2007年度へ

エッセイ




車の行方

2008年9月16日(火)

ここ2、3年、通勤時に気になっていることがある。私の勤務する会社は広島駅前の通りに面しているのだが、この道路の横断歩道を渡る時間帯に一台の軽トラックと出会う。そのトラックからは犬の鳴き声がし、荷台には犬たちが4〜5頭は入れそうなアルミ製の輸送箱が積んである。このトラックと出会うのに決まった日時や曜日はなく、遠くから「ワンワン」というの吠える声が聞こえてきて、私はそれと気付く。

一体、何の為の犬の輸送なのだろう。捕獲したノラ犬を管理センターへ持ち込むのか、引越専門業者、あるいは委託を受け訓練に向かう犬たちなのかもしれない…と様々に思いを巡らし、しばし考え込む。ノラ犬ならば、これから待ち受けている過酷な状況に気持ちは滅入るし、もし引越ならば、飼い主と離れてあの輸送箱の中で、今どんなにか不安なことだろうかと同情もする。そして訓練に行く犬ならば、まだ残暑の厳しい折に誠にご苦労なことだと、我が家のエアコンの効いた部屋で伸びている犬と比べて苦笑の一つも洩れる。

あのトラックの正体と行き先を知りたくもあり知りたくも無し…(思い切って電話で聞いたところ、少なくとも管理センター・保健所に運ばれる犬ではないらしい)、複雑な思いでいる私の目の前を今朝も犬たちの鳴き声は通り過ぎていく。(


チケットレス

2008年8月9日(土)

広島から東京へ行くのに飛行機を使うことが多い。新幹線に比べて料金がリーズナブルなのと乗っている時間が短いので身体が楽なのだ。チケットも24時間、ネットで予約が出来、利用する航空会社の会員ならばパソコンから座席指定も可能になっている。

本日、久しぶりに上京することがありいつものようにネットで予約を完了したが、今までと違うのは、この地方の小さな飛行場でも全くのチケットレスになっていたことだ。ANAで言えば、「スキップサービス」と銘打ってこれまでのように決済を済ませていても搭乗券は当日飛行場で受け取らねばならなかったのが、決済をしたクレジットカードだけで直接保安検査場まで行くことが出来る。そして検査場に設置されている専用のカードリーダーにクレジットカードをかざすだけで搭乗口を確認でき、又搭乗ゲートでも同じくクレジットカードをリーダーにタッチすればレシート状の搭乗券が出る。チェックイン不要のこのサービスは、実にスピーディで便利なことこの上ない。今後は国際線もこのチケットレスに変わっていくに違いなく、バッグの中でパスポートからはみ出し、邪魔ではあるものの無くさないように大事に扱わなければならないチケットを持つ必要がなくなるのは大歓迎だ。

しかし、こうして便利になる裏ではどれ程の個人情報が世に浮遊していることになるだろう。十数年前に公開された映画「ザ・インターネット」では、サンドラ・ブロック演じる主人公がクレジットカードの個人情報を改ざんされ、何者かが自分になりすましている恐怖を味わう。もし私がそんな事態に陥ったとしたら、家も家族も消滅し別人が自分になっていたら…、そしてこれまで生きてきたことさえもこの世から抹殺されていたら一体どんな方法で自分の存在を証明すればいいのだろう。便利さは大いに享受するものの、個人レベルの危機管理を真剣に考えねばならない世の中になった。(



レディファースト


2008年6月2日(月)

通勤時、私は駅の地下を通り地上に出るのにエレベーターを使う。横にエスカレーターもあるのだけれど、気が付けば無意識のうちに乗っている。多くの人はエスカレーターに向かうので小さな箱の中には大抵私一人になって数秒後には地上に出ている。

そんなある日のこと、エレベーターに二人の男女が乗ってきた。若いカップルで背中にデイバッグを背負い市内の地図を広げている。ここ広島には世界遺産の原爆ドームがあって多くの観光客が訪れるのでそれは珍しい光景ではないのだが、私は道を聞かれると時間がないから困るなぁなどと考えながら居た。やがてエレベーターは地上に着き、ドアが開くと同時にカップルの女性の方が先に外へ出る。私は、続いて男性が出るのを待っていると、驚いたことにその男性は、私に向かって左手でどうぞと外へ誘(いざな)ってくれるではないか。彼の右手はドアが閉じないようにボタンを押している。お礼を言いつつも今時の若い男性にしてはなんと気の利くことかと感心しきりだった。

改めて考えると、たまに一緒になるサラリーマンのほとんどはこんな時、さっさと一人で下りていく。私もそれが普通になっているから、この若い男性の行為は余計に心に残る。そして次にはっとしたのは、その男性が先に下りた女性に話しかけている言葉が日本語ではなかったこと。短い言葉だったが、多分「さぁ行こう」のような意味ではなかったか。外見は日本人と判別の付かないアジア系のこの男性がどこの国の人かは分からないけれどこんなにも自然に女性を優先させてくれるのは、それが日常の習慣になっているからだろう。

そもそもレディファーストというのは、中世のヨーロッパの騎士達が自分の身を守る為にそばにいる女性を先に立たせ、刺客から身を守ったことが始まりだといわれるから、そんな異国の慣習を諸手をあげて喜ぶつもりはないが、それでも大切な扱いを受ければ素直に嬉しい。もし、こうした慣習が先進国のスタンダートの一つになるとしたら、日本の国は思いの外遅れていると考えるのはうがちすぎだろうか。(