには浩平が立っていた……

「よぅ!七瀬」
「ああああああっ!!」
「その男? こいつ校門出てから私たちの後ずっとつけてたよ」
「言ってよぉぉぉぉぉ!」
「これが……七瀬が言ってた王子様?」
「恐ろしいこと言わないで!」
「そーそー、オレはさ、七瀬の王子様なんだってば」
「どこが!! 乞食じゃない!」

その通りだった
もはや帰る家すら無い浩平は、留美の夢見る王子様とは程遠いただの小汚い宿無し……

「気にするな七瀬、愛があれば関係ない!」
「そもそもその愛が無いっちゅーとんじゃ! ぼけぇ!!」

自称王子と自称シンデレラのドツキ漫才にも似た会話は延々と続く……

その一部始終を横で見ていた広瀬が一言つぶやいた。

「こりゃお似合いだわ」





最近の私は眠ることだけが楽しみ………

その時だけは王子様と逢うことが許されるから………

その時だけはあいつを忘れることが出来るから………

でも……もしも叶うのなら、私の目の前に現れて………王子様………





どう通学路を変えても、浩平は必ず留美の前に現れた。


「なあ七瀬、いつから広瀬と仲良くなったんだ?」
「真希とはずうっと仲良くしてるよ!」
「ほへ? あんなことされてか? 」
「どういう意味よ………」
「やめといたほうがいいぞ、あんな根性が曲ったやつとつきあってもろくなことに」

パシーン!

浩平の言葉が終わるより前に留美のびんたが飛んだ。

「いいかげんにして!!」
「私のことはいいとして……真希の、親友の悪口言われて黙ってるわけいかないよ」
「………わかったよ」

ぶたれた頬をさすりながら、すごすごと引き揚げる浩平………

「『いいかげんにして』……か、皮肉なもんだな………」





日曜日
留美は久しぶりに遠出した。

浩平に追いかけられる心配が無い為か留美は開放感に浸っていた。

派手な電飾、流れるクリスマスソング、白く化粧したショーウィンドウ……
そして街中を飾る『A Merry Xmas』の文字、
街はクリスマスの支度におおわらわだ。

そっか、もうクリスマスなんだよね。

ようし、今年こそ………

それまでは我慢しなくっちゃ………

決意を胸に街中に繰り出していく留美であった。





楽しい日曜日は終わり、辛い日々がまた始まる………

以前にも増して浩平の行動は強引(というより無茶苦茶)になっていった。


「はあ〜」
「早く食べないと授業が始まるよ、七瀬」
「うん、でも食欲が……」
「なにがあったの?……って、聞かなくても判るか」
「ここんとこ毎日だけど……昨日のは………」
「また電話? 今度は誰で? おとといは確か長森の声色で電話掛けてきたんだよね」
「それならまだいいよ」
「んじゃ、なにされたの?」
「割られたのよ………私の部屋の窓ガラスを」
「えぇ? とうとう七瀬の部屋に乱入?」
「ちがうよ……あいつ石を投げたんだよ、私を呼び出そうと思ってらしいけど」
「加減を知らない奴だとは思ってたけど、力加減まで知らないとは……」
「外飛び出してって、めっちゃくちゃ罵倒したら……あいつ逆ギレおこしてさ」
「え? まさか……乱暴されたとか?」
「どうして、真希はそっちの方に話を持って来たがるのかなあ」
「七瀬が回りくどいんだよ。それで?」
「『文句が有るなら長森に言え!』だってさ」
「なにそれ? 意味不明」
「私が聞きたいよ……」



自分のことを思い出してもらうために浩平はあの手この手と策を弄し留美に迫る。
もはや留美にとっては浩平はストーカー以外の何者でも無かった。


地が体育会系の留美にも限界が迫っていた…………





暫くたったある日の帰り道………

「七瀬ぇ、正気ぃ?」
「正気よ!!」
「止めなよ、危なすぎるって」
「耐えられないのよ、もう………」
「にしてもさぁ」

「しっ!? 来た…」

通学路と裏山への道が交錯する三叉路、
ここ二三日、浩平は必ずこの場所で現れる。
留美が家にたどり着くにはここを通らざるをえない、それを知ってのことだった。

浩平が見た留美はいつもと違っていた。
留美は鞄を持っていなかった。

そのかわりに、両手にしっかりと竹刀を握り締めていた………

「七瀬………?」浩平の声は少し震えている。

「覚悟してね………」いびつに微笑む留美

「でやああああああああ!」問答無用で振り下ろされる留美の竹刀

「おわああああああああ!」それを間一髪でかわす浩平

「や、やめれ七瀬ぇ!」
「私の一年間の努力を……乙女のイメージを壊した罪は重いわよぉぉぉっ!!」
「自分から壊れてんじゃねーか!」
「なにおう!!」


脱兎の如く逃げる浩平……

竹刀を振り回し、追い掛ける留美………

遠ざかる二人を見送りながらため息をつくしかない広瀬であった。



翌日から留美は竹刀を持って通学するようになった。
その日を境に浩平は留美の前に現れなくなった………





それは、切なく、悲しい夢だった。

愛する王子の元に向かう姫……
姫は王子が魔物に敗れて捕らえられたことを大臣から教えられ、
彼を救う為に向かったのだった………
姫が王子の居城に着いたとき、概に城は魔物の巣と化していた。
新たな城の主となった魔物の王は姫に戦いを挑んできた………
戦いの末、姫は魔物の王を殺した、だがその魔物こそ王子だったのだ。
そして姫は知る………
大臣によって自分が呪いを掛けられていたことを………
そして王子が命を賭けて姫の呪いを解いたことを………

狂おしい程の胸の高まりに留美は目を覚ました………

「王子様………」涙が止まらない………

その日以来、留美が再び王子様と巡り会うことは無かった………





「ばっかじゃないの、七瀬!? 気にしなきゃいいじゃない!」
「……だってお笑い種じゃない、街中でこんな物振り回してる男女が、
パーティでおしとやかな乙女に変身……なんてさ」
「『イブは王子様と踊るの』って電話でさんざ自慢してたじゃない。
パー券あるんでしょう? 行きなさいよ――」
「招待状? あげたよ……後輩の子に」
「七瀬え〜〜、なんて早まったことを……」
「もしかして欲しかったの…… 真希?」
「ちが〜う!!」声を荒げる広瀬

学校が午前中で終わりということもあり、二人は商店街に足を踏み入れた。
ここには留美のお気に入りのドレスが飾ってあるお店がある。
いつもならそこの前で何分も粘る留美だが………留美は素通りしていく。
………ショーウィンドウをちらりとも見ようとはしない…………

自分が竹刀を持つと何度広瀬が言っても、留美は撥ね付ける。
らしくない留美に歯痒さを感じる広瀬。

「七瀬ってさ、たまにわけの分からない意地の張りかたするんだよね」
「真希ほどじゃないよ……」
「去年のこと?………たしかにそうだね………でも、だから気が合うのかもね」
「あは、そうかも」
「………で、イブはどうするのさ?」
「考えてない………」
「よかったら私のうちでやらない? 狭くてダンスなんかは無理だけど、気晴らしくらいにはなるよ」
「……真希」
「楽しくやろうよ! 七瀬!! やなことなんて忘れちゃお!」

ありがとう……真希



なぜだろう……さっきまで耳障りでしかなかった街のにぎわいが……

今はちょっとだけ……心地よく聞こえるのは………






後編に進む

二次創作 SSに戻る


感想メールはこちらに→eigetsu@diana.dti.ne.jp